自分の言葉に
 どれだけの意味があるのかなんて

 自分の想いに
 どれだけの意味があるのかなんて


 そんなものさっぱり分りはしないけど
 お前が笑ってくれさえすれば良かった










片想い【7】











 真っ直ぐに新一に告げられた言葉に、快斗は一瞬茫然として固まって。
 ぱしぱしと数度瞳を瞬かせた後、口を開きかけて、けれど何も言えずに躊躇う様に俯くとグラスを見詰めてしまった。

 そんな快斗に新一はそれ以上かける言葉を見つけられず、同じようにグラスを見詰める。


 琥珀色の液体の中の氷が少しだけ溶けて、コトンと小さな音を立てた。



「……何か告白みたい」

「…!?」



 ぼそっと呟かれた快斗の言葉に反射的に顔を向ければ、そこにはいつも通り明るい優しい快斗の笑顔があった。


「冗談だよ。ありがとな、工藤」
「黒羽…」
「俺、お前みたいな友達持ってホント幸せv」


 ちょっとだけ、照れ隠しの様に少し茶化してそう言って笑った快斗に新一も安堵する。

 彼に自分の想いを悟らせてはいけない。
 けれど、彼を傷付ける事もしたくない。

 両立するのが酷く難しいこの気持ちを、これからもきっと抱えていくのだろう。
 それでも―――こんな彼の顔が見られるなら、それも悪くない気がした。






























「それにしても…」
「ん?」


 結局無茶な飲み方をする快斗を何とか止める事が出来て、それでも裏の仕事のせいか(…)酒にはかなり強いらしい快斗に付き合って、新一も更に数杯グラスを空けたころ、快斗が酷く楽しそうに笑った。


「工藤ってやっぱり気障だよなー」
「何だよ、いきなり」
「いや、さっきの言葉思い出しちゃっただけv」


 頬にわざとらしく手をあて、少しニヤけて見せる快斗に新一の顔が赤くなる。


「うるせー! お前に言われたくねえよ!」
「何だよそれ」
「お前なんか、夜は異常に気障じゃねえか」


 裏の顔で『怪盗キッド』なんて気障でレトロな怪盗なんてやってる人間にそんな事を言われる筋合いはない。
 というか―――キッドの方が数百万倍も気障だと思う。

 そう新一が主張すれば、快斗は人差し指を出し、ちっちっち、と勿体ぶった様子で新一に言った。


「俺の場合は『意図的』だからね」
「何だよ意図的って」
「んー…分り易く言えば、俺は『意図的気障』で、工藤の場合は『無意識的気障』って事かな」
「…………;」


 何だか同じような事を、幼馴染の友達のどこぞのお嬢に言われた気がする。
 本人としては、自覚がないのだから、そんな事言われた所でどうしろと?という感じだし、褒められているのか貶されているのか、正直微妙だと思う。


「だからね、無意識な工藤の言葉に俺時々ドキドキしちゃうわけv」
「……可愛らしく語尾にハートマークなんか付けてんじゃねえよ」


 じろっと睨みつけてみても、快斗の笑みは消えはしない。
 寧ろ深くなっていく一方だ。


「まあでも…俺的にはね、そういう工藤、好きだよ」


 さらっと言われた一言の方が、どれだけ人をドキドキさせているのかなんて、この男はきっと一生知り得ないだろう。
 新一の気持ちなどきっと一生…。

 そう思うと、甘い痛みが新一の胸一杯に広がっていく。

 それは極上の蜜の様に甘く。
 それは地獄の業火の様に痛い。


「しょうがねえから好かれといてやるよ」


 誤魔化しの為に呟いた一言がやけに白々しく響いた。








































「工藤、この後どうする?」


 いい感じに酔ってきたのもあって、ぼちぼち飲んだ所で会計を済ませ店を出た後、快斗は新一に尋ねた。
 ちなみに、「別に俺カードだからいいのに」という新一に無理矢理きっちり半額握らせた後で。


「んー…そうだなぁ…。このまま帰ってもいいし…」


 時刻は午後9時。
 このまま別れるには幾分早い時間ではある。

 けれど、相手は快斗だ。
 それも考慮して、なるべく帰る方向で新一はそう言ったのだが、それは快斗の望む答えではなかったらしい。


「何だよ。つめてーの」
「別に冷たくないだろうが。特に他に行きたい店がある訳でもない訳だし」
「でも、まだ9時だぜ? 流石にこのまま解散じゃ早いだろうが」
「そうか? 別に俺はそれでも…」
「だからそれが冷たいんだって!」


 むうっとした快斗は、少し酔っているせいかいつもより感情が表面に表れている気がする。
 いつものポーカーフェイスがほんの少し剥がれている事に本人は気付いているのかいないのか。

 それがけれど、新一には少しだけ心地良かった。

 鉄壁のポーカーフェイス。
 それが自分の前では少しだけ剥がれたり、緩んだりするのを見る事が出来るのは、きっと彼が自分に心を許してくれている証拠。
 それが嬉しくない筈がない。


「わあったよ。しょうがねえからもう少しだけ付き合ってやる」


 だからかもしれない。
 昼間は近付き過ぎてはいけないと思っていたにも関わらず、こんな言葉が口を突いて出てしまったのは。


「お、そうそう。それが正しい大学生のノリだって!」


 途端にぱっと明るくなった快斗は、そのままのノリで新一の腕を掴んだ。
 そして、ぐいぐいと新一を引っ張って行く。


「じゃあ、カラオケでも行くか!」
「おい、黒羽! お前それ嫌がらせか!?」


 引き摺られるままに歩く新一を振り返って快斗はにっこりと笑う。


「そりゃ勿論♪」
「『勿論♪』じゃねえ!!」


 そんな新一の絶叫も虚しく、結局快斗に引き摺られるままに新一はカラオケBOXへと連れられて行くのだった。








































「お時間はどうなさいますか?」

「んー…工藤どうする?」
「俺は今すぐ帰りたい」
「………3時間でお願いします」

「かしこまりました」


 無理矢理連れてこられたカラオケBOXのカウンターで店員とやり取りをする快斗の横で、新一はそりゃもうすこぶる機嫌を低下させていた。

 歌うのは嫌いではないが、人に聞かせなければいけないカラオケは好きではない。
 周りには「音痴だ、音痴だ」と言われるし、新一本人も特にカラオケが大好き!という訳ではない。
 どこかで飲むならまだしも、新一は何も好き好んでカラオケに来る理由がない。

 それでも、そんな風に不機嫌な新一の横で快斗は何だかとっても楽しそうだった。


「お客様のお部屋は6階の68号室です。当店終了連絡をしていませんので、お時間の方お客様のご管理でお願い致します」


 お決まりのセリフを聞いて、快斗は店員に礼を言うと、マイクと伝票と灰皿の入った小さなカゴを受け取って未だ渋っている新一の腕を再度引っ張った。


「ほら工藤。行くよー♪」
「俺は行きたくない」
「いいから、いいから♪」
「………楽しそうだな、てめぇ」


 今にも鼻歌でも歌いだしそうな快斗に連れられて、エレベーターの前まで無理矢理連れて来られる。

 今日は平日。
 この時間では料金も少し高くなっているため、エレベーターは大して時間もかけずに二人を招き入れてくれる。

 6階のボタンを押して、快斗はふと新一に尋ねた。


「工藤ってさ、どんなの歌うの?」
「ん?」
「いや、工藤とカラオケ来るのなんて初めてだから…」
「………だから、お前それ嫌味なのか?」


 裏の顔できっと色々調べている快斗である。
 新一の『音痴』のデータがその頭に入っていない筈がない。

 それでもそんな質問をしてくるとうのは嫌味以外の何物とも取れないのではあるが…。


「いや、純粋に聞いてみたかっただけ」
「……別に俺カラオケとか基本来ねえし」
「蘭ちゃんとかとは?」
「……何回か。まあ無理矢理連れて行かれた様なもんだから、あんまり歌ってねえけどな」
「そっか…」


 答えながら、新一は何だか酷く納得した気がした。

 ああ、そうか。
 何を歌うかとか、きっとそういう事じゃないのだ。

 要は蘭と来た事があるのか、とか。
 その時どういう物を歌うのか、とか。

 きっと快斗の関心はそっちにあるのだろう。


 歌が上手い人間であれば、上手く口説くのに使うのかもしれない。
 例え歌が下手でも、それなりの相手とくれば、雰囲気で上手くもっていけるかもしれない。

 何て言ったって、他の遊びには無い様な密室。
 だからこそ、聞きたいのは多分そういう事。


「ご期待に沿えなくて悪かったな」


 エレベーターのドアが開いたのと同時にそう吐き捨てて、新一はいち早く部屋を目指し歩いてしまう。
 その後ろを慌てて快斗が追いかけてくるのは分っていたが、それでも振りかえる事など出来なかった。


 振り返ったら……何だか泣いてしまいそうな気がしたから。






























「せまっ…」
「まあまあ、そう言ってやるなって。はいはい、入って」


 部屋のドアを開け、開口一番そう言った新一に快斗は苦笑して、部屋に入る様に促してやる。

 銀座にあるカラオケ店だ。
 土地も高いこんな場所にあって、そんなに料金が高い訳ではない。
 だとしたら、当然こうなる事は予想済み。

 それでも、まあ…快斗の予想よりも狭かった事は確かではあるが。


「ったく、こんな狭い部屋入った事ねえぞ」
「しょうがないでしょ。場所柄もあるし、2人だしね」


 ぶぅぶぅ言う新一をなだめて、快斗は新一にメニューを差し出した。


「何飲む?」
「んー…。無難にジントニとかでいい」
「じゃあ俺もジントニにしよー」


 そう言って席を立ちあがると、快斗は部屋に備え付けられた電話でドリンクと、それから少しのつまみを頼む。
 その姿すら何だか様になっているのだから不思議だ。


(なんつーか、存在自体に華があるんだよな…)


 ふとした時に思う。

 学内でふと彼の姿を見かけた時だとか。
 たまたま一度街で会った時だとか。

 本当にそこだけ空気が違って見える。
 オーラと言うか、華と言うか。
 そういう特別な物が快斗の周りを取り巻いている気がする。
 恋をしている者の贔屓目を抜いて見ても。


「工藤? どしたの?」
「いや、別に…」
「俺ってそんなに見惚れる程良い男?」
「ばーろ…。んなんじゃねえよ…」


 電話をかけ終えて、新一の方を向き直った快斗がそんな風に言って笑う。

 一瞬忘れていた。
 相手は怪盗。
 新一に見られていた事なんて、きっと当然の様にお見通しだ。

 そう思うと、ついつい快斗に目を奪われていた事が物凄く恥ずかしくなる。


「はいはい。じゃあそういう事にしといてあげるから…はい」
「ん?」


 にっこりとそう言われて渡されたのは、カラオケのリモコン。


「工藤からね♪」
「はぁ!?」


 らしからぬ声を出した新一に、快斗はにやにやと笑って見せる。


「だって、俺が先に歌ったら工藤歌い辛いでしょ?」
「何だその『俺上手いから』的発言は…」
「しょうがないじゃん。俺上手いもん♪」
「………」


 少しの謙虚さも無くそう言いきった快斗に溜息が出るが、それはきっと確かにそうだろうとも納得してしまう。

 あれだけの声を完璧に模写することの出来る人間だ。
 歌真似なんてきっと完璧過ぎる程完璧だろう。
 そう思うと、何だか余計に歌いたくなくなってくる。


「つーか、それならお前がずっと歌ってればいいじゃねえか」
「それじゃ面白くない」
「だから、俺はカラオケなんて面白いと思ってねえんだよ! やっぱりてめえが歌え!」


 ずいっとリモコンを押しつけ返せば、更にそれを押しつけ返される。


「嫌だ。だって俺が先に歌ったら絶対工藤歌ってくれないもん!」
「そうじゃなくても俺は歌いたくねえんだよ!」
「いーじゃんかぁ! 一曲ぐらい歌ってよー!」
「嫌だったら嫌だ!」


 ぐいぐいと何度か押して、押しつけられてを繰り返して……新一ははたと気付いた。


(あ、そっか。その手があった)


 打開策を思いついた新一は、押しつけられたリモコンを素直に受け取った。
 その新一の様子に快斗は首を傾げる。


「工藤? 先歌ってくれんの?」
「………」


 無言でリモコンのタッチパネルを触り、曲を入れようとする新一を快斗は何だか不思議な気持ちで眺めていた。


(もっと嫌がると思ってたんだけど…。意外にカラオケ好きなのかな…?)


 なんてのほほーんと考えていた快斗の目に入って来たのは……ディスプレイに表示された最近の新譜。
 確かに前奏を有線で聞いただけでこの曲だと分るぐらい流行ってはいる曲だが、新一がこういう類の曲を聴くのは少し意外だった。


「工藤がこういうの歌うなんていが……」
「ん」


 意外、と言いかけた所で何故か差しだされるマイク。
 それに快斗は嫌な予感を覚える。


「工藤? まさかとは思うけど…」
「俺はこの曲しらないけど、最近の新譜なんだろ? お前なら知ってると思って」
「いや、知ってるけど…」
「じゃあ、お前が歌え♪」


 何だかものすごーくにこやかな笑みでそう言われて差し出されたマイクを快斗はしぶしぶ受け取った。


「もう…。次はちゃんと歌えるの入れろよな?」
「分ってるって♪」


 にこやかにそう言った新一が勿論そんな素直な行動をとる訳がなく。
 次々と曲(新一が知らない為歌えないと言って結局快斗が歌う羽目になる曲)を入れ続け。
 結局快斗は人間ジュークボックス宜しく延々歌わされ続けるのだった…。






























to be continue….



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