悟ったのは自分の浅はかさ

 余りにも酷いそれに
 眩暈がして気分が悪くなりそうだった


『信じる者は救われない』


 思い出した他人の皮肉の様な言葉に小さく笑った










貴方のお誕生日はいつですか?【V】











 歩くのも酷くだるかったけれど、こんな気分で誰かと一言でも言葉を交わしたくも無かったからタクシーに乗るのも諦めて、フラフラと誘われる様に近くの小さな公園に入って行った。

 夜の公園に人気は無く、唯切れ掛かってチカチカとしている一本の蛍光灯と、その他幾つかのきちんとその役目を果たしている蛍光灯の光が公園の地面を照らしていた。
 そんな中、ふと目に入ったのは紫陽花。
 この時期の風物詩とも言えるその花により一層自嘲的な笑みが似合う気がした。


 『移り気』『冷淡』『浮気』『無情』


 そんな酷い花言葉を付けられているその花にも秘められた花言葉がある。


 『辛抱強い愛情』


 その言葉を思い出せば今の自分への酷く残酷な皮肉に思えてくる。


 辛抱強いと言えば聞こえは良い。
 でも、相手が何とも思っていないのにこちらが勝手に辛抱強く待つのも相手にしてみれば迷惑かもしれない。

 何だかまるで自分を皮肉っている様だとそっと紫とも青とも言えない絶妙な色のその花に手を伸ばした。
 見ているとその色がまるで彼の瞳の色の様だなんて思えて、また自嘲的な笑みが自然と浮かぶ。
 けれど自分の中の紫陽花は見事なまでに儚く散って死んでしまった。


 なんて感傷的になっているのだろうか。
 ただ単に―――彼にごく当たり前の事を言われたに過ぎないのに。


 きっと彼は戸惑っただろう。
 自分の奇行に。

 勝手に彼を祝ってやるつもりで行って。
 彼の言葉が嘘だったと勝手に怒って。
 そして、あの場を逃げ出した。
 彼にこんな理由で泣き顔を見られるのは、余りにも情けなくて恥ずかしくて。

 余りにも自己中な空回りっぷりに、自分でも呆れてしまう。

 でもそれぐらい舞い上がっていたのだろう。
 彼が―――本当の事を言ってくれたのだと、ただ盲目的に信じ込んで。






























「……ホント、馬鹿だよな……」






























「ああ。本当に…」






























「!?」


 呟いた独り言に答えが返ってきて、新一が驚いて後ろを振り向けば―――。










「こんばんは、名探偵。…いや、この姿では『初めまして』って言うべきかな?」










 ―――――『黒羽快斗』が其処には居た。










「お前…」
「俺の事、調べたんだろ? だから名探偵はあんな手紙を俺に寄越した。
 それなら…この顔ももう知ってる筈だ。なのにどうしてそんなに驚いた顔するんだ?」
「………」


 新一の目の前に立っているのは新一が調べた資料に載っていた『黒羽快斗』の写真と瓜二つの顔。
 勿論本人なのだからそれは当たり前であるのかもしれないが、今この時にどうしてそんな素顔なんかで自分の前に現れたのか分からず新一はただ呆然と快斗を見詰め続けた。


「何? 俺ってそんなに見惚れる程良い男?」
「……何で………」


 何で、どうして。
 訳が分からず、口をこれ以上開けばきっと同意語しか出てこないだろうと思って言葉を濁した。

 そんな新一に快斗は苦笑を浮かべたまま、少し視線を下へ向けた。


「ごめん。名探偵」
「……何がだ?」
「俺、名探偵の事誤解してた」
「……誤解……?」


 言われた言葉の意味が分からず、快斗の紡いだ言葉そのままに反芻してくれたのだろう新一に快斗は小さく笑った。


「俺さ…名探偵は、今日俺の事捕まえに来たんだと思ってた」
「お前を…捕まえに?」
「そう。俺を…俺の誕生日に捕まえに来たんだと思ったんだ」


 言われる内容に訳が分からず首を傾げる新一に、快斗は酷く自虐的な笑みを浮かべた。


「俺はさ…『平成のアルセーヌ・ルパン』とか『月下の奇術師』なんてご大層に呼ばれてるけどさ…本当は唯の犯罪者だ。だから、名探偵は……俺の事なんて嫌いだと思ってた。
 俺との鬼ごっこは確かに楽しんでくれてるとは思ってたけど……でもそれでも、俺の事がやっぱり許せなくなったんだと思った」
「…キッド……」
「だから、名探偵は俺を捕まえに来たんだって思ったんだ。
 俺が生まれた日に、俺を―――終わりにする為に」


 最後の方は俯きながらだった。
 その肩が少しだけ震えている事に新一は正直驚いて……そして、疑った。

 残念な事に、さっきの様なやり取りがあった後に彼の言葉を、そして彼の表情を、雰囲気を、全て信じられる程お人良しでも、素直でも無かった。


「……それで?」


 本当なら素直に受け取りたい言葉すら、何かもっと温かい言葉をかけてやりたいと思った彼の言葉にすら、新一は目を瞑って酷く冷たい声を発した。
 その言葉に上げられた顔は苦虫を噛み潰した様な、ポーカーフェイスが売りの普段の彼からは考えられもしない様な表情だった。


「謝りたくて来たんだ」
「何で俺にお前が謝る必要があるんだ?」
「コレ」


 チャリッと小さく金属が触れる音がした。
 彼が胸元から取り出したのは普通の折りたたみの携帯電話。
 それに付けられていたのは―――紛れも無く、新一がさっきキッドにおもいっきり投げつけてきたモノだった。


「…っ! んなもん…さっさと捨てればいいだろ!」


 これ見よがしに携帯に付けられたソレを恥ずかしくて凝視する事すら出来ずに顔を背ければ、この場には相応しくない嬉しそうな声が返ってきた。


「嫌だね。だって折角名探偵が俺にくれた…いや、俺達にくれた誕生日プレゼントなんだから」
「……嘘なんだろ、全部」


 そんな嬉しそうな声が酷く癪に障った。
 携帯に付けられたソレは、自分の浅はかさをおもいっきり笑っているみたいだったから。

 余りにも不愉快で睨み付ける様に見詰めれば、ポーカーフェイスに貼り付けたいつもの笑顔ではなく、言葉通り酷く申し訳なさそうな表情だった。


「……ごめんね。そう思わせたのは本当に悪かったと思ってる」
「そう思わせた? 全部嘘の癖に」
「嘘じゃないよ。だって…調べたろ? 俺の事」
「……それも……嘘だとしたら?」


 自分でも声が硬くなるのが分かった。
 それでも、その可能性を思いつかなかった訳じゃない。  余りにも分かり易過ぎる。
 彼に関しては。

 少し昔の彼の事を知っていて。
 そして、もう少し今の彼の事を調べれば分かってしまう。

 そんな簡単過ぎる答えはもしかしたらフェイクなのではないかとも思ってしまう。
 彼が彼として生きる為に、その存在すらもトリックなのではないかと。


「…そうだね。あんな事言った後だ。素直に信じて貰えるなんて俺も思ってないよ」


 寂しそうな笑みに思わず信じてやると言いたくなってしまうけれど、それを寸前のところで押し留める。
 もう一度引っかかるなんて無様な醜態はさらしたくなかったから。


「……だからさ、引っ張っていいよ。この顔が………証明になるだろ?」


 さっき新一がキッドに投げつけた箱に入っていたストラップは彼の携帯に付いていて。
 彼は自分が調べた彼の正体で。
 彼の顔を引っ張って…その顔が崩れさえしなければ彼が本物である可能性は余りにも高い。

 けれど―――。


「どうしてお前がそんな事俺に証明する必要がある?」



 ―――自分は彼の正体を教えてもらう理由を持たない。



「名探偵に…俺を信じて貰いたいから。それじゃ理由にならないか?」


 真っ直ぐに、射抜く様に向けられた視線を新一もまた唯真っ直ぐに捉える。


「お前が俺に信じてもらいたいと思う様な理由が見当たらない」
「それは……」
「お前が俺に正体を明かしたとして、お前にとってそれは弱み以外の何物にもならない。
 だとすれば、お前が俺に正体を明かすメリットは何も存在しない」
「……全く。本当に名探偵はいつでも理性的でいらっしゃる」


 皮肉の様に言われた言葉と、その言葉を放った後に歪められた唇。
 それだけなら新一は自分の言葉を疑う事すらしなかっただろう。




















 ―――彼の、酷く傷付いた様な…寂しげな瞳がそこに存在しなければ。



















to be continue….



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