下から天を仰ぎ見る
どうして、地図の「東南西北」は時計回りなのに、麻雀の「東南西北」は反時計回りなのでしょうか。
古代の人は、太陽を仰ぎ見ながら「東南西北」の方位を定めたと考えられます。下から上を仰ぎ見ながら、「東南西北」と回転して行くと、反時計回りになります。
前のページで、私は、このように説明してみました。
しかし、その後、よく考えてみると、この説明は、必ずしも当たっていないように思います。以下に、訂正の説を述べてみます。
日本では東西南北 中国では東南西北
日本では、ふつう東西南北というのに、中国では、東南西北と言うようです。(参考文献 一海知義:東西南北と東南西北−日本と中国の方位.「図書」岩波書店 2003年11月号6-9ページ)
日本の辞書で「方位」という言葉を引いてみると、「ある方向を、基準の方向との関係で表したもの。東西南北の四方を基準とし---」(広辞苑)などと書いてあり、いずれの辞書でも「東西南北」という並べ方です。
(なお、現在の辞典では、「東西ナンボク」となっているが、明治生まれの諸橋轍二の「大漢和辞典」では、「東西ナンポク」となっています。)
ところが、中国の辞書で、同じ「方位」という語を調べてみると、「方向位置。東、南、西、北を基本方位と為す」(漢語大詞典)などと書いてあり、いずれも、「東南西北」の順になっています。
文字も絵も右から左に進む
漢文でも、日本の文章でも、右から左に進みます。1行の文字数が1字でも、右から左に進むのが、本来の漢文、和文です。
「→東南西北→」ではなく、「←北西南東←」と進むのが本来の書き方です。「→東南西北→」と、西欧風に書くようになったのは、戦後の国語改革による、比較的最近のことです。
文字だけでなく、日本の古い時代の、長巻の絵巻物に描かれている、人や動物も、右から左に向かって進んでいます。
日本の「兎と亀」の物語の絵でも、兎と亀は、右から左に向かって進みます。一方、ヨーロッパの「アキレスと亀」の絵では、亀も、これを追いかけるアキレスも、左から右に向かって進みます。
「どうして日本の魚の絵は左向きか」を参考にしてください。
麻雀ができたのは19世紀後半
麻雀のルーツについては、次のように考えられています(「麻雀の元になったゲーム」参照)。
中国においては、古代より遊ばれていた中国カード(紙札)ゲームのうち、マーチャオ(馬弔)と呼ばれるカードゲームが、象牙・牛骨製の牌ゲームに変化し、誕生したもので、おおよそ19世紀の後半(1860年前後)のこととされています。
このように、麻雀の歴史は、それ程古くなく、また、初めの頃は、東南西北の文字牌は無かったようです。
花札も紙札ゲームも反時計回り
日本でも中国でも、花札や紙札などのカードゲームは、昔から反時計回りにまわるようです。
これに対し、西欧から来た(ページワンなどの)トランプゲームは、時計回りにまわります。
したがって、東南西北の牌ができる前から、麻雀は反時計回りにまわっていたものと思われます。
どうして中国日本では反時計回りなのか
先に述べたように、日本では、文章も、人や動物の絵も、右から左に向かって進むのが、本来の方向です。
カードゲームのように、輪になって、順番が進行していく場合でも、同じようになると思われます。
輪の中に居る私から見て、前に見える、カードの文字や絵も、右から左に進んで行くのが自然の流れとなると思われます。
つまり、反時計回りにまわることになります。対面の人から、こちらを観察しても同様となります。
これに対し、文字の進行方向が反対である、アメリカやイギリスから来たトランプゲームでは、時計回りにまわることが多くなるものと考えられます。時計の針の回りと同様です。

→12345→ の文字順に従って 時計の針は「時計回り」にまわる
東南西北も反時計回りにまわる
このように、麻雀に東南西北の風牌が入ってくる前に、すでに、麻雀は反時計回りにまわっていたものと考えられます。
つまり、輪の中のこちらから対面を見て、右から左に順番がまわっていたと考えられます。
従って、東南西北の風牌が入って来ても、こちらから対面を見て、→東南西北→ではなく、←北西南東←のように、右から左に進むことになります。
つまり、向かって見て、「東」の左隣は「南」となります。「東」→「南」→「西」→「北」と、反時計回りにまわって、向かって見て、「東」の右隣が「北」となるわけです。
これらのことから、麻雀の東南西北が、地図と違って、反時計回りであるのは、
下から天を仰ぎ見て、東南西北を決めたためではなく、
漢字の進行方向が、←北西南東←と、右から左に向かって進むため
と考えられます。
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