一緒に居てはいけないと
 一緒に居るべきではないのだと

 頭では分かっている
 理性は納得している

 それでも心は貪欲に叫び続ける
 一分、一秒でも長く……彼と一緒に居たいと










片想い【8】











「工藤。お前、それ反則!」
「何だよ。お前がカラオケに来たいって言ったんだろ?」
「そりゃそうだけど;」


 漸く終わった新一の新譜攻めに快斗は不満を漏らした。

 快斗が3時間と言った事を考慮してか、新一の『知らない曲入れまくり大作戦』は2時間45分を回った所で漸く終了した。
 ちなみに、途中で来たジントニ×2+つまみの少量は消費されているが、ソレは全部新一の胃の中に収まっていたりする。
 飲み物を飲む暇も与えないぐらい、ノンストップで歌わされた快斗は流石に少しぐったりした様子でソファーの背凭れに凭れかかった。


「これに懲りたら俺をカラオケに誘うなんて真似、もう二度とすんじゃねえよ」


 クスッと笑って新一にそう言われて。
 全く…困った友人だと思う。

 せめて一曲ぐらい歌ってくれてもいいと思うのに。


「なあ、工藤。せめて一曲…」
「嫌だ」
「俺も一緒に歌うから」
「もっと嫌だ」
「うー…;」


 取り付く島もない。
 全く、こういう時も人一倍頑固で困る。

 快斗は少しだけ悩んで、そして時間もギリギリに差し迫った中で、ある一つの事を思い出した。

 とある事件で関わったグループが居た筈だ。
 あの曲ならきっと新一も歌ってくれるだろう。

 そして、思いついた瞬間、さっさとその曲を入れてしまう。


「あっ…」


 ディスプレイに表示された曲名を見た瞬間、新一が少し反応を示した。
 それに確証を得た快斗は、すかさず新一にマイクを渡す。


「はい♪」
「ちょっと待て、俺は歌わないって…」
「俺も一緒に歌うからさ。ほら、ちゃんと見てないと始まっちゃうよ?」
「………」


 むぅっと寄せられた眉を無視して、快斗はそう言うと自分もマイクを持った。

 始まってしまったらこっちのもの。
 しぶしぶ歌う新一の声を極力消さない様に、快斗は控えめに一緒にその曲を歌った。






























「そんなにカラオケ嫌う程でもないのになぁ…」
「………」


 歌い終わってそっぽを向いた新一にそう言っても、返事が返って来ない。
 それに快斗は苦笑を漏らす。

 言う程音痴ではない。
 タイミングと、音程が微妙にずれているだけだ。
 元が綺麗な声をしているのだから、きっとほんの少し練習すれば直ぐ上手くなるだろう。

 まあ最も、目の前のこの探偵がそんな事をする筈はないと分ってはいるのだけれど。


「さて、そろそろ時間だし…出る?」
「出る」


 きっぱりさっぱりそう言われて。
 『そうですよねー。工藤さんがまさか延長なんて言いませんよねー…;』なんて一人心の中で呟いて。

 快斗は小さなカゴの中にマイクと伝票と使わなかった灰皿を突っ込むと、ドアを開けた。


「どーぞv」
「…ったく、そういうのは男にしなくていいんだっつーの」


 ぶちぶちと言いながらも新一は快斗が開けてくれたドアを通り、エレベーターへ向かう。
 エレベーターの前に辿り着いて暫く立ったというのに、中々エレベーターが来ない。
 各階停車状態のソレに新一は小さく不満を漏らした。


「来ねえなぁ…」
「しょうがないよ。ここ確か0時からフリータイムだから」
「あー…。成程な」


 入ったのが9時過ぎ。
 3時間経っているのだから、今は0時過ぎ。
 丁度夜のフリータイムが始まったばかりではこれから入る客が多いだろうから、エレベーターが中々来ないのも頷ける。


「今度はフリータイムで来る?」
「お前にそれだけ歌う体力があればな」
「……工藤。せめて何曲かは協力する気…」
「ない」
「ですよね…;」


 それを新一に求める事がまず無理なのだと、いい加減悟っても良さそうなのに。
 快斗は横でめそめそいじけている。
 全く。
 何が楽しくてこんな音痴な人間に歌わせたいと言うのか。


「大体俺と来たって面白くないだろ」
「何で? 楽しかったよ♪」
「………」
「だから、また来ようね♪」


 そんな風に快斗は本当に屈託なく笑うから。
 だから…新一の口からはついこんな言葉が出てしまった。


「………まあ、気が向いたらな」








































 会計を済ませ、外に出た頃には街はもうすっかり夜中という雰囲気を纏っていて。
 このまま帰るのには何の支障もなかった。


「さて、と。黒羽、お前どうやって帰るんだ?」
「俺は…って、工藤! お前まさか帰る気?!」
「は……?」


 余りにも意味不明な質問が返って来て、新一は首を傾げる。
 時間も時間だ。
 このまま帰るのに何の支障もない筈なのだが…。


「こんな時間だぞ?」
「ああ。だから帰ろうって…」
「普通の大学生ならこのままオールコースだろ!」
「………」


 何だか聞くべきではなかった単語が聞こえた気がする。
 新一は素直に聞かなかった振りをして、駅に向けスタスタと歩き始めた。


「おい! ちょっと待てよ!」
「嫌だ。俺は帰る」
「……じゃあ、工藤の家で飲み明かそう!」
「!?」


 今度こそ聞き捨てならない言葉が聞こえて、新一は慌てて振り返った。
 斜め後ろに陣取っていた快斗はにっこりと笑みを湛えていた。


「それならいいだろ?」
「良くない。さっさとお前も帰れ」
「工藤ってばつれないなー」
「別につれなくていい。だから、帰れ」
「えー。俺終電ないしv」
「…………。お前、最初からそのつもりだったな?」
「えー。何の事だか…。工藤と一緒に居たら楽しくてつい時間忘れちゃっただけだよ♪」


 もう何十年前の使い古された手だ…と新一はこめかみに手を当てて溜息を吐いた。
 怪盗なんてやってる分際で、随分となめた手を使って下さる。


「タクシーでも帰れるだろうが」
「俺今日そんなに持ち合わせ無いしー」
「だったら俺が出してやる」
「駄目だって。友人同士でお金の貸し借りだけはしちゃいけないって、小さい頃から母さんにきつく言われてるんだ」
「………」


 お金の貸し借りよりも、是非終電を逃すなと教育して頂きたかった。
 そう思う新一の心を知ってか知らずか、快斗はにこーっと笑って見せる。


「だから、今夜は工藤の家で飲み明かそう?」
「………」


 これが普通の友人なら問題ない。

 両親が海外に行ってしまっている今、現在工藤邸に住んでいるのは自分一人な訳で。
 友人の一人や二人、いや十人や二十人来た所でなんの支障もない。

 新一とて、友人と飲むのは嫌いではない。
 他愛もない話をして夜を明かすのも悪くはない。


 けれどそれは――――あくまで普通の友人の場合だ。


 目の前のこの男は、自分の想い人な訳で。
 けれどそんな事なんて全く持って気付いていないにぶにぶな奴で。

 だから―――。


「工藤?」
「悪いけど勘弁してくれ。今日はそんな気分じゃないんだ」


 少しきつめにそう言えば、にこっと笑っていた顔が一瞬のうちに引き攣る。
 分ってはいたが、そんな顔を見れば新一の胸が痛まない筈がない。


「…ごめん。俺が自分勝手だった……」


 一瞬泣き出しそうな目をした気がした。

 けれど次の瞬間、快斗は笑っていた。
 張り付いた笑みで。
 お得意のポーカーフェイスで。


「工藤の都合も考えないで、ホントごめんね。また今度にするよ♪」


 無理に明るくそういう姿さえ新一の目には痛々しく映る。
 笑顔を作ってはいても、彼の目は痛々しく潤んでいる。
 まるで…捨てられた子猫の様だ。


(ったく…そんな目すんじゃねえよ…)


 そんな目を。
 そんな顔を。

 しないで欲しいと思う。

 折角決心をしたのに。
 折角覚悟を決めたのに。

 それが――――揺らいでしまうから…。


「でも、お前どうすんだよ?」
「え?」
「終電、ないんだろ?」
「ぅん…。でも、どっか漫喫とかで始発まで時間潰してもいいし…」
「そんな事するぐらいだったら……家来いよ」
「えっ…? でも…」
「いいよ。ただし、今日は特別だからな」
「いいの?」
「いいつってんだろ」
「やった!」


 途端にぱあっと明るくなった快斗の顔色に、新一もついつい笑みが漏れてしまう。
 全く…本当にコロコロ表情が変わる奴だ。

 あれだけの闇に身を置きながら。
 あれだけの辛さを味わいながら。
 変わる事がない。
 こういう素直な所は。

 それがきっと彼の魅力でもあるのだろうけれど、新一は時々怖くなる。
 いつか―――素直過ぎる彼がいつか壊れてしまうのではないだろうかと。

 だから思う。
 少しでも…彼を傷付ける全てのモノから遠ざけたいと。


 それでも本当は分っている。

 ――――自分の気持ちがきっと一番、彼を傷付けてしまう可能性を秘めているという事を。








































「電車で帰るんじゃなかったの?」
「めんどい」
「……流石、お坊ちゃん」
「坊ちゃんじゃねえって言ってんだろうが」


 駅には着いたものの、ホームではなくタクシー乗り場に向かった新一に、快斗はそんな風に軽口を叩いたが、内心その方が新一らしいと思ってしまう。

 カラオケという小休止は置いたものの、その前にそれなりに飲んだ後だ。
 正直電車で帰るのは快斗だとしても面倒なもの。
 それが新一であれば尚更だろう。


「まあ、気持ちは分らなくもないけどね」
「だろ? 分ったらさっさと乗れ」


 半ば押し込まれる形でタクシーに乗せられて、後から乗って来た新一が場所を告げると、タクシーは緩やかに発進した。


「そうだ。何か買ってく?」
「んー…。ワインとかウイスキーとかブランデーなら売る程あるから、その辺飲むなら別に」
「だろうね…ι」


 流石は世界的有名作家と、元ではあるが世界的大女優の住んでいた家。
 確かに、売る程あるだろう事は想像に難くない。
 それが誇張された表現などではない事は無論だ。


「じゃあ、つまみは?」
「そうだな。近くのコンビニで何か買ってくか」
「冷蔵庫に何かあれば俺軽く作るけど?」
「………。いや、買っていくからいい」
「………」


 新一の事だ。
 きっと冷蔵庫には何もない事が想像に難くなくて、快斗はそれ以上突っ込むのをやめた。

 ここでこれ以上新一の機嫌を下降させてはこのまま快斗の家まで送られかねない。
 というか、ここで降ろされかねない;


「つーかお前、家に連絡しなくていいのか?」
「ああ、それならもう済ませたから大丈夫v」
「……なあ、黒羽」
「ん?」
「お前一体いつから企んでた?」


 にっこりと、それこそまるで天使の様な極上の笑みでそう尋ねられて、快斗は固まった。

 しまった…。
 事前に連絡してあったなんてばれた日には……。


「い、いや…。さ、さっきメールしたんだよ! うん!」
「ほぉ…」
「ほら、母親へのメールなんてさ『今日帰らないから』ぐらいしか送んないから直ぐだって! 送るのなんて一瞬だって!」
「………」


 疑惑の目線を送られても、快斗はわざとらしくすっとぼける。
 正直……それしか逃れる手立てはない(爆)


「ま、いいけどな。でも、あんま心配かけんなよ?」
「う、うん…」


 意外な程そうあっさり言われて、快斗は拍子抜けすると共に、ほんの少し寂しげに見えた新一の横顔を複雑な思いで見詰めた。

 彼の両親は二人とも海外で。
 幾ら今は大学生とは言えども、彼は高校生の頃からずっと一人であの広い家で暮らしている訳で。
 そりゃこの歳になれば親なんて煩いもんだし、面倒な事もあるが、それでも未だ実家暮らしの快斗は何かと母親に面倒を見てもらっているのは事実な訳で。

 正直、少しは寂しいなんて思いもあるんじゃないかとは前々からずっと思っていた。
 初めて会って、そして彼の事を知った時からずっと…。


「なあ、工藤」
「ん?」
「お前さ、ご両親が海外に行くって言った時、一緒に行こうとか思わなかった訳?」
「何だよ、突然」


 だからふと、そんな事を聞いてみたくなった。
 彼が何故この地に留まろうなんて思ったのか。

 理由なんてきっと―――分り切った答えなんだろうけど。


「いや、ずっと聞いてみたかったんだよ」
「別に大した理由なんかねえよ」
「大した理由じゃないなら話してもいいんじゃない?」
「……大した理由じゃねえから話したくねえんだよ」


 はぁ、と小さく溜息を吐いた新一に、それでも快斗は珍しくしつこく食い下がった。


「いいじゃん。別に誰にも言わないからさ」
「別にお前が誰かに言うなんて思ってねえよ」
「だったら…」
「ったく、何だってそんな事そんなに聞きたがるんだよ…」


 面倒そうにそう言った新一に快斗も心の中で同意する。

 別にこんな事そんなに詮索するものでもない。
 答えなんてきっと分り切っている。
 それでも……何故だか聞いておきたかったのだ。
 ―――――その分り切った答えを。


「きっと俺が予想してる通りの答えだと思ってるからだよ」
「何だよ、予想してる通りの答えって…」
「それは……」


 言いかけた所で、快斗の言葉が切れる。
 新一が快斗の視線の先を追えば、そこは工藤邸の近くのコンビニだった。


「あ、もうここまで来たのか」
「そうみたいだね」
「ま、じゃあ話はまた後でな」


 運転手にここで少し待っていてくれる様に告げると、新一はタクシーから降り、逃げる様にコンビニへと行ってしまう。
 快斗は慌ててそんな新一の後を追った。

 そして、カゴを持っておつまみコーナーの前に立っている新一を見付け、その余りの似合わなさに思わず噴いてしまう。


「ぷっ……。工藤、お前買い物かご似合わな過ぎ!」
「うるせえ。別に似合ったって嬉しくねえし、似合わないから何だってんだよ」
「いやぁ…。そんなんじゃ立派な主夫になれないぜ?」
「別になる気がないからいいんだよ!」


 クスクスといつまでも笑いを引き摺る快斗に新一はイラっとして。
 カゴを持っている手の反対側の肘をおもいっきりみぞおちにくれてやった。


「っ―――!」
「さーて、何買ってくかなー」
「く、工藤………;」


 涙目で身体を前屈みにして苦しそうにしている快斗なんてさらっと無視をして。
 新一はカゴにおつまみを入れていく。


「後はチーズかな」
「工藤…。お前少しは加減するとか、心配するとか……」
「黒羽。お前カマンベール好きか?」
「好きだけど…」
「じゃあ買ってくか」
「いや、あの……工藤さん………;」


 ナチュラルにそんな風に言われて、スタスタと乳製品売り場に移動していく新一を見詰めながら、快斗はやっぱり余計な事を聞くのはよそうと決めたのだった。








































 無事(…)におつまみを買い終えて。
 結局おつまみだけに留まらず、ビールだの缶チュウハイだの色々買いこんでタクシーに乗り込めば、ものの1分程度で工藤邸の前に到着した。


「ありがとうございました」


 営業ボイス+営業スマイルでタクシーの運転手に料金を出した新一に、タクシーから降りた後で快斗が半額を渡そうとすれば、あっさりと断られた。


「いらねえよ。どうせ俺一人で帰ってくるつもりだったんだから」
「でも…」
「だったらその分労働力で返せ」
「労働力…?」
「そ。準備と後片付けは任せたぞー♪」
「……いや、どっちかつーとそれ金払った方が楽なんじゃねえ?」


 突っ込んだ快斗の言葉などしれっと無視して、新一は家のドアを開いた。


「ほら、ぼーっとしてないで入れよ」
「いや、ぼーっとしてた訳では…」
「つーか、早く入れ。飲むぞ」
「………」


 乗り気じゃなさそうにしていた癖に、何なんだろうかこの人は。
 全く…これだから女王様は……。

 はぁ…と何だか肩をがっくりと落として、それでも新一の機嫌を下降させる事の無い様に、快斗はそそくさと工藤邸にお邪魔したのだった。






























to be continue….



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