それは余りにも醜い打算だった
そんな事分かりきっていた
誰に言われなくても自分が一番
それでも、そんな事を言ってしまったのは
やっぱり惚れた弱みなのかもしれない
片想い【6】
「………………………………は?」
たっぷりと時間をかけて返ってきた新一の反応は、白馬の予想していた通りのものだった。
それはそうだろう。
新一にとって白馬のそんな言葉は余りにも想定外のものだったに違いない。
それは白馬にだって分かっている。
「そんなに唖然とした顔をしないで下さいよ」
確かに白馬としてもそんな反応は予想通りのものではあったのだけれど、それでも流石にちょっとだけ複雑になる。
その反応から、全く彼にそんな対象として見られていないというのがありありと分かってしまうだけに、白馬的にはちょっとどころかかなり複雑だ。
そんな白馬の内心など当然知る筈のない新一は、そんな白馬の言葉にもめげず、その反応が当然だとばかりの態度を示す。
「いや、だってお前…流石に唖然ともするだろ…;」
「まあ、そうでしょうけどね…」
確かにそう言われればそうではある。
白馬の気持ちなんて新一は知る由もないのだから、その反応は当然と言えば当然。
だからこそ、内心の複雑さに目を瞑って、白馬はその先を続ける。
「まあ、だからこそ……黒羽君にも効果的かと思いまして」
現実問題、それが本当かどうかは知らない。
それでも快斗への効果を盾にすれば、新一への効果は抜群な筈。
それは彼を見つめ続けてきた白馬だから言えること。
「効果的って…」
「黒羽君もきっと同じような反応をしてくれる筈ですよ」
きっと新一がそんな事を言えば、快斗は唖然呆然としてくれるだろう。
そんな事態は想像に難くなかった。
「いや、それはそうかもしれないけど…」
複雑そうな顔を浮かべる新一に、白馬は駄目押しのように畳み掛ける。
自分に…有利な状況を作るために。
「黒羽君も僕が工藤君の想い人だと聞かされれば、おいそれと告白しろなんてことは言えない筈ですよ」
「まあ、それは確かに…」
「だとすれば、当面彼とその手の話をする事は避けられると思いますが?」
新一の想い人が男であると聞かされれば、いくら快斗と言えども、流石に告白しろなんて事は言わない筈。
だとすれば、新一も確かに苦しい状況ではなくなる。
もしかすると新一としては今以上に快斗との友人関係はやり易くなるかもしれない。
「……確かにそれはそうか……」
納得しかけている新一に、白馬は更に悪魔の囁きをする。
彼を――――今ここで堕としてしまう為に。
「そうすれば…これからも黒羽君といい友人関係を続けられるんじゃないですか?」
新一はまだ快斗を失えない。
それは白馬が新一を失えないのと同じように。
だからこそ、心の中にどろどろとしたどす黒いモノを抱えながら白馬は微笑む。
「黒羽とこのまま友達で居られるなら…」
続けられる言葉に白馬は笑う。
表では優しく。
裏では卑しく。
狡猾で、けれど優美な悪魔の笑みを浮かべる
「確かにそれが最善なのかもしれねえな…」
その言葉が聞きたかった――――。
『さっきはごめん! 授業終わったら即行行くから悪いけど待ってて!』
快斗からのメールにただ一言『わかった』とだけ返信すると、新一はパタンと携帯を閉じた。
その隣にはもう白馬の姿はない。
ばあやに迎えに来てもらうのだという白馬を見送ったのはついさっき。
図書館に移動しようとも思ったが、面倒なので教室でそのまま待つことにした。
幸いな事にこの教室は今日は新一達の受けた授業で使うのが最後だった。
(まさか白馬があんな事言うなんて思わなかった…)
静かな教室の中、先程の会話の内容を思い返して、新一は背凭れに体重を預け天井を見上げる。
真っ白い天井が何だか彼の裏の顔を連想させて、慌てて目を閉じた。
それでも瞼に思い浮かぶ彼の姿。
自分が捕らわれてしまった、月下の魔術師。
先に捕らわれたのは『怪盗』にだった。
次に捕らわれたのは『友人』にだった。
気障過ぎる程気障なレトロな怪盗に捕らわれ。
眩し過ぎる程屈託なく笑う表の顔での彼にも捕らわれ。
気付けば、昼も夜も関係なく、彼に捕らわれてしまっていた。
(どっちかでも嫌えれば良かったのにな…)
口元に笑みが浮かぶ。
自分は本当に大馬鹿者だと笑ってやりたくなる。
昼の顔か、夜の顔か。
どっちでもいい。
どっちでも、彼を嫌える要素があれば今こうして悩む必要性などなかった。
けれど、彼を嫌うことなんて出来なかった。
昼の彼も夜の彼も―――余りにも自分には魅力的過ぎた。
(ああ…なんて―――)
―――――不毛な片想いなんだろう…。
「工藤?」
「!?」
思考の淵に沈んでいた意識が、一瞬で引き戻されて驚いて目を開ければ、今考えていた彼が自分を覗き込んでいた。
あまりの驚きに一瞬息が詰まりかけたが、それでも何とか言葉を紡ぎ出した自分は結構頑張ったと思う。
「く、黒羽…。お前授業は…」
「ああ…。出席取って、ある程度聞いたから抜けてきた」
「………」
「何だよ。別にいいだろ。工藤待たせてるのも悪かったし」
新一の咎める様な視線に困ったように手でふわふわの髪を弄る快斗は新一の目にはどこか幼く映る。
こういうところも悪くないと思ってしまう。
それは、惚れた者の弱みというやつか。
「俺のせいにすんな」
「別に工藤のせいにしてる訳じゃないけどさ…」
「どうせ授業に身が入んなかったんだろ」
「うっ…」
「さっきの授業見てたら分かるよ。まあ、そんなんじゃ出ても一緒だろうしな」
背凭れに預けていた体重を自分へと戻し、前に向き直ると新一は立っている快斗に自分の鞄を渡す。
反射的にそれを受け取ってしまった快斗は受け取った後に首を傾げた。
「ん?」
「荷物持ち」
「は…?」
「お前が誘った上に、俺を待たせたんだ。それぐらいしろ」
「……流石、工藤様」
「何だよそれ」
「女王様って事だよ」
はあっと溜息を吐いて、それでも新一の鞄を持ったまま歩き出した快斗に新一は慌てて席を立つと蹴りを一発かましてやった。
「っていうか、何で性別が女なんだよ!」
「で、工藤」
「何だよ」
「お前何処がいい?」
「は…?」
学校から出て、正門の前で今更な事を聞かれて、新一は一瞬ぽかんとする。
快斗のことだからてっきり店は決めてあるんだと思っていた。
新一の反応にきっと快斗も新一がそう思っていたことを悟ったのだろう。
快斗は首筋に手を当てて、何だか決まり悪そうにしている。
「いやさ、別に俺が決めても良かったんだけど…」
「?」
「工藤はどっか行きたいとことかないのかと思って」
その言葉に新一は正直内心複雑な思いを抱える。
快斗のことだ。
きっと女の子相手なら、こんなこと言わないだろうと思う。
自分のとっておきの場所にスマートにエスコートする筈。
完全に友人扱い。
いや別にそれはこの場合当然と言えば当然なのだけれど…。
「別に俺はどこでもいい」
「んー。居酒屋とかがいいのか? それともバーとかの方がいいのか?」
学科の友人などとは飲みに行った事があるが、実は快斗と今まで二人で飲みに行ったことは一度もない。
大学に入って仲良くなって、それでも夕食を一緒に食べに行ったことがあるぐらい。
それは意識的に新一が避けてきた事も一要因としてはあるのだが、何だか機会がなかったということもある。
新一が意識的に避けてきたのには訳がある。
自分としては酒にそこまで弱い訳ではないのだが、だからといってザルとかワクとか言われるまで強い訳ではない。
だから、万が一にも酒に飲まれて余計な事を喋ってしまうのを嫌って避けてきたのだけれど―――。
「別にどっちでもいいけど」
「何だよ。つれないなー」
「っていうか、お前酒は何飲むんだよ」
今更と言うか、これだけ仲良くしておきながら快斗の酒の趣味を新一は知らない。
何処に行くのかは、何が好きで何を飲むのか、それにもよると思う。
「んー…俺は何でもいけるけど?」
「まあ、俺も比較的何でもいけるんだけどな」
「…工藤は何が一番好きなんだ?」
「そうだなぁ…、ウイスキーかワインかな」
「……なんかちょっと分かる気がする」
一升瓶片手に飲んでる新一なんてあんまり見たくない、と言う快斗に苦笑が零れる。
何処に行っても大体そんな反応をされるから、そういう反応には慣れてしまっている。
「でも、ポン酒も飲めない訳じゃねえぞ?」
「まあ、それはそれでいいんだけどね」
「っていうか、お前は何が好きなんだよ」
「俺は焼酎とかそういうのが多いかな。どっかのお坊ちゃんとは違う一般市民なんで」
「……どの面下げて一般市民なんて単語が出せるんだか」
裏の顔では『怪盗』なんてレトロな職業の癖に、とは付け足さなくてもお互いに分かりきったことだから良いとして。
新一は面倒そうに一つ伸びをする。
「面倒だから居酒屋にでもするか」
取り立てて酒も料理も美味い訳ではない。
それでも多様に揃えられた酒があるという意味ではある意味オールマイティーだろう。
そう思って新一が言えば、それに快斗はうーん…と少し考え込んでしまう。
「何だよ」
「いやさ…工藤を居酒屋に連れてくってのは何か違う気がして」
「は?」
「何かさ、工藤なら居酒屋より静かなバーって感じなんだよな…」
どうやら先日のラーメンといい、今の発言といい、快斗の中での自分のイメージは、変に坊ちゃん扱いらしい。
まあそれはそれで極々普通の反応といえばそうなのかもしれないが…。
「あのな、俺だって居酒屋ぐらい行くぞ?」
「それは分かってんだけどさあ…」
「あー、もう! 煮え切らないなら、俺が決めるからな!」
「…え?」
自分から誘ったくせに、何だか余り気乗りしていないんじゃないかと思うぐらい煮え切らない態度に苛立った新一は、そう言いながら快斗の腕をぐいっと引っ張って歩き出した。
それは余りにも無意識に出た行動。
けれど、次の瞬間、新一はそんな行動を思いっきり後悔する羽目になる。
(やべっ……どのタイミングで離して良いかわかんねえ;)
引っ張って歩き出したまでは良かったのだが、どこで手を離したら良いか分からない。
友人同士なら他愛もなく出来るその行動が、今の自分には余りにも難しい。
快斗の顔なんてこの状態で見られる訳もなく、新一が困りながら暫く引っ張って歩いた後、急に快斗の足がピタリと止まる。
腕にかかった負荷が重くなったことでそれに気付いた新一は、漸く快斗へと向き直った。
そんな新一に快斗は右手を頬にあてちょっと恥らった感じを演出してくれる。
「もう…工藤ってば積極的vvv」
「っ…! 気持ち悪い声出すんじゃねえ!!」
ご丁寧に可愛らしい女声でそう言った快斗に思いっきり体当たりをかますことで、漸く新一はその事態から開放されたのだった。
「……工藤」
「ん?」
「何か、ものすごーくお高そうなところなんですけど…;」
「そうか?」
「っていうか、俺この格好で入るのはちょっと…」
新一に連れて行かれた店の前で、快斗は冷や汗を浮かべながら、普通に入って行こうとする新一の腕を掴んで何とか留める。
銀座の一等地にあるそのバーは、学生がおいそれと入れる雰囲気ではない。
まして今の快斗の服装はジーンズにラフなロンTだ。
流石にこの格好で入るには気が引ける。
「別に気にしなくて良い。マスターそういうのは気にしない人だから」
「いや、あの…」
「ああ、別に金だったら気にしなくて良いぞ? 親父のカードあるし」
「いや別にそういう問題でもなくて…」
自慢じゃないが裏の顔が裏の顔である快斗は、ある意味お金持ちだ。(自分で言うのもなんだけどな…by快斗)
無論それは怪盗で稼いでいる訳ではない。
盗んだものを確認して、それが目当てのモノでは無いと分かった瞬間きちんと返却しているのだから、稼げる訳がない。
寧ろその怪盗を続ける事で、色々準備とか、道具とか、諸々逆に出費が嵩んでいる訳で…。
だからこそ、その裏の顔を支えるために様々な収入源を作っている。
主に株だとか、先物だとか、webデザインの仕事なんかも扱っている。
本業のマジックの方もまだまだ駆け出しではあるが、それでもぼちぼち依頼なんかもある訳で。
要は快斗が今問題にしたいのは勿論金の話ではない。
「何だよ」
「いやだからさ…俺みたいな普通の学生が行く店じゃないって言うか…」
「そんなの気にすることないだろ? つーか、裏の仕事の方じゃこういう所に出入りすることもあるだろうし」
「………」
探偵がナチュラルにそんな事言ってくれちゃっていいのだろうかと思う。
幾ら快斗の裏の顔を知っているからって、それに触れちゃって良いのかとも思う。
確かに必要に迫られてそういう所に出入りすることもあるが、そういう時はそれなりの変装(…)をする訳で、快斗としてはこういう格好でそういう所に出入りした事はない。
いかんせん今はこんな格好だ。
だから柄にもなく若干躊躇してしまう訳なのだが…。
「ほら、さっさと行くぞ」
「……分かったよ;」
快斗がどれだけ躊躇したところで、新一に逆らえる筈などなく、結局は引き摺られるままに店に入るしかないのだった。
「で、何飲む?」
「んー…」
きっと結構来ているのだろう。
かって知ったるという感じでカウンターの端に陣取り、快斗にそう尋ねる新一は当然メニューなんて見ることはない。
というか……常連過ぎてメニューさえお断りする始末だ(爆)
「工藤は何飲むんだ?」
「俺はボトル入れてるから。あ、お前も飲むか?」
「……ちなみに何入れてるか聞いていいか?」
「バランタインだけど?」
「えっとそれは…17年、な訳ないか……」
「ああ。30年だけど」
「ですよね…」
流石はお坊ちゃん。
普通の大学生がそんなボトルは入れられない。
というか、グラスで飲むのも普通の大学生なら躊躇われるぐらいだ。
まあ、普通の大学生はこういう店に来る事自体躊躇われるだろうが。
「特に飲みたい物がないなら、お前も同じでいいか?」
「………イタダキマス;」
疑問系なのに何だか有無を言わせない言葉に結局ご相伴に預かってしまう辺り、快斗としても、結局新一に頭が上がらないというか、なんと言うか。
はあっと溜息を吐きながらも、バランタインと聞いてふと思った事がきっと大して外れていないだろうと思う。
飲み物がくるまでの暇つぶしのつもりで、そんなふと思ったことを聞いてみたりした。
「なあ、工藤」
「ん?」
「もしかしなくても、工藤がバランタイン入れてるのって、ホームズ絡みだよな」
「………」
本当ならホームズにちなんでワインでも飲みたい所なのだろうが、一人では中々それは辛い物がある。
だからこそのバランタインだろう。
バランタインは1895年にはヴィクトリア女王より王室御用達のお墨付きを得ている。
ホームズの部屋には拳銃で壁に発砲して弾痕でヴィクトリア女王のイニシャルが書かれている。
きっとその辺りだろう。
暗めの照明の下でもはっきりと分かる程真っ赤になった新一に、快斗はやっぱりホームズ馬鹿なんだなぁ…とある意味関心にも似た感情が生まれるのではあるが。
「まあ、工藤がホームズヲタクなのは分かりきってるからいいんだけどな」
「なんだよそれっ…!」
むうっとしてべしべしと快斗を叩く姿は、同年代の男とは思えない程可愛いもので。
快斗としても何だか微笑ましくなってしまう。
全く、男がここまで可愛いというのもなんだかな…と。
「ったく、工藤ってホント可愛いよな」
「っ……!」
そんな他意のない快斗の言葉にも新一は思わず固まってしまう。
男として、『可愛い』が褒め言葉になるかどうかは別として、それでも憎からず想っている相手からそう言われれば、反応するなという方が無理だ。
そんな固まった新一に快斗は首を傾げる。
「工藤?」
「……男に可愛いなんて言うんじゃねえよ」
そうやって突っぱねて。
新一は誤魔化す為にぷいっとそっぽを向く。
そんな所にタイミング良く出されたバランタインに何だかちょっと救われたりもしたのだが。
「まあまあ、そう怒るなって。飲み物もきたことだし」
「ん…」
小さく頷いて、新一はグラスの中の琥珀色の液体を見詰める。
何だかよく分からないがちょっとだけ落ち着く気がする。
「じゃあ、工藤。とりあえず……って、何に乾杯すればいいんだ?」
「おい…;」
乾杯、と言う準備を整えていた新一を思いっきりがくっとさせてくれた快斗をちらっと睨んでやれば、にっこりと微笑まれる。
そして続けられた言葉が―――大問題だった。
「そうだな…。じゃあ……君の瞳に乾杯v」
「―――!」
片手に持ったグラスを少し持ち上げ、オマケとばかりに付けられたウインクが何だか様になり過ぎていて…。
時間にすればほんの一瞬。
けれど、新一からは、その一瞬が異常なまでに長く感じられた。
余りにも―――きまり過ぎていて、一瞬息が出来ないと思う程に不覚にも見惚れてしまった。
「工藤?」
不自然に固まった新一を不思議に思ったのか、快斗が自分の顔を覗き込みながら少しだけ自分よりに身体を移動させてくる。
距離が…近い!
「っ…! ば、ばーろ。そういうのは好きな女にでもやってろ!」
そうやって誤魔化すのが新一としては精一杯だった。
(だから嫌なんだ。このバ快斗……!!)
内心の大絶叫なんか、きっと一生この男には届かないだろう。
届かなくてもいいから、お願いだから、そのにぶにぶな癖にきめる所はきめるのは是非やめて欲しい。
今の新一の切なる願いはただそれだけだった。
「いーじゃん。だって工藤美人さんだし」
「男に男が美人って言われたって嬉しかねえんだよ」
「そう? 俺的にはかなり褒め言葉なんだけどなー」
のほほんとそんな事を言いながら、グラスに口を付けた快斗に新一は頭が痛くなる。
何というか、この男……天性でタラシだ。
人工的なのよりもよっぽど性質が悪い。
「もういい…。お前にそんな事言った俺が馬鹿だった」
「何だよ。それじゃまるで俺が何か悪いことしたみたいじゃねえか」
(そうだよ! お前は俺に物凄く悪いことをしてるんだ!!!)
正直なところ、新一の内心は発狂している(爆)
無意識だから性質が悪い。
本当に―――性質が悪い。
「とりあえず、お前が悪い」
「何でよ」
「何でもだ」
「ったく、工藤ってばマジで女王様なんだから…;」
がっくりと肩を落としてみせた快斗に、内心の動揺など綺麗に隠して新一はむくれて見せる。
「だから、何で性別が女なんだよ;」
「じゃあ、俺様?」
「……それも嫌だ;」
「もう、我が侭だな」
「いや、俺そこまで我が侭言ってる訳じゃねえと思うんだが…;」
納得いかない新一にも快斗はめげる事無く、快斗はにこにこと笑うばかり。
そんな快斗の横顔を見詰めながら、新一は思う。
ああ、本当に―――彼が好きなのだと。
お互いに何杯目かのグラスを開けたころ、快斗がふと思い出した様に口を開いた。
「そういえばさ、工藤」
「ん?」
「後期の授業何取んの?」
早いもので、もう7月の頭。
快斗と仲良くなってから、もう3ヵ月近くも経つのかと思うと何だか不思議な気がする。
大学は夏休み前に後期のカリキュラムを組んで、履修登録をする形をとっている。
これを行わないと出席簿に名前が載らないため、どれだけ授業に出ていても単位を取得する事が出来ない。
だから、夏休み前にはカリキュラムを決め、登録を済ませなければならない。
「んー…」
こんなところでカリキュラム表を出すのも何なので、出すことすらしないが頭の中で新一は考える。
きっと快斗には、何を取ろうか考えている様に見えるのかもしれないが、それでも新一の頭の中にあるのは別の事。
このまま、快斗の傍に居て自分は上手く友人を演じていけるのだろうか。
もしも、それが叶わないとするなら、快斗とは別の授業を多くしてすれ違う機会を増やした方がいいのではないか。
冷静に考えれば、そういう結論になる。
それでも―――心は貪欲に叫ぶ。
快斗の傍に居たいのだと。
「まあ、俺も工藤も一年の後期だし、教養が多いからまた一緒の授業取ればいいか」
「えっと……」
そんな新一の想いなど知る由もない快斗に当然の様にそう言われて、新一は一瞬返答に詰まる。
理性を取るか。
感情を取るか。
正に究極の選択。
「何だよ。工藤は俺と一緒の授業取りたくない訳?」
そんな新一の言葉にちょっとだけむくれてそう言った快斗に、新一はどうしたものかと考えて―――。
白馬の言葉を思い出した。
『工藤君。僕を君の想い人にしてみませんか…?』
(流石白馬。きっとこうなる事も予想済みだったんだろうな…)
流石というか何というか。
自分と、そして快斗の事を良く分かっていると新一は思う。
蘭云々の話が出なくても、きっと何か困った事になるのもお見通しの上でのあの発言。
今更ながらにやっぱりアイツも探偵なのだと思う。
そして―――新一は使用用途こそ違ったけれど、有難くその助言を使わせてもらう事にした。
「別にそういう訳じゃねえけど……白馬が何取るのかも聞いてみないと」
「………白馬?」
何の気なしに、普通に言った風を装って新一が白馬の名前を出せば、途端に快斗の綺麗な弧を描いた眉が寄せられる。
新一とて知っている。
白馬と快斗が、根っこは何だかんだでお互いを信頼し合っている癖に、普段はそんな事忘れてしまったかの様に犬猿の仲だという事も。
「何で白馬が出てくんだよ」
「いや、だって俺白馬とも友達だし…」
「……俺より白馬が良いって事?」
酒のせいか、それとも白馬のせいか。
少しだけ目の据わっている快斗に新一は曖昧に笑って見せる。
「別にそういう訳じゃないけど、俺にとっては白馬もお前と同じぐらい大事な友達で…」
「何だよ。普段は俺の方が新一と一緒に居るじゃんか」
それが問題なんだ、と突っ込みたいのを新一は必死で内心で押さえて、そして何だか若干嬉しく感じる自分に戸惑う。
快斗が言うのは勿論友達としてで。
それ以上もそれ以下の気持ちもないのも分っている。
それでも…自分の方が仲が良いと主張したがってくれるのは―――快斗を想っている自分には酷く快感だった。
けれど、それを表に出す事の出来ない苦しさと、そしてそれを踏みにじらなければならない苦しさは、新一を苛むには充分過ぎる程充分だった。
「それはそうだけど…白馬とは探偵仲間でもあるし」
「……どーせ俺は探偵じゃないけどさ…」
わざと快斗の傷付く言葉を新一が選べば、案の定傷付いた目をして、残りの酒を煽った快斗が少々乱暴な音を立ててグラスを置いた。
「工藤」
「…何だ?」
「ここで一番強い酒何?」
「……黒羽」
咎める様な新一の声など聞きもせず、快斗は数人いるバーテンダーの中でも年若いバーテンダーに『一番強いウイスキー』とだけ告げる。
「黒羽、お前なあ…」
「どーせ俺は、探偵でも警察でもないですよー…」
「別にそういう意味じゃ…」
「じゃあどういう意味? お綺麗な名探偵は犯罪者とはつるめないってことだろ?」
クスッと自嘲気味に笑った快斗は、出されたグラスも綺麗に一瞬で飲みほして見せる。
そんな快斗に新一も言い過ぎたと思ったが時既に遅し。
快斗は飲み終えたそのグラスをすっともう一度出すと『同じものをもう一杯』とだけバーテンダーに告げる。
それには流石に新一も止めに入った。
「馬鹿! お前、そのぐらいで止めとけ!」
「嫌だ。今日は飲む」
「黒羽、いい加減に…」
「いいだろ。別にどれだけ飲もうと俺の勝手だ」
「………」
何て言うか、ここまでこうなるとは新一も思わなかった…。
目の前の快斗は普段の余裕綽々さなんてどこにもなくて。
ある意味唯のくだを巻いた酔っ払い(…)で。
でも、何だか普段より身近に感じたのはなぜだろう。
そんな事、言えた立場でも、状況でもないのに……。
「大体さ、工藤と仲良くなれたの自体おかしかったんだよな…」
「……?」
「俺みたいなやつが、工藤みたいな優しくて綺麗で汚れてないやつと仲良くなれた事自体がおかしかったんだ…」
「そんな事…」
「そんな事ないって? じゃあ、俺が犯罪者だって工藤は思わない訳?」
「………」
自分で自分を傷付ける様に言葉を紡ぐ快斗。
けれど、それに反論する事は新一には出来ない。
『探偵』である自分は―――真実から目を背けることなど出来ない。
「黙るってことはそういう事だろ? 俺だって……最初からそんな事分ってた」
もう一度出されたグラスをやっぱりさっきと同じように快斗は綺麗にのみほして見せる。
『同じのをもう一杯』という快斗を止める事が出来ず、新一は、そんな風に弱々しく笑う快斗を見詰める事しか出来ない。
いつだって笑顔で。
いつだって優しくて。
だから時々忘れてしまう。
本当は―――彼が辛い闇の中に身を置く者だという事を。
「俺は……お前がどんな奴だとしても―――友達だよ」
多分今は自分はこれしか言葉を持たない。
それ以下も。
それ以上も。
今の自分では持つ事は出来ない。
それでも――新一は真っ直ぐに快斗を見詰めて告げた。
「例えお前がどんな奴で、何をしてたとしても――――俺はお前の傍に居る」
to be continue….