皮肉なモノだと思った

 自分が生まれてきた日に
 自分を捕まえさせに行くなんて

 でもそれも
 彼が相手なら何だか悪くない気がした










貴方のお誕生日はいつですか?【U】











 深夜の屋上。
 其処は新一があの日怪盗へと手紙を置いておいた屋上。
 その屋上にキッドが到着した時にはもう既に先客が居た。


「よっ…」
「これはこれは名探偵。今日はお早いんですね」


 片手を上げてみせた新一にキッドは笑いながら優雅に一礼する。

 笑ってしまうのも無理はない。
 待ち合わせ、というかお呼び出しは十時だった筈。
 けれど、現時刻は九時半。
 早過ぎるその到着にお互いに笑ってしまう。


「それで…今日此処にお招き下さったのは何故ですか?」


 あんな暗号を送ってきたのだから分かりきっているだろうに、そしらぬ顔でそんな今更な事を言って下さったキッドを新一はじと目で見つめる。


「分かってて言うな」
「さぁ…。残念ながら私には分かりかねますが?」
「……この嘘吐き」
「まあ、私は怪盗ですからね」


 にっこりと、「嘘を吐いて当然だろう」という表情をして下さったキッドを新一はさらにむっとした表情で見詰めた。
 そんな新一の表情すらにすら笑うキッドに新一の表情は更に険しくなる。


「怪盗が言う事は全部嘘って訳か?」
「まあ…普通はそう捉えて当然でしょうね。特に、貴方の様な『探偵』の場合は」


 その言葉が決定打だったのかもしれない。
 何かがぷちっと途切れてしまった様に感じて、新一は唇を噛み締めた。
 それでも、何かに縋りたくて、心の中では彼が否定してくれるのを祈っていた。

 それが勝手な願いだと知りながらも。


「だったら、こないだのアレも嘘かよ…」
「こないだのアレ、とは?」
「分かってんだろ?」
「ええ。まあ…」
「で、アレも嘘なのか…?」
「信じたんですか? こんな怪盗の戯言を」
「っ…! この詐欺師!」
「名探偵…だから怪盗だって言ってるでしょう;」


 がっくりと肩を落として、それでも笑いながらそう言ってくるキッドに、新一は自分の浅はかさを痛感した。

 痛感して。
 頭が真っ白になって。

 気付けば叫んでいた。


「お前なんか大っ嫌いだ!」
「知ってますよ。探偵が怪盗を好きなんて可笑しな話ですからね」
「っ……」


 そんな新一に極々当たり前のいつも通りの反応をしたキッドは、その言葉の後に『流石にホームズとルパンが仲良しなんて聞いた事がない…』そう続けようとした時、目の前の新一の異変に漸く気づいた。


「名探、偵……」
「……っ………」


 俯いてしまっていて表情までは見えないが、それでも気配と声から彼が泣いているであろう事は容易に想像がついて。
 キッドは慌てて新一との距離を全て詰めてしまうと、その顔を覗き込もうとしたその時…、


「名、た…」
「お前なんか嫌いだ。大っ嫌いだ!!」


 至近距離でおもいっきり投げつけられた小さな白い箱をキッドは反射的にしゃがみこむと、地面ギリギリでキャッチした。
 それで一瞬の隙が出来た。
 その隙に目の前のほんの三十センチ程の距離に居た新一は踵を返すと、サッカーで鍛えたご自慢の黄金の足で気付けばもうドアギリギリまで駆けて行ってしまっていた。


「おい! ちょっと待てよ、名探偵! お前俺を…」
「お前なんかもう知らない! 信用した俺が馬鹿だった!」


 背を向けたまま吐き捨てるように大声でそう叫んでドアの向こうに消えて行ってしまった新一をキッドはただ呆然と見詰めて、バタンと酷い音を立てて閉まったドアの音で漸く我に返った。


「な、何なんだよ…一体……」


 いつも通りの会話だった筈だ。
 いつも通り、彼をからかっただけだった筈なのに、一体どうしたというのか。
 それに、彼は自分を捕まえたかったのではなかったのだろうか…?

 訳が分からず唯々、新一の消えて行ったドアを見詰め首を傾げて、キッドは手の中にある小さな箱の存在を思い出した。


「そういや…コレ、何なんだ…?」


 小さな小さな箱。
 細い水色のリボンが綺麗に結ばれているソレ。

 その箱の綺麗な包装に酷く自分勝手な妄想が膨らんだが、そんな事は有り得ないと首を緩く振ってその妄想をかき消して、キッドはそのリボンに手をかけた。


「………嘘、だろ………?」


 小さな箱を丁寧に開けて見れば、出てきたのは―――小さな飾りの付いたストラップ。
 その飾りは酷く凝っていて、既製品で大量生産された物ではなく、恐らくは手作りの一点物であろうと分かるモノ。

 しかもそのモチーフは―――。



「……俺に、プレゼントって事……?」



 幸運を告げると言われる四葉のクローバーと、そして……黒い羽を模したシルバーのチャーム。
 それが誰の事を指すかなんて今更聞かなくなって分かる。


「……俺の、馬鹿っ……」


 自覚して、自分の馬鹿さ加減に頭を抱えた。

 漸く分かった。
 彼はコレを自分にくれるつもりだったのだ。
 恐らくは――誕生日プレゼントとして。

 それなのに、自分は彼の思いを土足で踏みにじったのだ。
 いつもの様に彼をからかって、自分を祝ってくれようという彼の優しい心を、温かな思いを、踏みにじって…泣かせてしまったのだ。


「どうしたら…いい…?」


 彼をどれだけ傷付けたかなんて分からない。
 あの彼が『犯罪者』である自分にコレを渡すのをどんな風に考えていたかは分からないが、それでも彼なりの葛藤があった筈だ。
 それなのに…自分はいつもと同じ様に軽口を叩いて、彼の心を傷つけてしまった。

 どう償っても償いきれない過ちを自分は犯した。


「………悩んでても、……しょうがねえか」


 出来る事なんて一つしかない。
 彼に今会うのは酷く気まずかったけれど、今会わなければきっとこれからもっともっと会い辛くなる。

 覚悟を決めると、キッドは彼を追う為に白い翼を開いて夜の空へダイブした。








































「っ…ちくしょっ……!」


 階段を自分が出来る限りの力でおもいっきり駆け下りて、どこをどう走ったかも分からない程めちゃくちゃに走って、息が苦しくなって膝に手を当てて息を整えた所で、ぼろぼろと涙が零れ落ちてきた。


「俺が…俺が……馬鹿だっただけかよ…っ、……」


 その場に崩れ込んでしまいたい程、恥ずかしくて切なくて苦しくて、ただ涙だけが溢れた。

 本当なら声を上げて泣きたかった。
 でもそんなみっともない真似したくなかった。


 こんなのは―――唯の自分の一人よがりだから。


 一人孤独に戦う魔術師が何かを探しているのは知っていた。
 一人神聖な儀式の様に月に石を翳すのを何度も目撃した。

 その度に魔術師の顔に浮かぶ苦しい程の落胆をもう見たくないと思った。
 自分は探偵なのに、そんな彼を見てしまったら捕まえる気など失せてしまった。

 あんな悲しそうな顔をする怪盗なんて、自分の中では『犯罪者』とは呼べなかった。

 だから彼との追いかけっこは追いかけっこのままだった。
 捕まえる気などないのだから、あくまでも楽しい唯の追いかけっこにしかならなかった。

 それでも、どんな理由があろうと彼は『犯罪者』で、自分は『探偵』で。
 どれだけ考えても自分は本当は彼を許してはいけない筈だと分かっていたのに、それでも不意に見えない彼の心の涙を拭ってやりたくなって。
 許せないけれど、それでも彼を知りたい、彼を……支えてやりたい。
 そう思ってしまったから、怪盗なんて現場で確保しなければ何にもならないのは分かっていたのに彼の事を調べた。

 正直呆気無い程に直ぐに分かってしまった。
 そう、癪だけれどあの白い馬のお陰で。

 彼が彼に目星をつけてくれていたお陰で、その裏づけを取ればいいだけだった。

 怪盗キッドが消えた時期。
 その時期に亡くなった天才マジシャン。
 その付き人。
 そして…彼。

 こんなに簡単に分かったのは何かの罠じゃないかと思う程呆気無く分かった事実に、新一はある事を確信した。

 キッド専任なんて言っている彼だって、本当は捕まえる気なんて無い事に。

 彼もきっと自分と同じだ。
 彼とのやり取りを楽しんでいて…そして―――きっと彼を…支えてやりたいと思っている。

 その時思ったのは彼に彼を取られたくない、という事。
 そして自覚した。


 自分は―――彼が欲しいのだと。


 だから、彼に手紙を置いてきた。
 あの日、あの手紙は新一の賭けだった。
 返事なんて来る事は期待していなかった。

 それでも来た返事に、そして内容に、正直心が狂喜した。

 彼のデータの中の誕生日と、彼の送ってきた内容は見事に一致した。
 彼が本当の事を自分に言ってくれたのは自分が許されたからだと思った。

 彼の中に踏み込むのを…赦されたのだと思った。


「…全部、俺の勘違いかよ……」


 息を整えて、涙に潤んだ目で空を見上げた。
 細く剣を描く月に余計に涙が浮かんで、頬を伝って零れ落ちた。


 全部全部自分の勘違いだった。
 いや、思い込みだ。
 自分が良い様に思い込んだだけだった。

 彼が本当の事を自分に告げる理由なんてない。
 確かに彼が言う通り、『怪盗』である彼の言葉を『探偵』である自分が鵜呑みにするなんて馬鹿げていた。

 そう、余りの嬉しさに忘れていた。
 彼が……自分を彼の中に踏み込ませる理由なんてない事を。

 それでも一度してしまった期待が脆くも崩れ去った今、どうしようもない絶望が新一を襲った。

 本当は今日あのプレゼントを渡して言うつもりだったから。










 ―――俺が、お前を支えてやりたいのだと……。




















to be continue….



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