どうしてもっと早く気付けなかったのだろう
 どうしてこんな大切な事を忘れてしまっていたのだろう

 自分がいかに自己中心的な人間なのか分った
 自分がいかに愚かな人間であるのかに気付いた

 こんなにも優しい彼に
 こんな言葉を言わせてしまうなんて…










片想い【25】











「そんなこと…」
「それに、僕の方もどうやら脈はなさそうなんです。だから諦める切欠を探していた所なんですよ」
「白馬!」


 余りにも優し過ぎる白馬の言葉に、思わず新一の声が上がる。


 そんなのは駄目だ。
 白馬が幸せになる筈の芽を自分が摘み取って良い訳がない。

 『脈がなさそう』なんてきっと彼の優しい嘘だ。
 そんな事が分らない程、彼の思いやりが分らない程、自分は馬鹿ではない。

 自分の傷を癒すために彼を利用して、彼の幸せを奪う権利なんて自分にはない。
 そんなもの――誰にだってある訳がない。

 こんなのは――駄目だ。



 再度白馬の腕から逃れようともがく新一をやんわりと拘束して。
 そんな新一にも、白馬はあくまでも優しく語りかける。


「工藤君。僕はね、君に狡いことを言っているんです」
「狡、い…こと?」
「君も僕も、お互いの好きな人に振り向いて貰えずに辛い想いをしているでしょう?」
「それは…」
「だから僕は君に、『お互いの傷の舐め合いをしよう』なんて狡いことをお願いしているんです」
「白馬……」
「すみません。僕は君が思っているよりずっと狡いんです」


 白馬の口元に浮かんだ自嘲の笑みに、新一はぶんぶんと首を振る。


 違う。
 狡いのは自分だ。

 勝手に彼を好きになって。
 勝手に傷付いて。
 その挙句、目の前のこの優しい彼に縋った。
 そして今、この優し過ぎる彼にこんな言葉をこんな『偽り』を言わせてしまっている。

 本当に狡いのは―――自分の方だ。



「だから、工藤君……僕を見捨てないでやってくれませんか?」



 言われた言葉を、新一が拒否できる訳など無かった。








































 こくん、と小さく頷いた新一に安堵して、白馬はもう一度ぎゅっと新一を抱きしめた。
 新一から自分の表情が見えなくなった所で、暗い笑みを口の端に上らせる。


 彼は自分の『偽り』を見抜いた筈だ。


 けれど、その解釈は『真実』とは違う。
 きっと彼は、自分が優し過ぎるからそんな事を言ってくれているのだと錯覚しているだろう。
 そんなこと、彼の瞳を見ていれば分り過ぎる程分る。

 それが全て自分の計算通りなどと、新一は決して思わないだろう。


 ――――自分の所為で白馬が好きな人を諦めた、という『罪悪感』を持つだろう。


 これで新一は自分を簡単には捨てられなくなる。
 白馬を捨て、自分だけ幸せになるという選択肢を選ぶ確率は格段に下がる。



 これはきっと――――最大の『罪』だ。



 好きな人に負の感情を植え付けてまで、傍に居たいと願うなんて。
 信じてなどいないが、死後の世界にもしも天国と地獄があるとするならば、確実に自分は地獄行きだろう。

 それでもいい。
 彼が自分の腕の中に居てくれるのならば。


「工藤君」


 だから、腹を括る。
 決意が揺らいでしまわないうちに、最大の呪いの呪文を新一の耳元に落とした。



「付き合うからには、僕は君のことをそういう意味で好きになるつもりです。
 でも、君に無理強いはしたくない。
 だから…もし僕が今からすることを君が本当に嫌だと思うなら、直ぐに僕を突き飛ばして逃げて下さい」



 これは呪いだ。
 これは悪魔の囁きだ。

 それは分っていた。

 けれど、もう後戻りはできなかった。



 そっと新一の頬に触れる。
 滑らかなその頬を手の感触で楽しみ目を細める。

 彼が震えているのが分った。
 でももう今更解放してはやれなかった。


 自分の黒い網で、彼が雁字搦めになっているのが分っていて、自分は最大の卑怯な術に出る。


 そっと顔を寄せれば、新一は一瞬だけビクッとした反応をして、けれど…何かを諦めた瞳をゆっくりと閉じた。
 すり、っと親指を少しだけ頬に滑らせる。
 もう、反応は無かった。
 それに小さく笑うと、白馬は――――そっと新一の唇に自分の唇を重ねた。






 この感情は―――――『恋』と呼ぶには余りにも歪みきったものだった。






























to be continue….



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