ああ、全く
 どうして僕がこんな事に巻き込まれる事になったのか

 お陰で、気付かなくて良かった筈の
 自分のどす黒い部分に気づいてしまいましたよ…










片想い【4】











「白馬…」


 呆然、と言うのが本当に正しいと思われる表情で白馬を見詰める新一に口元を上げてやって、白馬は考えがある素振りを見せてやった。
 その様子に何やら良くは分からないが、滅多な事は言わない方が良いと思ったのか新一は口を噤んだ。

 けれど、それで納得がいかないのは快斗の方である。


「おい、白馬! 適当な事言うな! 俺は昨日服部にそれが違うって聞いてんだよ!」
「……服部君に会ったんですか?」
「ああ。昨日『初めて』な」


 何だかやたら初めてが強調(…)されていたのは聞かぬ振り(…)をして、白馬は、ふむっと顎に手を当てた。


「でしたら話は早いですね」
「……は?」
「まあ、とりあえず…続きは中に入ってからにしませんか? 勿論、僕もお招き頂けるなら、ですがね」

「「あっ……」」


 にこやかに白馬にそう言われて快斗と新一は同時に同じ声を上げた。
 歩きながらもこの話にすっかり夢中になってしまって、工藤邸のまん前まで来ていたのに今の今まで気付かなかった。


「僕もお邪魔していいですよね? 工藤君」
「あっ…ああ、勿論上がってけよ!」


 そりゃもう、是非とも上がって行って(快斗を説得して)下さい、という言葉を飲み込んで。
 新一は白馬の腕を引っ張って、ずるずると敷地内(…)にその身体を引っ張り込んだ。


「おい、黒羽。お前も早く来いよ!」


 それをちょっとだけ遠巻きに見詰めていた――いや、俺そんなに目立つ真似したくねえし…一応ここ住宅街だし…――快斗に向かってそう言って、新一はさっさと白馬を家の中に引っ張り込んでしまう。
 でも、そんな二人の様子は快斗としてはほんのちょこっと面白くなかったりする。


「ンだよ…俺より白バカの方が仲良しって訳……?」


 呟いた独り言がちょこっと拗ねた物になってしまったのは……きっと気のせいだと快斗は思う事にした。






























「で、結局工藤の好きな人…ってのは誰なんだよ」


 擦れていてもしょうがないので快斗も工藤邸にお邪魔して、「珈琲淹れてくるな」なんていそいそとキッチンへと逃げ込んでしまった新一をとりあえずは追う事を諦めて、快斗は結論を結局白馬に聞く事にした。


「服部君とはどんな話をしたんですか?」
「いや、どんなって…」


 言い辛そうに口篭った快斗に確信を得たのか、白馬はそりゃもう直球を快斗へと投げつけた。


「工藤君に告白をした、とでも言ったんじゃないですか?」
「!? は、白馬…お前……それ知ってたのか…?」


 瞼をしぱしぱと瞬かせて、そりゃもうお得意のポーカーフェイスは何処に落として来たんだと突っ込みたいぐらい驚きを表してくれた快斗に白馬は苦笑する。


「まあ、一応は」
「……それって……やっぱり工藤に直接聞いたのか?」
「ええ」
「何だよ…。俺には何も言ってくんなかった癖に白馬には全部話してるのかよ…」


 若干拗ねた口調で紡がれた問いに白馬は頷いて、それに余計に拗ねた口調が返ってきたのには内心だけで苦笑した。

 にぶにぶな癖に、友人としては白馬に引けを取りたくは無いらしい。
 全く、残酷な友人だと思う。
 特に彼にとっては…。


「まあ、そう拗ねないで下さいよ。今回は特別ですよ、きっと」
「…特別?」
「ええ」


 意味が分からないと首を傾げた快斗に白馬はきちんと説明をしてやる。


「僕は服部君とは何度か会った事があるんです。一緒に事件を解決した事もありますしね」
「…そっか。同じ探偵だもんな」
「ええ」


 きっと裏の顔(…)では色々と知っているだろうにそんな風に何も知らない風で言って下さる友人の言葉を、白馬はいつもの様に適当に流しながら(…)快斗が一番聞きたがっているであろう言葉を紡いだ。


「だから、きっと工藤君も今回は僕の方が話し易かったんですよ」
「…そうかなぁ…」
「おいそれと話す訳にはいかないでしょう? 特に相手が同性とあっては…」
「それは確かに…」


 相手を知っている白馬ならまだしも、相手を知らない(事になっている)快斗に話す訳にはいかない。
 そう新一は判断したのだろう。

 そう言ってきちんと説明してくれた白馬に快斗は渋々頷いた。
 そんな様子に白馬の悪戯心がちょこっとだけ顔を覗かせた。


「まあ、それに…」
「?」

「僕達は君が思っているより結構仲良しなんですよ」


 にっこりと、自分が今出来る一番幸せそうな顔を作って白馬はそう快斗に告げてやる。

 いつもいつも、何も知らずに自分に相談してくる新一から貰う切なさだとか。
 いつもいつも、何も知らずに見せ付けてくれる二人の仲の良さへの嫉妬だとか。

 そういうものを白馬はこの機会に少しでも味あわせてやりたかった。
 この世界一幸せ者の癖に、それに少しも気付かない目の前の鈍感な友人に。


「っ……。どーせ、俺は工藤に相談事なんてしてもらえねーよ……」


 ぷいっとそっぽを向いてちょっといじけて見せた快斗にほんの少し白馬は満足して。
 これ以上虐めては後が面倒(…)だし、ここできちんと彼を説得しなければ新一のご機嫌も損なった挙句に彼の良き相談相手という今の状況ではこれ以上無い程素晴らしいポジションまで手放さなければならないだろう可能性を考えて、仕方なく残りの問題を解決する事にした。


「まあまあ、そういじけないで下さいよ。それよりも本題に…」
「そう、そうだよ! 結局工藤の好きな人って誰なんだよ!!」


 さっきまでの拗ねていたのはどうした!と突っ込みたくなるぐらい食いついて目をギラギラ(…)させて尋ねてきた快斗に白馬は酷く冷静にさっきと同じ言葉を繰り返した。


「だから言ったでしょう? 毛利さんですよ」
「でも服部は違うって…」
「黒羽君、よく考えて下さい。
 服部君は事件絡みで何かとよくこちらに来るでしょう? それに彼の幼馴染は彼女と仲が良いと聞いていますし。
 もしも服部君に工藤君が毛利さんが好きだと言ったら、服部君はこちらに来る度に辛い思いをするとは思いませんか?」
「あ、ああ…それは確かに…」
「こちらに来て、工藤君と毛利さんが仲良くしているのを見て辛い顔をする服部君を見るのは恐らく耐えられないと工藤君は思ったのでしょう。
 ですから、それならば毛利さんではなく第三者、服部君の知らない人であると言っておけばそんな彼を見なくても済む。きっとそう考えたんでしょう。」
「…成る程な。確かに服部が知らない第三者だとしたら、誰か聞いたって分かんねえから言わなくても済むしな」
「ええ。まあ、工藤君は優しいですからね」
「だな…。まあアイツらしいって言えばアイツらしいけど…」


 ふむふむと納得して下さった友人を見詰めながら白馬は内心で嫌な笑いを浮かべていた。

 彼が彼の想いに気付く必要などない。
 彼が彼の想いを悲惨な程踏みにじってくれればいい。

 彼が何も知らず、残酷にも彼を友人として見続けている限り、自分は彼の良い相談相手で居られるばかりか彼を慰めてやれる。

 時にはその涙を拭ってやったり。
 時にはその小さく震える肩を抱きしめてやったり。

 傷付けば傷付く程に彼は自分の腕の中で自分に甘える。



 それは―――歪んだ幸せ。



「ですから、あんまり工藤君にそれは言わない方がいいと思いますよ? 彼だってきっと…辛いでしょうから」
「ああ…そうだな…。俺もちょっと突っつき過ぎたって反省してる」


 言った様に本当に反省しているらしい。
 まあ、本当の事は何も知らない快斗からすればそれも当然の反応だろう。

 その反応に満足して、白馬は最後の駄目押しをしてやった。


「少し工藤君のことはそっとしておいてあげたらどうですか?」


 その言葉に一瞬目を見開いて、それでも快斗は次の瞬間には納得したのか緩く首を縦に動かした。


「そう、だな…」


 その言葉に白馬は心の中で小さくクスッと笑った。






























「珈琲淹れてきたぞ。ほら黒……あれ? 白馬…黒羽は?」


 戻って来たその場所に今の今まで居た筈であろう友人の姿を求められず、新一は首を傾げた。


「黒羽君なら帰りましたよ」
「…帰った?」
「ええ。彼の中の疑問は僕が解決しておきましたから」


 クスッと楽しげに笑った白馬に新一は少し訝しげな顔を浮かべた。


「一体何をアイツに吹き込んだんだ?」
「吹き込んだなんて人聞きの悪い。僕はあくまでも工藤君の望む通りの回答を黒羽君に伝えてあげただけですよ」
「………」
「彼にばれたくなかったんですよね?」
「そりゃ…そうだけど……」


 念を押すように言われた言葉に新一は肯定を口にしながらも口篭る。

 確かに彼に真実が伝わってしまうのは避けたかった。
 もしも、彼に自分の気持ちが伝わってしまえば…今の友人としての立場すら危うくなってしまう。
 それどころかもう二度と彼と話すことすら叶わなくなってしまうかもしれない。

 同性で。
 宿敵で。

 そんな関係の中にこんな想いを抱いているなんてきっと彼は思い付きさえしないだろうから…。

 だからこそ、白馬にフォローを頼んだのだけれど…。
 喉に何かが引っかかった様な、釈然としない何かが胸の中に鉛の様に落ちていく気がする。


「それとも…ばれて欲しいと思ってるんですか?」


 まるで新一の感情を読み取ったかの様に、もう一度小さくクスリと笑った白馬を新一は睨みつけた。


「んな訳、ないだろ…」
「そうですよね。黒羽君は自他共に認める女好きですからね」
「……わあってるよ…。そんな事最初から……」


 言いながら、それでも新一は自分の言った言葉がどこか上滑りしているのを感じていた。

 分かっている。
 彼が同性に興味などかけらもない事など。
 自分を友人以上になど決して見ない事も。

 それでも…それでも彼とは余りにも近くに居過ぎて。
 ずっとずっと、もし何かをまかり間違ったら、そんな事もあるのではないだろうかという淡い幻想めいたモノが心の中を浮遊していくのを消し去ってしまう事は出来ずに居た。

 それが本当に春の夜の夢の様な幻だと分かっていても。


「それなら…きっと言わない方が懸命でしょうね」
「………」
「彼とずっと…友人で居られるなら、の話ですが」
「……それ以外、俺には選べないだろうが」


 少しだけ小さく呟かれた白馬の言葉に、新一はそれよりも小さな呟きで返した。

 これ以上きっと気持ちが大きくなれば、いつか友人として傍に居られなくなるのかもしれない。
 その日がもし来るとしても…それでも、そのギリギリまで彼の傍に居たいと思ってしまう。

 叶わぬ想いを伝えるつもりなど毛頭無い。
 ただ、叶わぬのなら少しでも長く傍に居たいと願うだけ。


「そうかもしれませんね」


 少しだけ遠い目をした白馬の真意は新一には全く分からなかったけれど、それでもその言葉にただ小さく新一は頷く以外にどうする事も出来なかった。






























「…全く。彼に言いたい言葉ではなかったんですがね……」


 少しだけ沈んでしまった彼を、ほんの触り程度に慰めて、白馬は新一の家を後にした。

 もっと彼の隙に付け込んでしまっても良かった。
 彼が傷付けば傷付く程、悲しめば悲しむ程に、自分にとってはある意味で好都合な結果になる。
 少しだけでいい。
 ただ、優しく彼を包み込めばいいだけの話なのは分かっているのに…。

 分かってはいても出来ないのは、結局彼が好きで、彼に幸せになって欲しいと思ってしまっている自分の偽善めいたこの感情のせいだ。


「いつまで友達で居られるんですかね…」


 彼も。
 そして、自分も。

 アレは彼に言った言葉であると同時に、自分に向けた言葉でもあった。



『彼とずっと…友人で居られるなら、の話ですが』



 自分で言った言葉に、自分で頭痛を覚える。

 一体自分はいつまで彼と友人で居られるのだろう。
 一体自分はいつまで彼の良き親友の仮面を被って居られるのだろう。

 理性さえ保てるのなら、きっと遠い将来までそのままで居られる。
 感情に押し流されるのなら、彼に口すら聞いてもらえなくなる日は明日かもしれない。



 ――好きな人に自分の想いを知って欲しい――



 そんな単純な願いさえ、今の彼と自分にとっては途方もない夢のまた夢だ。
 ましてや、彼の想いを知ってしまっている自分では余計に。


「……簡単に、幸せになんてなって貰っては僕も困りますからね」


 快斗に告げたのは偽りの真実。
 新一に告げたのは真実めいた偽り。

 自分のこんな醜い感情など到底認められたモノではなかったけれど、それでも…もう見ない振りは出来ない事にも白馬は気付いていた。
 だからこそ、このままでは彼らの幸せなど祈れない事も知っていた。


「大丈夫。当分、どちらもどうする事も出来ないでしょうから」


 呟いた言葉に、空高く飛ぶカラスが不気味に笑った気がした。






























to be continue….



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