もう何も信じないと決めた
 もう誰も信じないと決めた

 きっと何かの間違いだと
 きっと誰かと間違えているのだと

 そう自分に言い聞かせなければ
 自分に都合の良いその言葉を
 また信じてしまいそうだった…










片想い【34】











「新一、お前…何言って……」


 聞こえた余りに自分の耳に都合の良過ぎる言葉に、返す言葉を見付けられずに言葉を切れば、苦しそうだった彼の呼吸が少しだけ落ち着いているのに気付く。
 腕の中の彼の瞳は閉じられていて、快斗が大好きな綺麗な綺麗な蒼は見えない。


「新一…?」
「………」


 声をかけても返ってくるのは少し落ち着いた息使いだけ。


「……気、失ったのか……?」


 だとすれば、少しは安心してくれたという事なのだろうか?
 快斗の腕の中で少しは……。

 そうであれば良いと。
 そうあって欲しいと願う。

 少しでも彼が自分の腕の中で安堵して眠ってくれたというのなら、それ程嬉しい事はない。
 嬉しい事はない、が―――。


「………俺の事、好きって……言った…?」


 最後の最後に彼が言った言葉が今は大問題だった。


(………そんな都合の良い事……ある訳、ないよな……)


 きっと意識が朦朧とした中で、彼と自分を間違えただけだ。
 そうでなければ、辻褄が合わない。
 だから、だから―――。



「――――俺は、お前の事………嫌いだよ。工藤探偵」



 無理矢理絞り出した言葉は、余りにも白々しく響いて……消えた。








































「んっ……」


 ひたり、と額に冷たさを感じて瞼を無理矢理持ち上げる。
 曇った視界に映ったのは、彼の姿。
 額の冷たさに疑問を感じ手を当て漸くその冷たさの正体が、額に乗せられた冷たいタオルだと分った。


「気がついたか?」
「………ああ…」


 ぱしぱしと何度か瞬きをして、漸く視界が淡い光に慣れた。
 少し首を動かして部屋の様子を窺って、此処が自分の寝室だという事に気付く。

 そんな新一に、快斗はポーカーフェイスを張り付けた顔のまま、冷たい声で言う。


「悪いとは思ったけど勝手に上がらせて貰った」
「いや、こっちこそ…悪い……」


 漸く活動を始めた自分の頭が、気を失う前の記憶を蘇らせる。
 自分は……彼にとんでもない事を言わなかっただろうか……?


「……大丈夫か?」


 あくまでもポーカーフェイスを張り付けたままで。
 でも、瞳だけは酷く心配そうに。

 彼は新一の顔を覗き込む。


「ああ…」


 無理をして言っている訳ではなかった。

 身体の痛みはもう収まっていたし、胸の痛みも大分良くなっていた。
 呼吸も苦しくはなく、きっともう起き上がれるだろうと思った。


「そうか。本当は志保ちゃんに連絡しようかとも思ったんだけど…」
「それはっ…!」
「ああ。きっと嫌だろうと思ってしてないから安心しろよ」


 慌てて飛び起きようとした新一の先の言葉をそう言って封じて。
 快斗は新一の肩をベットへと押し戻した。


「……悪い」
「いや、その気持ちは分らなくもないからな」


 そう、彼は全て知っている。

 新一がコナンになっていた事も。
 組織を潰して、この姿に戻った事も。
 そして―――この身体が未だ後遺症から抜け出せずにいる事も。

 何度か彼と居る時にこうやって身体が少し痛む事はあった。
 それでも、ギリギリの所で彼に見られない様にしていた。

 でも本当は知っていた。
 彼が見て見ぬ振りをしていてくれた事を。


「……快斗」
「何だ?」


 言い方こそそっけなかったが、彼の瞳は余りにも優しかった。

 無理をしているのだと、新一に分らない筈がなかった。
 そして、こんな優しい彼にそんな顔をさせているのが酷く居た堪れなかった。


 彼は本当はいつだって優しい。
 いつだって優しくて、いつだって真っ直ぐで。

 本当はきっと、世界で一番『怪盗』なんて物には向いていない人間だと思う。

 人を欺いたり。
 自分を偽ったり。

 そんなのは本当に本当に向いていない癖に、何でも器用にこなせてしまうが故に自分にはそれが向いていると思っている。

 でも違う。
 本当の彼は、優し過ぎて――――余りに危うい程脆い。

 知っていたのに、自分はあんなにも彼を傷付けた。
 それなのに、彼は自分を見付けて、助けてくれた。


 ああ――――駄目だ。やっぱり自分は…彼が好きだ。





「ごめん……」





 泣いてしまうなんて。
 震えてしまうなんて。

 狡いと知っていた。
 卑怯だと分っていた。

 でも、滲んでしまった涙を今更無かったことには出来なかった。





「ごめん、快斗……。全部、俺が………悪かったんだ………」





 それ以上彼を見ていられなくて、両手で顔を覆う。
 洩れてしまいそうな嗚咽に、情けなさを覚える。


 何て情けないのだろう。
 謝罪の言葉すら、ちゃんと言えないなんて。





「ごめん。ごめん……快斗……」





 どれだけ謝ったって。
 どれだけ自分を責めたって。

 もうどうしようもないと分っていた。
 もう取り返しはつかないと分っていた。

 彼を傷付けた自分が謝って楽になろうなんて、余りに身勝手だと分っていた。
 それでも言葉は溢れ続けた。




「快斗、……。ごめん、ほんとに……」
「………もう、いいよ。新一……」




 ふわりと、頭を優しく撫でられる感覚に、そろそろと両手を外せば、視線の先の快斗の瞳は酷く柔らかくて。
 それにつられて、新一の瞳も自然に柔らかいものになった。


「快斗…」
「もう、いいから。今はゆっくり休めばいい…」
「でも、俺……」
「いいんだ。もういいから」


 かけられる声も。
 触れる手も。

 全てが優しくて。
 全てが温かかった。

 それに安堵する。



「ちゃんと休んで、話は元気になってからでいいから……」



 そう言われた事により安堵して、その温もりに意識を預ける。
 ゆるゆると眠りの淵に沈んでいく意識の中で、彼の―――寂しげな瞳を見た気がした。








































「新一…?」
「………」


 返事が返って来ないのを確認して、快斗は新一の頭から手を離した。
 眠る前の彼は、痛みも感じていない様だったし、呼吸も落ち着いていた。
 どうやら、発作は治まったらしい。
 それに快斗も安堵した。


「……ホント、新一は優しいな……」


 こんな自分に懸命に謝ってくれた彼の瞳を思い出して一人呟く。
 自分は未だ彼に謝ってはいない。
 先に彼に謝られてしまったと思うと、何だか少し居た堪れない。
 けれど、今快斗があの事を謝った所で、それが新一のプラスになる事は欠片もないと分っていた。

 彼は優しい。
 そう、誰にだって優しいから。

 きっと彼は分っていたのだろう。
 快斗の瞳から全て察して、あんな風に謝ってくれたのだろう。
 『犯罪者』の自分に大しても、相変わらず彼は優しい。
 ……もう一度、信じてしまいたいと思う程に。

 余りに必死な彼の姿が居た堪れなくなって、快斗は思わず新一を寝かしつける事を選んだ。
 これ以上彼の言葉を聞いてしまったら、また信じなくて良い言葉を信じてしまいそうだったから。
 催眠誘導をしたとはきっと彼は気付いていないだろう。
 その方がいい。その方が彼の為だ。


「……ごめん」


 自分は彼に最後の嘘を吐いた。
 彼に言ったその機会はもう来ない。

 それでいい。
 それで良かった。

 このまま自分が傍に居ては、優しい彼を苦しませるばかりだろう。
 自分が居なくなっても、新一には白馬が居る。

 だから―――大丈夫だ。



「ごめんね、新一……」



 自分は今、最低な事をする。
 彼の意志を無視した最低な行動を。





「最後だから……これだけ、許して………」





 最初で最後の彼との口付けは――――甘くて、そして……酷く苦しかった。






























to be continue….



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