事実は小説より奇なり


 こんな偶然
 予想していなかった

 こんな偶然
 願ってなんていなかった

 それでも見付けた彼の姿は
 自分の見せた幻かと思った










片想い【33】











 此処から自分の隠れ家までは少しばかり距離がある。
 どちらかと言うと、自分が飲んでいた界隈は彼の家よりも、自分の隠れ家の方に近かった筈。
 全く…どうにもこうにもよく歩いてきたものだ。

 タクシーに乗ろうかとも考えたが、今はこの暗がりを歩くのがお似合いな気がした。

 いつもの様に街灯の少ない道を選ぶ様に暗がりを選んで歩く。
 自分がきっとこういう所を選んで歩く様になったのは、きっとあの日からだ。


 あの日あの時あの場所で、自分の父親の秘密を知った。
 でも、この道を選び取ったのは自分だ。
 誰から押し付けられた訳でもない。
 けれど、それでも彼の言葉は余りにも深く自分の心を抉った。



『だってお前は――――犯罪者じゃないか』



 そうだ。
 言われた言葉は間違っていない。
 それが『事実』で、それが『真実』だ。

 傷付く方が間違っている。
 事実を突き付けられて、苦しんでいるなんて。
 そんなのは唯の……自分の我が侭に過ぎない。

 それでも、他の誰から言われても構わないと思っていた言葉は、彼の口から言われた瞬間、鋭い刃となって快斗の胸に突き刺さった。
 そしてそれは抜けない棘になっていつまでも胸に留まり続ける。


 それでも。
 そう、それでも…。
 ボロボロに傷付いているとしても…。

 彼がくれた棘だとしたら、それすら甘く思える気がするのだから本当に自分は末期だ。終わってる。



「……俺、マジでヤバイかも……」



 常々自分はサディストの部類に入るのだと思っていたのだけれど、もしかしたらマゾヒストの部類に入るのかもしれない。
 何だか乾いた笑いすら浮かんでくる気がする。


 自分自身を何とか茶化して誤魔化していないと、このまま立っていることすらできなそうで。
 頭の中でそんなくだらない事を考えていれば、ふと視界の端に小さな公園が見えた。

 こんな所に公園なんてあっただろうか?
 ああ、そういえばこの付近を歩くのは彼とばかりだったから、きっとそんなモノ目に入っていなかったのだろう。
 そう思うと、何だか酷く馬鹿みたいだと思うけれど、それが事実なのだから仕方ない。

 流石にこんな時間に人なんていないだろうとちらっと入口から覗いてみて。


 ――――その光景に息が止まるかと思った。








































「新一!!」








































 彼の声が聞こえた気がした。
 まだ上手く整わない息の下ゆっくりと瞳を開ければ、走り寄ってくる彼の姿が視界に入って、今度こそ息が止まるかと思った。


「か、い……と………?」


 こんな所に彼が居る筈がない。
 こんな所を彼が通る筈がない。

 自分はついに幻覚すら見える様になってしまったのだろうか。
 だとすれば本当に……終わっている。


「何やってんだよ、こんな所で!」
「何、で……こんなとこ…」


 自分の横になっているベンチの前。
 躊躇う事無く地面に膝を付いて新一を覗き込んでくる快斗の姿に、新一は頭の端で『ああ…膝汚れちまうな…』なんて酷く冷静な事を考えていた。
 それでもそれを口に出せる程の元気はなく、整わない息に言葉はかき消されていく。


「そんな事今はどうだっていい。どうした? 一体何があった!?」


 ひたり、と冷たい彼の手が頬に触れて、酷く気持ちが良かった。
 心地良さに瞳を閉じかければ、慌てた様に彼の声が降ってくる。


「新一!」


 焦った彼の声に、もう一度瞳を開く。
 まだ彼の姿が見えた。

 ああ、どうやら幻ではないらしい。


「何があった?」
「……大、丈夫、だ……」


 およそ大丈夫とは受け取れない声でそう言った新一に、快斗は溜息を吐いて。
 諦めにも似た表情で空を仰ぐと、丁重に、でもしっかりと新一を抱え上げた。


「かいっ…!」


 彼が自分を心配してくれているのは、新一にもよく分っていた。
 けれど、こんなのは駄目だと心が叫ぶ。
 身体の痛みなんて無視して、反射的に身体が逃げを打ったが、それも快斗の腕に阻まれてしまう。


「嫌なのは分ってる。でも、今は大人しくしてろ」


 硬い声でそう言われて、新一も固まる。
 ちらりと彼の顔を窺えば、張り付けられたポーカーフェイスが見えた。
 そして、冷たい藍も。

 それに涙が込み上げてきたが、今ここで泣いてしまう訳にはいかなかった。

 彼を傷付けたのは自分だ。
 その自分が泣く訳にはいかない。
 今泣いたら、もっともっと彼を傷付けるばかりだ。

 そう思っていた。
 そう分っていた。


 けれど、それでも―――余りにも切なくて、寂しくて、そして最低な事に嬉しかった。


 縋ってはいけないと知っていた。
 甘えてはいけないと分っていた。

 でも、今こうして、彼が自分を抱き締めていてくれるのが嬉しかった。
 どうしようもなく切なくて、どうしようもなく寂しくて。
 彼が見付けてくれた事に、酷く安堵した。

 本当は心細くて堪らなくて。
 本当は誰かに傍に居て欲しくて。
 でも、彼に頼る訳にはいかなくて。

 そんな中、一番傍に居て欲しかった人が今自分を抱き締めていてくれているなんて…。



「かいと……」



 ああ、自分はなんて弱いのだろう。
 ああ、自分はなんて罪深いのだろう。


 分っていても、もうこの気持ちを抑えつける事など出来なかった。


 ぎゅっと彼の胸元をを掴み、すりっと頬を擦り付ける。
 伝わってくる温もりに、安堵して瞳を閉じる。


「しんい……」


 彼が戸惑ったのが分る。
 分っていて、自分は酷く狡い事をしているのだと分っていて、それでも溢れ出てくる言葉を止める事が出来なかった。





「好き、だ………」





 ――――今この瞬間に、事切れてしまえたら………これ以上無い程幸せだと思った。






























to be continue….



top