未だやり直せるだろうか
 せめて『友人』として傍に居る為に

 泣かせたい訳ではない
 辛い思いをさせたい訳ではない

 でも、それでも
 彼の傍に居たいと願う

 襲ってくるのは激しい後悔と
 自分の愚かさだけ










片想い【26】











「坊ちゃま…」


 言われた言葉に顔を上げれば、昨日よりも心配そうな顔で自分を覗き込む寺井と目があった。


「何?」
「流石に飲み過ぎですよ」


 昨日で懲りたのか、それとも何かを察してか。
 きっと後者だろうが、快斗が早々にグラスを空けていくのを止めず見守っていた寺井がついにそう声をかけた。

 そこで自分が何杯飲んだのか、もうとっくに思い出せない事に気付く。


「俺…そんなに飲んだっけ?」
「ええ。相当」
「そっか……」


 全く酔いが回ってこない。
 酔って少しは楽になりたいと思うのに、それさえ許されない。

 それは彼を傷付けた自分への罰の様に思えた。


「坊ちゃま」
「ん?」
「差し出がましいとは思いますが……」
「いいんだよ。聞いてくれなくていい」


 快斗は目の前のグラスに僅かに残った物も飲み乾して、ほんの少しだけ目元を下げる。

 寺井は優しい。
 いつだって快斗の心配をしてくれる。
 だから、寺井には言えない。
 ただでさえ心配性な彼に、言わなくてもいい言葉を言うつもりはない。


「私では相談相手になりませんか?」


 自信なさげにそういう寺井に快斗は緩く首を振る。
 その表情が寂しそうで、本当は話した方が良いのも分っていた。

 でも言えない。
 余りにも情けなくって、みっともなくって。
 先代を知っている彼が、こんな自分を知ったら、本当に情けないと思うだろう。
 そんな風に落胆されるのは見たくなくて、快斗は口を噤む。


「寺井ちゃんが悪い訳じゃないんだ。ただ…ごめん。今はそっとしといてやって」


 最後はちょっと茶化すように笑ってみたけれど、きっと寺井の目には痛々しく見えただろう。
 分ってはいても、快斗はどうすることも出来なかった。


「分りました。ですが…」
「ん?」
「お付き合いぐらいはしてもいいですよね?」


 そう言って、寺井は自分用に用意したグラスに氷とウイスキーを注ぐ。
 それにふっと快斗は瞳を和らげた。


「ああ……。寺井ちゃん。ありがと……」


 少しだけ、ほんの少しだけだけれど、気持ちが楽になった気がした。








































 タクシーに乗れと言った寺井の言葉に、『酔ってないから大丈夫』と返して、家までの道のりを歩いて帰る。
 今日も実家には帰れない。
 こんな顔で、こんな情けない顔で、帰る訳にはいかなかった。

 母さんはきっとキッドの仕事絡みで帰らないと思っているのだろう。
 『今日も帰らないから』と送ったメールの返信には『ちゃんとご飯は食べなさいよ』と一文添えてあった。
 少しホームシックになりかけて、未だ『子供』な自分に苦笑する。
 ああ、やっぱり…母は偉大だ。

 父さんはどうやって母さんを口説いたのだろう。

 ふとそんな事を思う。
 そう言えばその辺りの事は聞いたことがなかった。
 年中年中、父親の惚気を聞かされていたから、敢えて自分からそういう話に持ち込んだことはない。
 こんな事なら聞いておくべきだったのかもしれない。
 きっと父さんならスマートに口説いたのだろう。
 自分も…そうあれたら良かったのに。

 そこまで考えて、溜息が出る。

 自分の場合は、口説く口説かないの問題ではなかった。
 自覚するのにどうしてこんなに時間がかかったのか。
 彼に対する『執着』も『嫉妬』も、どうして『恋』だともっと早く気付けなかったのだろう。
 彼の傍に、一番近くに居たのは自分だったのに。
 もっと早く気付いていたら、きっと新一に恋だと錯覚させてでも攫ってしまったのに。
 自覚した瞬間に失恋していただなんて、余りにも――情けなさ過ぎる。


 謝りたいと思った。
 謝って、もう一度、『親友』なんて言わないから『友人』でいいから、それ以下でもいいから……。
 少しでも彼の傍に居たいと思う。

 でも、それはきっと叶わないことも分っていた。
 相手は白馬だ。
 きっともう二度と新一を快斗に近付けない様にするだろう。
 それは想像に難くなかった。

 でもせめて、謝るぐらいはしたいと思って、携帯を取り出す。
 リダイヤルの一番上にあった彼にかけようとしたところで……パタンと携帯を閉じた。


 きっと今彼は白馬と居るだろう。
 快斗の言葉に泣き濡れる彼を、白馬は優しく抱きしめて慰めただろう。
 その後の展開なんて、快斗でなくたって分る。
 想像して、唇を噛み締める。

 今彼を抱きしめているのがどうして白馬なのだろう。
 今彼を抱き締めているのがどうして自分ではないのだろう。


 どうして彼は――― 一番傍に居る自分ではなく、彼を選んだのだろう。


 そうして思い当る一つの可能性。


 快斗は―――『犯罪者』だ。


 それは何をどう言い繕っても変わらない事実。
 『探偵』である彼が、そんな自分を好きになってなどくれる訳がない。

 けれど、その可能性に緩く首を振る。

 彼は言ってくれた。
 自分を犯罪者だと卑下して荒れる快斗に。



『例えお前がどんな奴で、何をしてたとしても――――俺はお前の傍に居る』



 嘘偽りの無い瞳で。
 真っ直ぐに快斗を見詰めて。
 そう言ってくれた。

 それに快斗がどれだけ救われたか分らない。


 だから、もう、それでいいかと思った。
 あの新一の言葉だけで、快斗は幸せだった。



 謝ろう。
 謝って、白馬が何と言おうと、せめて『友人』ぐらいにはしてもらって。

 一番近くなくてもいい。
 傍で彼の笑顔が見られるならそれでいい。


 それで――――快斗は幸せだ。



 だから決めた。
 誰にも邪魔されない場所で、彼だけを呼んで。
 未だ自分はきっと情けない顔をしてしまうだろうから、狡いけれどももう一つの姿を使って。
 自分の余りの身勝手さを、今更だけれどちゃんと謝ろうと思った。




 それが―――どんな未来をもたらすとも知らずに。






























to be continue….



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