彼が好きだと胸を張って言える
 彼を愛していると胸を張って言える

 好きで
 好きで
 どうしようもなくて

 けれど…
 自分がしてきた事は
 彼を苦しめてきただけなのかもしれない…










片想い【35】











「………」



 一人ベッドで横になり、白馬は天井を見上げる。
 白い天井が彼の裏の姿を連想させた。


 夜毎純白の衣装を纏い空を翔る彼。

 その彼に思考を狂わされたのはいつからか。
 最初こそ唯の詰まらない義賊ぶった泥棒かとも思ったが、その考えは直ぐに覆された。

 闇に凛と立つ孤高の姿。

 その姿に不覚にも一瞬見惚れた。
 そうして、『怪盗キッド専任』なんて言ってしまう程、彼の事を追い続けた。


 アレはあるいは恋に似ていた。


 彼が彼であると気付いた切欠は些細なモノ。
 前に彼と彼に言われたが、確かに断定するには証拠として弱い。
 今でこそ半分冗談の様にしているが、あの時それだけを手にして本気で彼に詰め寄ったのだから、自分の若さに苦笑すら覚える。


 自分が彼に嫌われているのだと、気付いたのは一体いつの日か。


 友人として学校で接する時。
 『探偵』として彼を追う時。

 時々垣間見せる彼の自分への冷たい瞳には白馬も気付いていた。
 けれど、見て見ぬ振りを決め込み、事あるごとに友人面をして一方的に情報を提供していた。
 それもまた、若さ故か。


 彼が彼だけを『名探偵』と呼んでいるのを知って、ショックを受けなかったと言えば嘘になる。
 けれど、今思えば、それは確かに正しいのだろう。
 自分は唯の『探偵』であり、幼かったあの日々をどれだけ無かった事にしたいと思っても、彼を傷付けた事実は消す事は出来ない。


 彼が大切に守っていた『黒羽快斗』という日常を自分が脅かしたのだという事に気付いたのは、大分経ってからだった。
 彼が『怪盗キッド』として生きている中で、どれだけその日常を愛しみ、大切にしていたか。
 そして、もう二度と何も知らなかった時には戻れない事を、後悔こそしていないものの、それでも失った何かを酷く求めている事も。
 気付くのが遅過ぎたのだと思った時にはもう、彼との溝は埋められない程に広がっていた。


 浅はかだった自分を彼は『探偵』と呼び、違う事無く真実を掬い上げてみせた彼を『名探偵』と呼ぶ。


 確かにピッタリだ。
 自分では成し得なかった事をあの慧眼の持ち主の彼は、呼吸をするかの様に極々普通にやってのけた。
 対極に立ちながら、あの二人は互いに誰よりも互いを理解していた。



 あの蒼い瞳に惹かれたのはいつの日だっただろう。

 迷宮無しの名探偵。
 あの蒼い双眸は同じ探偵である白馬から見ても、恐ろしい程に冷徹で、狡猾で、そして優しさに満ちていた。

 誰かは彼の事をまるで悪魔だと言った。
 誰かは彼の事をまるで天使だと言った。
 白馬はその両方だと思った。

 悪魔の様な狡猾さで最後の最後まで犯人を追いこむ。
 天使の様な優しさで辛くとも苦しくとも真っ直ぐに真実を見詰め続ける。

 『名探偵』としての新一にも勿論惹かれた。
 けれど、それ以上に、普段の『工藤新一』にも白馬は惹かれた。
 あれだけ有名な両親を持ち、自身もあれだけ有名であるというのに、彼は驚く程普通の生活をしていた。
 いや、出来るだけ普通であろうとしていた。
 よく快斗が新一や白馬を『坊ちゃん』と形容してからかうが、それはそれで確かに間違っていない。
 けれども、白馬にしてみれば言われ慣れたその言葉を新一は酷く嫌悪する。
 その様子を目にする度に、酷く彼らしいと白馬は笑みを浮かべてしまう。

 本当に、『探偵』としての彼を見て居なければ、大学で出会う彼は至って普通の大学生だった。
 その『恋』も、大学生…いや、もしくはそれよりも幼く感じてしまう程、一途で素直な恋だった。
 自分でも笑ってしまう。
 誰かに一途に恋をしているその直向きな瞳に、恋をしてしまうなんて……。


「……僕さえ居なければ……」


 彼と彼を今引き裂いているのは紛れもなく自分だ。
 分っている。
 『彼』も『彼』も普段こそ普通を装ってはいるが、本当は自分とは違う世界の人間だと。

 分っていた。
 でも、それを必死に否定し続けてきた。
 自分は彼らに並び立てるのだと、自分に言い聞かせてきた。

 けれど、本当は最初から分っていた。
 決して自分は彼らの隣には立てない事を。


 だから、ドロドロとした真っ黒な言葉で彼を包み込んだ。
 正攻法では勝てないと知っていて、優しい優しい彼を『罪悪感』という名の鎖で縛った。


 けれど――――自分は今、それをこんなにも後悔している。


 彼の瞳がキラキラと輝くのを最後に見たのはいつだろう。
 白馬がこの腕に抱きとめた彼の瞳はいつだって悲しげに、苦しげに、潤んでいた。
 本当に見たいのは彼の笑顔だった筈なのに、自分が与えられるのは苦しみと泣き顔だけだ。


 こんな恋に…一体何の意味があるのだろう?
 こんな愛に…一体何の意味があるのだろう?


 彼が欲しいと願った。
 彼を抱きとめたいと想った。

 でも分っている。
 これが誰も幸せにしない事など。



 だから――――。




「そろそろ……この気持ちにもさよならをしなければいけませんね」




 顔を覆い、視界を闇にする。
 そして決める。
 彼を……縛り付ける鎖を、自ら断ち切る事を。



 ――――――せめて今からでも、彼の本当の幸せを願いたいと思った。






























to be continue….



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