心にのこる日本の歌

爽快度哀愁度

(2009年4月記載)

木下眞二

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短調のメロディーの中の長調味

3「赤い靴」
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 大正10(1921)年、野口雨情の作詞、本居長世の作曲(ハ短調 4/4拍子)です。

 次に示したように「赤い靴」の楽譜には、どの小節にも、まったく「長調味」がふくまれていません。
つまり「ドミソ」「ソシ
」「」などは、どの小節にも見られません。とくに「」の音がまったく欠けています。
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ラシドレミー(あかいくつ)ミー(はいてた) ミララシー(おんなのこ)

ララフ(いじに) ミミレフ(つれられて) ミフミミラー(いっちゃた)

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 典型的な、哀しい感じの短調のメロディーで、哀愁を帯びています。

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赤い靴 はいてた 女の子 異人さんに つれられて 行っちゃった

小樽運河公園の赤い靴・親子の像
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 「赤い靴」2番の歌詞は「横浜の埠頭(はとば)から 舟に乗って 異人さんに つれられて 行っちゃった」となっていて、横浜・山下公園などに「赤い靴女の子の像」が建てられています。

しかし、実際は、モデルとなった女の子は、横浜から舟に乗らずに、9歳で、東京で亡くなっていました。

 明治40(1907)年に、母親かよと、その夫の鈴木志郎は、女の子といっしょに、私の故郷・小樽で暮らしていました。

鈴木志郎と、野口雨情、石川啄木は、小樽の新聞社に勤めていました。

そこで、志郎から聞いた女の子の話を、雨情は、ふくらませて、その後、「赤い靴」を作詞したのです。

 旧制小樽中学からの親友の、前・小樽医師会長の高橋昭三君が、委員長となって、「赤い靴」親子の像が平成19年、小樽運河公園に建造されました。

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4「いい日旅立ち」
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 昭和52年、谷村新司の作詞・作曲です。山口百恵の唄で大ヒットしました。
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 先ず、出だしは「ドミ(ゆきどけー)」の で 示すように、短調の基調「ドミ」で始まり、哀愁を帯びた基調となっています。さらに、続く「ドミ(まぢかのー)」では、「長調味」を誘発する「」の音を避けて、半音高いの音を用いる短音階とし、出だしの哀愁ムードを維持しています。

 続く「北の空に向かい 過ぎ去りし日日の夢を (叫ぶ時)」では、一転して(で 示すように)長調味の強い「ドミソ」を含む4小節となっています。
「雪解け間近の」の、哀愁を帯びたムードの中で、明るい希望を求める対照的ムードへの変化が、切なく心に響くところでしょう。

 これに続く「帰らぬ人たち」から「熱い胸をよぎる せめて今日から一人きり(旅に出る)」でも、同様に、哀愁を帯びたムードの中で、明るい希望を求める対照的ムードへの変化が、切なく心に響くところでしょう。

 そして、下段に示すように「(ああ)日本のどこかに(私を待っている 人がいる)」では、哀愁の強い「ミソシ」の短調の基調になっています。
しかし、「長調味」の要素の「」も含んでいるので、「ミソシ」の領域では、哀愁の中にも、同時に、希望を求める明るさとが混在して、切ない気持ちのうちに熱い希望を求めるムードが感じられます。

 続く最後の7小節でも、初めに示した上段中段と同様な基調の変化で終わっています。

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爽快度哀愁度の分析は後日掲載

 この後、「日本の歌 101選」を、爽快度、哀愁度で分類して行きたいと思っています。

 とくに、終わりに述べた、短調のメロディーでの「ミソシ」の短調の基調領域の中にある長調味「」との混在が与える効果について、考察を加えてみたいと思います。同様に、長調のメロディーでの「ソシレ」の長調の基調領域の中にある短調味「」との混在が与える効果についても、考察を加えてみたいと思います。

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河合隼雄先生のこと

 私は、北大時代、保健管理センターに居ましたが、1989年に、北大の担当で全国大学保健管理研究集会を行うことになりました。全国の本部は京都大学にあります。前の年の1988年の全国集会の時に、打ち合わせで、京都大学を訪れた時、会談の後、当時、学生部長であった河合先生といっしょに、京都の高級バーで、懇談していただいたことがあります。
国際日本文化研究センター所長時代に、サインしていただいた著書を、大事に保存しています。
また、私の故郷、小樽には、20年も前から毎年のように、児童文学研究センターの記念集会に来られていました。残念ながら、一昨年(2007年)、病気で亡くなられました。去年(2008年)の11月、小樽の市民会館で、河合隼雄先生を偲んで、次ぎの講演会が行われました。

児童文学研究センター創立20周年記念文化セミナー:
「みみをすまして」−河合隼雄の遺したものー
講師:谷川俊太郎、養老孟司、中沢新一