この気持ちを
何という言葉で示したらいいのだろう
怒り、憎しみ
葛藤、苦しみ
愛しさ、恋しさ
嬉しさ、温かさ
全ての感情が入り混じって
自分の中がもう全て彼によって壊されたのだと知った
片想い【39】
「………」
衝撃に、言葉を紡ぐ事が出来ず、快斗は腕の中の温もりを確かめる様に瞳を閉じた。
確かに今彼は自分の腕の中に居る。
そうして、快斗に一番都合の良い言葉をくれた。
だからと言ってそれが何になるのだろう。
彼は、そうあの時も快斗に都合の良い言葉をくれた。
そうして鮮やかに、いとも簡単に、快斗を裏切ってくれた。
それは一種トラウマとも呼べる深さの傷を快斗の中に残した。
だから、簡単には信じられない。
信じたいとは思っても、それを拒絶する自分が居る。
けれど、同時にまたそれを信じたいとも思う。
好きで好きで堪らない彼が、自分を求めてくれている。
本当は快斗の事が好きだったと、どうしたって快斗が欲しいと、そんな甘い言葉をくれる。
それを信じたいと思うのは、人の性だ。
否定しようとする自分と。
信じようとする自分。
相容れないそれが、心の中でせめぎ合い、一方に大きく振れたかと思えば、また一方に大きく振れる。
まるで止まる事を知らない振り子の様にゆらゆらと揺れて、快斗の何もかもを乱し、狂わせていく。
―――ああ、何て……罪作りな人なんだろうか。
「快斗……?」
何も言わないままの快斗に不安を覚えたのだろう。
快斗の胸に少し埋める様に乗せられていた新一の顔が上げられ、ゆっくりと目を開けた快斗の視線とかち合う。
その視線には、不安と―――そして期待が混じっていた。
そう、彼は知っている。
自分の気持ちを。
狡いのだと知っている。
狡いのだと分っている。
けれど、分っていて尚、彼はその瞳で自分を見詰める。
快斗の……大好きな綺麗な綺麗な蒼い瞳で。
「ぅわっ…!」
いきなり快斗が上半身を浮上させ、新一は一瞬驚きに瞳を閉じたが、快斗の膝に座らされる様な格好で抱き締められ、そろそろと瞳を開いた。
向けられる視線には疑惑と、不安と、そしてほんの少しの期待が混じって見えた。
「……新一」
「……何だ?」
「俺は…信じないよ……」
ゆっくりと、噛みしめる様に。
そうして自分に言い聞かせる様に快斗は声を紡いだ。
「新一は俺を最初から『犯罪者』だとちゃんと認識してた。
それでもお前は気紛れに俺を傍に置いて、そうして期待を持たせる様な言動をして……」
そして――――。
「――――最後には俺を綺麗に否定してみせたんだ」
優しい顔をして。
しっかり快斗の奥深くまで入ってきて。
そうして最後の最後には『犯罪者』だと言って、快斗の全てを否定した。
それを今更、『好き』だなんて言われたって、そんなの信じられる訳が無い。
「快斗、俺は…」
「今は、俺は何を言われてもお前を信じる事なんて出来やしない」
新一が言葉を挟む前に、快斗はそうやって新一の言葉を塞いでしまう。
そうして、けれど言葉とは裏腹に、新一をぎゅっと抱きしめた。
「お前の言葉を俺はもうきっと信じられない」
きっと何を言われても。
きっと何をされたとしても。
ずっとずっとこの思いは消えはしないだろう。
「それでも……お前は俺が欲しいと思うか?」
この傷を。
この痛みを。
この疑惑を。
この苦しみを。
―――――こんな不安材料ばかりを全部全部抱えたままの、こんな俺を君は望むの?
言ってから、快斗が後悔しなかったかと言えばそれは嘘だった。
新一が自分を欲しいと言うのなら、自分を差し出せば彼が傍に居てくれるというのなら、くれてやっても良かった。
けれど、それではきっと同じ事の繰り返しだ。
だから敢えて告げる。
これはポーカーフェイスの下にすら隠す事が出来なかった快斗の『本音』だ。
「………」
部屋に暫しの沈黙が落ちた。
腕の中で身動ぎ一つしない新一が、一瞬だけ息を詰めた気がした。
お互いがお互いにかける言葉などもう無いと知っていた。
このまま手を離した方が楽になれる事も。
けれど―――それは、出来なかった。
「……お前が、……」
暫しの沈黙の後、漸く口を開いた新一の言葉に快斗は素直に耳を傾ける。
「…お前が俺の言葉でどれだけ傷付いたかなんて、…俺には分らない。
俺はお前じゃない。そんなもの、分る筈が無い……。でも……俺はお前を深く傷付けた事だけは知ってる」
一つ一つ。
確認していくかの様な言葉。
「…狡いのも分ってる。お前の気持ちも……俺は先に聞いた。それなのに……俺はお前にあんな事を言ったんだ……」
快斗が一番傷付くと分っていて、敢えてあの言葉を選んで。
どれだけ快斗がボロボロになるかをちゃんと理解した上で、あの言葉を紡いだ。
それは――――新一の『罪』
「だから、お前が俺の事を、俺の言葉を信じられないとしても……それは当たり前だ」
彼の心を深く抉った。
抉って、そうして出来た傷が簡単に塞がるなんて思っていない。
だから、快斗が新一を信じられないと言ったって、それは当然。
「でも、それでも――――」
信じられないと。
それこそもう嫌いだと言われても。
「―――――快斗、俺はお前が欲しいよ」
もうきっと、どうしたって離してなんてやれない。
もうきっと、どうしたって離れてなんてやれない。
傷付けたと知っている。
泣かせたという自覚はある。
けれど、それでも―――――快斗のことが好きで好きで堪らない。
それだけは多分、何をどうしたって変える事が出来ない。
きっと一生。
「……ホント、狡いよ。新一は……」
快斗が断れない事を無意識か、はたまた意識的にかは分らないが、新一は知っている。
どれだけ傷付いても、どれだけ苦しんでも、結局快斗だって新一が好きで好きで堪らない事を彼は分っている。
本当に…狡くて―――愛しい人。
だから仕方ない。
もう、快斗だってきっと離れられない。
「愛してる」
――――触れた唇は、昨日よりも少しだけ甘い気がした…。
to be continue….