今更虫が良過ぎるのは分っていた
もう遅いのかもしれないと思っていた
でも、それでも
彼が好きで
どうしようもなく好きで
何をしたって
彼を失いたくはなかった
片想い【38】
「随分と、誘いをかけるのがお上手なんですね。工藤探偵は」
「………」
「そうやって、西の探偵や、白馬探偵もその気にさせたんですか?」
「……そうじゃない」
「では何故、白馬探偵と付き合っている貴方が私にそんな事を?」
自分でも、相当に嫌味な言い方なのはキッドも分っていた。
でも、それでも……あんまりだと思った。
快斗の事をさも受け入れた風にあんな事を言って。
それを裏切るかのようにあんな事を言って。
そうしてまたこうして、快斗を惑わせる言葉を紡ぐ。
彼を恋しいと思う。
彼を愛しいと思う。
けれど、それと同時にこんなにも快斗をぐちゃぐちゃに、ボロボロにしてくれる彼を、正直憎いとも思う。
正に『愛憎』だ。
愛するが故に、そこにこんなにも醜い感情が生まれる。
本当なら、優しいだけの甘い言葉を与えてやりたいと思うのに。
「……白馬とは、別れた」
簡潔に言われた回答をキッドは鼻で笑ってやる。
「それで次は私ですか? 工藤探偵は随分とお盛んでいらっしゃる」
「違うんだ」
「何がですか? それが事実でしょう?」
「………『事実』ではあっても、それは『真実』じゃない」
その言葉に、今度こそキッドは暗く笑った。
「流石は『探偵』ですね。全て『真実』という言葉にしてしまえば、何もかも正しいと?」
「そういう訳じゃない。ただ俺は…」
「私には、貴方がそう言っている様にしか聞こえませんよ」
もう、限界だと思った。
彼の温もりに触れているのさえ、寒気がした。
好きだった。
本当に好きで好きで堪らなかった。
その言葉に、その想いに嘘は無い。
けれど――――こんなのは余りにも身勝手だ。
白馬の気持ちを知っていて。
快斗の気持ちを知っていて。
それで……こんな風に言うなんて。
「正直、貴方には失望しましたよ。離して貰えませんか? これ以上もう貴方の言葉など聞きたくない」
「……待ってくれ、快斗。俺は…」
「聞きたくない、と言ったでしょう?」
些か乱暴に、キッドは新一の腕を振り払った。
少しバランスを崩した彼を支えてやりたいと何処かで思ったが、それとまた別の自分が早くここから逃げ出したがっていた。
一分でも、一秒でも早く、ここから逃げ出したかった。
「快斗っ!」
「ごきげんよう。工藤探偵。―――――永遠に…」
白い煙幕に、新一の視界が遮られる。
けれど新一は敢えてその中で瞳を閉じた。
そうして彼の微かな気配を感じると、その方向へ思いっきり駆け出し、そして思いっきり身体をぶつけた。
「っ―――!」
新一と快斗が倒れたのは同時だった。
けれど、痛みを覚悟し新一が身構えても、いつまで経ってもその痛みはやってこない。
そう言えば、前にも一度こんな事があった。
そんな風に思い出しながら、そろそろと瞼を持ち上げれば、予想と違わぬ彼の心配そうな顔があった。
「新一! お前、何て真似すんだよ!」
口調さえ元に戻っている快斗に、思わず新一の口元が少し上がってしまう。
ああ、自分の判断は多分、間違っていない。
「…だってああでもしなきゃお前逃げてただろ?」
「そりゃそうだけど……;」
新一の身体を腕に抱え、新一の下敷きになったまま、快斗は思いっきりガクッと肩を落としていた。
そりゃそうだろう。
だって―――。
「あれだけ格好付けてたのに、逃げられなくて残念だったな」
「っ…!」
快斗の頬が屈辱で赤く染まるのが分った。
でも、新一は止めてやらなかった。
「お前が悪いんだからな」
「…何でだよ」
「………ちゃんと話聞くって言った癖に……俺に、何も言わずに行こうとなんてするから………」
言いながら、視界がぼやけるのを感じ、新一は唇を噛みしめた。
泣く資格なんか、自分にはこれっぽっちもありはしない。
だから、唇を噛みしめる事で何とかそれをやり過ごす。
分っている。
自分がいかに狡くて、我が侭な事を言っているかなんて。
彼を間違いなく利用したのは自分で。
彼を間違いなく傷付けたのは自分で。
なのに、今こうやって、彼の傍に居たいと願うなんて、虫が良過ぎると分っていた。
でも、それでも。
――――何を言われても、何を犠牲にしても、どうしても彼が欲しかった。
欲しくて欲しくて堪らなくて。
傷付けたと、そしてまた傷付けると分っていても、どうしたって離してやれなかった。
我が侭だと知っている。
自分の事しか考えていないのだと分っている。
でも――――彼の温もりだけは、手放せなかった。
「新一…」
その点に関しては、きっと快斗の中にも引っ掛かるものがあったのだろう。
途端に弱々しくなった彼の声に、少しだけ歪んだ安堵をして、新一はぎゅっと快斗に抱きついた。
「ごめん、快斗。俺はもう―――きっとお前を離してやれない」
「……新一…」
ごくっと快斗が息を飲んだのが分る。
分っていて、新一は敢えて言葉を続けた。
「ずっと―――本当はお前だけが好きだったんだ」
信じて貰えないと知っていた。
この言葉がより疑いを生む事も知っていた。
知っていてなお、この言葉を紡ぐ自分はきっと壊れてしまっているのだろう。
それでも良かった。
それが良かった。
「―――――俺はお前がどうしても欲しいんだ。快斗……」
それは『偽り』にしか聞こえる筈の無い―――『真実』の告白だった。
to be continue….