若葉薫る季節 日本の雨は有り難い

小林三樹

(2010年6月記載)

木下眞二

 今年の春は雨が多く、私の健康維持のための散歩ができないことが多く、不満に思っていたところです。上の天気図は4月13日のものですが、この日も強い低気圧に覆われ、雨風が強く散歩はできませんでした。(なお、この前の日に受診した人の血圧は高い人が多かったようです。「血圧は低気圧が来る前に上がる」)

 しかし、次のエッセイを、水資源の衛生工学などの権威である小林三樹(みつな)先生から見せていただいて、私たち日本人の嘆きは当を得ていないことを分かりました。

 今、経済危機でも問題になっているエジプトから帰ってきて間もない小林先生からいただいだエッセイ:北方林業 2010年5月号 忙中閑記「若葉薫る季節、日本の雨は有り難い」を以下に転載しておきます。

.

若葉薫る季節、日本の雨は有り難い

小林三樹(こばやしみつな)

 この2月から3月にかけて久しぶりにエジプトに旅をした。5000年前から3000年前に建造された遺跡群、なかでもギザのピラミッド群は何度観ても圧巻である。その造形美と巨大さ、不可思議さにおいて、技術的工夫の結実において等々、人間の為せることの偉大さには驚嘆を禁じ得ない。権力の誇示、国民一致への象徴や被征服者への宣撫であったとしても、はたまた来世で永遠に生き続けたい願望であったとしても、なぜあそこまでしなければ納まらなかったのか、なぜあそこまで為し得たのか等、現在の価値観では推し量り難いものが多い。

 一度で好いから自分の目で見たいという観光客が引きも切らずに訪れるのは、現在を生きる吾らが、現世利益どころかここ数年の目先の実利ばかりを求める風潮に漬かっているからこそ、全く別の価値観に身命も財産も賭しえた古代の営為のもの凄さに触れたいからなのかもしれない。来世の思想は古代エジプトの最大の発明だったと思う。人間に死が免れ得ないものであることを観念した時、来世で生きられる確信は、死にゆく者にどんなにか安らぎを与えてくれることだろう。復活信仰はキリスト教誕生の根源になった。それにしても、古代エジプトでは来世で食べる動物まで、羽をむしるなど調理しやすい形態のミイラにして副葬していたことには驚いた。来世での生活をそれほど確信していたのだ。自然史としての標本作りという概念がなかった時代から連綿と作られた動物のミイラは、後世、生物の進化研究に寄与した。

 ところで古代遺跡群の建造費用は、後世の人々、数千年を経て観光客が持ち込む外貨を最大の収入源としている現代エジプト国民にまでツケを回して賄ったのではない。国債などない時代だから、全てはその時代時代の収入で賄った。古代エジプトの富の源泉として洪水の氾濫管理による営農収益が大きかったことは人口に膾炙されているところだが、近隣諸国よりも数歩先んじて賢明な政策と制度を確立させた効果が大きい。約7年毎に渇水年があることを水位観測データから見抜き、農作物の経年備蓄制度を整備した。乾燥化が進む中、渇水年に食糧不足にあえいで食糧割譲を懇願して来る周辺諸国に穀物を、金、毛皮、貴石、奴隷などと高値で交換した収益が大きい。富み栄えれば軍事力を強化でき、戦利品で一層富み栄えた。経済の豊作年にはバブル景気をさんざん謳歌して消費し、凶作年には後代に負債を積み上げて平気でいる現代日本の方が、長い目でみると可笑しいのではないかと思ってしまう。エジプトでは穀物倉庫のネズミを退治する猫が大切にされたので、働き者の猫のミイラは他の動物より目立つ。倉庫収蔵物の管理責任が今もって重視され過ぎていることに、私はエジプト勤務の3年余り悩まされたのだが。

 エジプトでは、アレキサンドリアなど地中海沿いを除いて、降雨は少ない。どこもかしこも埃(ほこり)だらけなのは、雨が洗い流してくれないからだ。そのことは中国に古くから知られており、エジプトを「埃及」と書く。日本にいると気づかないが、雨は降下中に空気を洗い清め、家の屋根や木々の葉や道路面の埃を洗い流してくれている。雨がない国では、人の手で洗い清めない限り、全ての表面が埃だらけだ。拭いてもすぐ汚れるから拭かない。だから埃が全てに及ぶ。身だしなみは気にするのに、建物の外観にも、町中のごみにも無頓着になる遠因ではないかと思う。ナイル河畔以外は沙漠だから、強風が吹くと砂嵐になる。黄砂は中国内陸部で舞い上がった後、重い粒子から順繰りに落下し、海を越えて日本に来るのは細かい粒子のみなのに比し、エジプトの砂嵐は全粒子が吹き荒れる。今回も砂嵐に遭遇した。アラビア語で砂嵐のことをハムシーンという。50という数詞だ。ひと月に50日も吹き荒れるほど、来る日も来る日もという表現である。雨が適度に降ってくれる日本で暮らせるのは本当に有り難い。

(藤女子大学)


 木下眞二からのコメント:昔はネコはネズミ退治だけでなく、天気予報の役にもたっていたようです。「
ネコが耳を掻くと明日は雨」「雨がやんだら」も見てください。
 

もどる