登校(とこう)拒否が不登校(ふとうこう)に?

1968年清水将之先生が提案

(2010年8月記載)

木下眞二

 登校・下校:昔はとこう・げこう;今はとうこう・げこう

 5年前のページ「えんのう ふとうこう 昔と今: 昔は援農 不凍港 今は延納 不登校」で、登校の発音について述べました。

 今は、登校、下校は「とうこう」「げこう」と言っているが、これは、戦後、不登校のことが取り上げられるようになってからではないかと考えました。戦中戦前の時代は、登校、下校は「とこう」「げこう」と言っていたはずです。登山、下山が「とざん」「げざん」;登城、下城が「とじょう」「げじょう」と言うのと同様です。

 戦後、登校拒否が問題になるようになってから、「不登校」という言葉が出てきました。しかし「ふとこう」では言いにくいので「ふとうこう」というようになったのではないか。これから、登校,下校は「とうこう」「げこう」というようになったのではないかと考えました。


「こころの科学」:いじめ・不登校・学校

 これらの私の考えを裏付けるのではないかと思われる論文を最近発見しました。医学雑誌「こころの科学」の最近号に、特別企画として、「いじめ・不登校・学校」が取り上げられています。.

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「不登校」という言葉は1968年清水将之先生が作る

 その中の「不登校の四十五年をふりかえって」という座談会のによると、戦後、暫らく経って、1960年頃より、登校拒否、登校恐怖症の子どもたちが問題になり、精神科に治療を求めてやってくるようになりました。
1968年、日本児童精神医学会総会が大阪で開かれ、思春期問題を取り上げたシンポジウムで、当時、大阪大学精神科に居られた清水将之先生(現在:関西国際大学大学院)が、対外的に初めて「不登校」という言葉を使いました。
 登校拒否、登校恐怖症などをふくめ、周辺的な、いろいろな問題ををもった子どもたちをざっくりまとめるうえでの言葉として、「不登校」ということばが作られたようです。.
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昔は「不登校ふとうこう」という言葉はなかった

 従って、「えんのう ふとうこう 昔と今: 昔は援農 不凍港 今は延納 不登校」で推論したように、それまでは「不登校」という言葉は無く、「とうこう」という読みも無かったと思われます。
 昔は登校は「とこう」で言っていたと思います。「不登校」という言葉が作られて、「ふとこう」では言いにくいので、不登校「ふとうこう」とともに、登校「とうこう」と発音されるようになったのではないかと思います。
 現在、80歳前後の10人くらいに聞いて見ましたが、登校、下校は、「とこう」「げこう」と言っていたと記憶しているようでした。
 しかし、現在のどの辞書でも、ワープロ変換でも、「とこう」は「渡航」だけで、「登校」は、まったく無くなってしまったようです。

 以上の私の推論が当たっているかどうか。終戦から65年で、大きく、政治、社会、経済が変わってしまったが、言葉もまた大きく変わってしまったようです。

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