『お前の誕生日っていつだ?』
その手紙を見て
何だかふらっときてしまった
貴方のお誕生日はいつですか?【T】
一つの星も見えない曇り空の、六月のとある日曜日。
もうそろそろ入梅しそうだなんて頭の隅で考えて。
そうなったら仕事がし辛くなると溜息を吐きながら、仕事帰りに中継地点であるとあるビルに寄って。
一息ついていたところで、怪盗はフェンスの端にひらひらと舞っている白に気付いた。
「ん…?」
一体何だろうと近づいて見れば、フェンスに括り付けられていたのは真っ白なハンカチ。
どうしてこんな所にこんな物が付けられているのか。
首を捻って下を見れば、白い封筒が置かれていた。
ちなみに重し代わりに置いてあったのは、本日現場で使用したビッグジュエルのレプリカ。
「これ…」
一体何だろうとその白い封筒を拾い上げてみれば―――。
「名探偵…;」
――――誰あろう彼からの手紙。
表に『怪盗キッド様』とあり、裏にはご丁寧に『工藤新一』と書いてあった。
「あのさぁ…コレ俺以外に見つかっちゃったらどうするのさ;」
あーもう…危機感ないんだから;
っていうか、レプリカっていったって結構精巧に作ったんだから、重し代わりに使うなよ;
がっくりと肩を落とした怪盗を誰も責められないだろう。
っていうか、怪盗より非常識な探偵ってどうなんだろう;
何だか酷く疲れた気がする。
仕事よりも何よりもどっと疲れた。
はあっ…と溜息を吐きながら怪盗がその封筒を開ければ―――。
彼の綺麗な字で書かれていたのはたった一行。
でもその一行がひじょーに問題な訳で…。
「……名探偵;」
あの人訳分かんない。
あーもう、ホント訳分かんない。
探偵ってこんなに訳分かんない人種だっけ?
頭の中でぐるぐるとそんな風に思い悩んで、怪盗は白いスーツが汚れるのも厭わずにぺたりと其処に腰を下ろした。
「ふつー聞くか? 探偵が怪盗に…しかも、誕生日;」
何かの罠かとも思ったが、筆跡は確実に彼の物で。
何かの罠かとも思ったが、誕生日が分かった所で別に『俺』が『私』である決定的証拠になる筈もないし…。
「……ホントあの名探偵殿は何考えてるんだかね」
溜息と共にその手紙を封筒へと戻し、それでもしっかりと胸ポケットにしまった。
「俺の誕生日でも祝ってくれるのかな?」
有り得ない可能性を口にして、怪盗は口元に笑みを浮かべたまま首を横に振った。
そんな幸せな可能性が有り得る訳がない。
第一、自分達は敵同士だ。
探偵と怪盗が仲良くお互いの誕生日を祝い合うなんて有り得ない。
そんな話聞いたこともない。
「あー…黒羽快斗にでも辿り着いたのかな。名探偵も…」
嘗て、自分のクラスメイトも辿り着いた自分の正体。
それを少し遠回りなやり方で確かめようとでも思ったのだろうか?
それも何だか彼らしくない気がしたけれど、彼が自分に誕生日を聞いて得られるメリットなんてそんな物で。
「……俺もそろそろ、潮時って事かね」
あの名探偵の事だ。
白馬の様な甘ちゃんではない。
きっと真実を刃の様に突きつけて自分を捕まえて下さるに違いない。
だとすれば―――。
「―――ま、誕生日に捕まるなんてのは嫌だけど……俺が今までしてきた事考えたら仕方ねえのかな…」
それまで猶予をくれるだけ有難い。
そう考える事にして、捕まるんだったら彼が一番いいかもしれないと怪盗は一人自嘲気味な笑顔を無理に浮かべた。
「ん?」
わらわらとポストに突っ込まれていたダイレクトメールやら、有名な両親宛のファンレターやら、自分に対する色々な方々(…)からの脅迫状(……)やら何やら。
郵便ポストが一杯になる程のその手紙を抱えてリビングのテーブルの上に放り出した所で、一際目立つ白を見つけた。
「コレ…」
それだけを摘み上げて、真っ白な封筒に書かれた『工藤新一様』という文字にもしかして、と思って裏を見てみれば、
「仕事、速いな…アイツ……」
予想通り『怪盗キッド』と書かれていた。
昨日、奴が帰りに寄るであろう中継地点に手紙を置いてきた。
正直、返事をくれるかどうかなんて期待していなかったのだが、律儀にきちんとお返事下さった訳だ。
しかも―――ご丁寧に次の日に。
流石怪盗。仕事が速い(違)
「まあ、中身が期待通りのもんかは分かんねえけどな……」
怪盗が律儀に自分の質問に答える必要などない。
寧ろ、答えない方が普通だ。
自分の正体に少しでも近づくものを敢えて探偵の自分に教えるとは思えない。
だから期待しないで封を切った。
「……は?」
中に入っていたカードに書かれていた文字を見詰め、新一は固まった。
『Gone With the Wind』
日本では「風と共に去りぬ」という名でお馴染みのアレである。
「……意味分かんねえ…」
彼とあの有名な話がどう繋がるというのか。
でも、内容はどうあれ何だかその題名が彼の様でちょっとだけ笑ってしまう。
「何か、関係あんのかな…」
ぼーっとカードを見詰めた後、とりあえずその意味を探ろうと新一はパソコンの電源を入れた。
六月二十一日。
その日は誰あろう『黒羽快斗』の誕生日。
江古田高校の教室では毎年と同じ光景が今年も繰り返されていた。
「快斗ー! 今日の夜楽しみにしててね!」
「あー…」
いつも通り、毎年同じ様に幼馴染から言われる言葉を朝から予想していた快斗は苦笑いを浮かべた。
「わりぃ…今年はちょっと…」
「えっ!? 用事…あるの…?」
「あ、ああ…」
「そっか…」
ちょっと寂しげに俯いてしまった青子に申し訳ない気もしたが、快斗はごめんっと顔の前で手を合わせた。
「ホント、わりぃ…」
「い、いいってば! 別に、何も用意なんてしてなかったし…」
「ホント……ごめんな…?」
「……いーよ、もう。用事あるならしょうがないから……」
青子も何かを悟ったのだろう。
酷く寂しそうな顔をしながらもそう言って無理に笑ってくれた。
本当に、申し訳ないと思う。
それでも…それでも、だ。
譲れないモノが快斗にはあった。
だから、青子のこんな顔を見たとしても今年だけは頷いてやる事は出来なかった。
来年も―――きっと頷けないのだろうけれど。
to be continue….