万聖節
回廊に吊されたランタンにはオレンジ色の灯りが連なり、外に出る生徒たちは、そこから自由に足下を照らす灯りを持っていく。
花火とパンプキンパイとお菓子とジュースの載ったテーブルが、中庭のあちこちに置かれているが、晩秋の穏やかな冷気を含んだ空気は、生徒たちの歓声やテーブルのお菓子の甘い匂いを何処か遠いものにしている。
妖精の魔法術で作られた小さな星達がきらめきながら流れていく。
「西洋と東洋で、世界の成り立ちが違うなんてことがあるだろうか?」
「…?ははぁ、例の教授の影響か?」
新学期から比較魔術論を教えている若い東洋人の教授は、すぐにリリーのお気に入りとなった。それに気がついたジェームズはすばやく4年生の課外授業を立ち上げた。
もちろん、彼の研究室へ通うリリーの足止めと教師に対する牽制である。
曰く、『異質な魔法とその体系に対する知識を得ることは、魔術の本質を理解することに有意義だとおもいます。』
彼は僅かに目を見開き、正に東洋的な笑顔で微笑んだ。
若い君達が異質な文化に興味を持ってくれることは嬉しい、と少し舌足らずに聞こえる美しい正統英語で続け、かまいませんよ、と応えた。
確かに、すべての理解と共感は知ることから始まる。しかし、東洋魔術の実践に付いては学校側の許可が下りず、結局講義は座学になるため早々に飽きたシリウスは一月持たずに出席しなくなった。
西洋において、光と闇は直線の両端に等しい存在とされる。
しかし東洋においては、この二つは円環上の対象点に過ぎず、極まった光は闇へと変換する。これらは相対することでしか存在し得ず、世界にはどちらの勝利も無く、ただそのバランスによって存続していく。
足下に流れる星のきらめきを目で追いながらジェームズが呟いた。
「シリウス、闇と光の違いはなんだろう?」
「闇と光は別物だろう?どこが違うかではなく、違うものだろうが。」
「本当にそう思うかい?」
ふいに目の前に光の粒が飛ぶ。
リリーが、テーブルにおかれていたキャンディーバーのような花火を一本取り上げ、ろうそくの火をつける。泡の弾けるような音と共にまばゆい火花が吹き出し始めたそれをピーターの手に渡す。すぐに続けてリーマスにも。
シリウスの目には、流れるような光が、リーマスの手の中から零れ出すように見える。一本が終わる前に次の花火が点されて、足下にはこぼれた火花が次々まき散らされた。
これからは、冬至に向かって忌み月となる。一年で闇の力が急速に強くなる季節だ。
この国で今起こっている事件の数々を嫌でも意識しないわけにはいかなかったが、ジェームズの言葉には、そういった緊張感は無く、むしろ当たり前のことを話すような穏やかさがあった。
「…闇なんて必要なのか?」
「つまりこう考えてみれば良いんだよ。
光のみでこの世界は構成できるか?」
ああ、以前もこんなことを話した。
今年の夏至祭りの夜を思い出す。
ジェームズの家で行われた祭りの席だった。
薄暮に浮かび上がるランタン。
花綱のように幾本も垂れ下がる野薔薇の白。
歩くたび空気に混じる薄荷の香り。
大人達の正装用の帽子に飾られた花束。
子ども達は花冠をもらって席についたが、自分の花冠はとっくに外してテーブルの上にある。
リリーとリーマスの頭上で揺れるシャクヤクとクローバー。野薔薇の花びらが肩に零れかかる。リリーの赤い髪に白い花冠は意外に良く似合う。
「うん、やっぱりリリーには白が良く似合う。」
そう呟く傍らのジェームズに振り返りそうになって慌てて視線を戻す。彼の頭上に愛らしく咲く雛菊とクローバーの花冠は、正視に堪えないほどの凶悪さだった。
同じ物がイチゴのクリーム掛けを持つピーターの頭にもあるが、こちらのほうがまだましだ。
「闇なんて無くなっちゃえば良いのに。暗いとこは怖いし、闇の魔術って怖いものばっかりだし…闇の力なんて無くてもよいのにね?」
リーマスのほうを見ていたピーターが呟く。
「そしたら、…呪いも解けるんじゃないかなぁ?」
おそらく二人の背後に浮かんだ月が目に入ったせいだろう。
溜息をつきながらピーターがテーブルへグラスを置いた。
「闇は本当に不必要かい?」
肉体に係わる魔法というのは闇の力に少なからず係わっていると考えているんだ。と彼は続ける。
こういう時のジェームズは、ひどく楽しげで得体が知れない。
「闇なんて必要なのか?」
「闇がなければどうなるのか考えてみればいい。」
たとえば、肉体を変質させる魔法は全て闇に属し、厳しく管理されている。
今自分たちが必死で拾得しようとしている『アニメーガス』は典型だ。
その一方で、治癒や医療魔法を学ぶ連中は必ず闇の魔術に関する知識を叩きこまれる。
「でもジェームズ……それは闇の魔術で身体を損なうことが多いからでしょう?」
おずおずとピーターが呟く。
「うん。確かにそうだ。けど、治療のためには魔法で身体に働きかけるだろう?これは目的が違うだけで、身体の現状を変化させることには変わりが無いとおもわないかい?」
現に医療魔法の事故は取り返しがつかなくなるケースが多い。
言葉の穏やかさと、言ってる内容の過激さに驚く。
それでは、自分たちは無自覚で、闇の魔術に頼って生きているのだといってるようなものだ。つまり、ないとやっぱり困るってことかな、と呟くピーターにジェームズは、そもそも暗くならないと夜になっても眠れないし、僕達は白昼堂々悪戯の相談をしなければならない、と続けた。その手にイチゴのグラスを掲げて。
そいつは大事だ、と自分は笑った。
課外授業の教師の声を思い出す。
『この地上で最も闇の少ない土地は何処か知ってますか?』
生徒たちはそれぞれ考え込む。
熱帯は?インドとかセイロンとか。アメリカ大陸の西海岸は?
「この地上で最も闇の少ない土地は砂漠なのです。」
生徒たちのざわめきが止まった。
この地上で、最も光に溢れる場所は、生命の影の最も少ない土地なのだ、と良く透る声が続ける。
砂漠には、闇はほとんどない。昼は太陽によって照らされ、夜は月が、遮るものを持たない大地を輝かせる。月のない夜にも降るような星明かりが足下を照らす。そして、光が溢れているのに、あの地には命もまたほとんどない。
彼の故郷は、この国よりずっと熱くて雨が多くて、水と緑の溢れる地域だ。地上で、最も生命の溢れる地域の1つに当たる。
あの地域では光は強く、しばしば人を倒すこともある。だが同時に、闇もまた深い。人々はマグルも魔法使いも、闇と光を分けることなく利用する。そういう土地なのだ、と静かな声が続ける。
『砂漠は清浄で、寒くて、貧しくて、光が溢れて美しい場所なのに哀しかった。』
自分は、それがとても哀しかった、と彼の声が耳の中で繰り返す。
肉体と生命、変容と再生。
「人々は闇を恐れるけど、闇は悪かい?」
奇妙な符号。
「光もまた、人を殺せるよ、シリウス。」
鏡の奥でジェームズが微笑んでいる。
この世界に闇は必要無いか?
ピーターにパイの皿を手渡すリーマスを見る。
では、彼にかかっている呪いも意味があるのだろうか?
肉体を変容させ、精神すらも操る古い古い呪い。強固な闇の力で構築された呪術。
「俺には…あいつの苦しみに見合うほどの意味があるとはおもえない。」
「誰かの犠牲や苦しみに見合うものってのは、いったいどれだけの価値だろうね。」
そんなものはどれだけあるのだろう?
ジェームズが呟く。
その視線の先、リーマスの頭上に月が輝く。
つぶやき
謎かけジェームズさん、とても楽しそう。
は?季節?なにそれ(笑)
'03.06.18
戻る