『宿敵』がいつの間にか『友人』になり
 『友人』がいつの間にか『親友』になり

 傍に居る為に
 隣に居る為に

 明確な何かが必要なのだとしたら


 次は一体何になったらいいのだろう…?










片想い【21】











「はぁ…」


 どれだけ思い悩んでも、どれだけ苦しくても。
 時は流れ、夜は明ける。
 一生来なければいいと思ってきた朝はやってきて、新一は仕方なく用意をして家を出る。





 いつも通り。
 いつも通り。

 自分に言い聞かせる様に心の中でそう嫌と言う程呟いて教室に入ると、少し考えてから左側の少し後ろ目の席に腰を降ろした。








































「よ、工藤!」
「よっ…」


 程なくして、いつもと変わらない口調で声をかけられ、覚悟していた事とは言え新一は自分の声がきちんと発せられていたか不安になる。

 彼は変わらない。
 何も変わらない。
 変わったのは………いや、それも元に戻っただけだ。


「あ、そうだ。これ」
「ん?」


 快斗から差し出された少し大きめの袋と、小さな紙袋に新一は首を傾げる。


「何だこれ…」
「洋服。借りてっただろ。ちゃんと洗ってあるから」
「ああ…」


 すっかり忘れていた。
 というか、気にすら止めていなかった。
 新一にはそんな余裕なんてなかった。


「それから、流石に下着は洗って返すのもどうかと思ったから買ったやつがその袋ん中入ってっから」
「別にそこまで気にしなくて良かったのに…」
「いやいや。こういうとこは友達でもちゃんとしないとねー」


 全く、こういう所は本当に律儀だと思う。
 まあそれが快斗の良い所でもあるのだろうが。


「あとそれから…」
「ん?」
「そっちはお礼v」
「お礼…?」


 快斗は小さな紙袋を指さして、語尾にハートマークなんぞ付けちゃってくれる。
 複雑な想いを押し殺して、小さな紙袋を見ると、見慣れたロゴが入っていた。


「珈琲か…」
「流石工藤。やっぱ詳しいな」
「つーか、この袋自体珈琲臭いしな」
「お前、自分が好きな物の香りをそんな嫌な表現で言うなよ…;」


 ガクッとして苦笑する快斗に、新一はぎこちなく笑みを浮かべる。
 きっと今、自分はどうしようもない表情をしているだろう。

 笑いたくても上手く笑えない。

 それを分っていても、快斗は気付かない振りをしてくれる。
 その上、何とか自分を笑わせようとしてくれている。

 その優しさすら、今は―――痛い。


「いいんだよ。つーか、お前…」
「大丈夫。あんな場所で珈琲もどきを作るほど俺も馬鹿じゃない」
「ならいいけど」


 お互いの言いたい事を違わず読み取って。
 フッと小さく笑った新一に快斗は少しばつの悪そうな顔をして頭をくしゃくしゃと軽く混ぜる。


「でも、さ…」
「ん?」
「俺珈琲とか飲まないからよく分んなくて…とりあえず無難どころで、オリジナルブレンドにしといた」
「ああ、俺ここのブレンド好きだから」


 サンキューな、と言って自分の席の横に荷物を追いやった新一に快斗の眉がピクっと動く。


「おい、工藤」
「ん?」
「お前、俺の場所ちゃんと空けろよ」


 新一が座っていたのは一番端の席。
 その横に荷物を置かれてしまっては、快斗は座る場所に困る。


「一個空けて座ればいいだろうが」


 言われた言葉に、快斗の綺麗な弧を描いた眉が寄せられるのは分ったけれど、新一はそっけなくそっぽを向いた。

 隣になんて座れる筈がない。
 そんな事……今は耐えられない。


「工藤」


 咎める様な快斗の声に、視線を快斗の方に戻せば、いつになく厳しい顔をした快斗と目が合った。


「俺はお前の横に座んの。さっさと空けろよな」
「……わぁったよ」


 はぁ…と一つ溜息を吐いて。
 新一は無駄な抵抗をするのを止めて、荷物をずらす。

 少し表情を柔らかくして隣に当然の様に腰を下ろした快斗との距離が近過ぎて頭が痛くなる。



(何だってんだよ…コイツ……)


 折角自分から少しでも距離を作ろうとしたのに。
 彼だって呼び方を元に戻して、距離を少し離してきた癖に。
 なのにどうしてか近くに来ようとする。
 一体、どうしろというのか……。


「なあ、工藤」
「ん?」
「白馬は?」
「…今日は依頼人と会うんだと」
「ふーん…」


 鞄から授業の教科書やルーズリーフのファイルを出しながら、何とも無しに聞いてくる快斗に、新一も何とも無しにそう答える。
 内心、ズキズキと痛む胸を抱えながら。


「じゃあ、寂しいだろうから今日は俺が付き合ってやるよv」
「……はぁ?!」


 自分でも、素っ頓狂な声が出た物だと思う。
 余りにも予想外な言葉に息が詰まる。

 一昨日確かに彼はこう言った筈だ。


『俺があんまり工藤にベタベタし過ぎるのも……良くないよな?』


 間違い無くこう言った。
 なのに、なのに……。


「だって、白馬が居ないんじゃ工藤だって寂しいだろ?」
「いや、別に…」
「なんだよ。強がんなって」
「別に強がってる訳じゃねえよ」


 ぷいっとそっぽを向いたその先で、青褪める。
 何だって言うんだ本当に…。
 これだからこのにぶにぶは……。


「じゃあ、そういう事にしといてやるから、とりあえず今日は俺に付き合えよ」
「……何をどうしたらそうなるんだよ」
「ん? そういう流れだろ?」
「………」
「空気を読むのは大事だよ。名探偵v」
「………」


 頭痛までしてきた気がする。
 もうこの目の前のにぶにぶが一体何を考えているんだか分らない。

 オカシイ。

 一昨日コイツは確実に距離を置くことに決めた筈だ。
 そんな事丸分りだった。
 なのに、今日は何だかやたらベタベタされている気がする。
 一体昨日の今日で何があったというのか…。

 全く困ったものだと溜息を吐きかけた時、



「工藤君」



 聞き慣れた柔らかい声が耳に響いた。


「白馬」


 振り返れば見知った彼の姿。
 それに安堵する自分が居る事に、新一は複雑な気持ちを覚える。

 好きな人が隣に居るというのに、この気持ちは何だろう…。


「遅くなってしまってすみません」
「いや、それよりお前今日依頼人と会うって…」
「その件なら、また後日にして貰う事にしましたから」
「そうか。ならいいけど」


 近くまでやって来た白馬の為に席を空けようと思った所で気付く。
 自分が座っているのは左側の一番端。
 これは今日白馬が来ないと聞いていたから、隣に荷物でも置いてしまえば最悪一つ空けた場所に快斗が座るだろうと見越しての事。
 まあ、その目論見は見事に崩れたのだが。
 とにかく、新一の隣は快斗が座っている訳で……。


「黒羽君。申し訳ありませんが、一つずれてもらえませんか?」


 困っている新一に白馬は一度にっこりと微笑むと、丁寧に、でもしれっと快斗にそんな事を言う。
 まるで新一の隣は自分のモノだと言わんばかりに。



 その瞬間、快斗は………頭の奥で何かがプツンと切れる音を聞いた。



 許せなかった。
 ―――コイツが新一の傍に居る事が。

 認められなかった。
 ―――自分の居場所を白馬に奪われるなんて。


 子供染みた独占欲でも良い。
 余りにも醜い嫉妬心で良い。

 渡したくないと切実に思った。
 譲りたくないと切実に願った。


 彼が彼を好きなのは聞いた。
 自分もその時は応援してやろうと頭では考えた。

 けれど―――気持ちはついていかない。


 彼が欲しい。
 何よりも彼が―――。



「嫌だ」
「黒羽君」
「お前がこっちに座れば良いだろ」


 快斗は黒い気持ちを抱いたまま、ぺしぺしと新一とは逆側の自分の横の席を叩いて、白馬にそう言ってやる。
 それに白馬はあからさまに顔を歪めた。


「どうして君の横なんかに座らなければならないんですか」
「るせーよ。新一の隣は俺。文句があるなら別の席でも探しな」


 にっこりと、表面上は笑顔を作ってはいるが、目は笑っていない。
 そんな快斗の態度に白馬は溜息を吐く。


「黒羽君。君は…」
「とにかく、さっさと座った方が良いんじゃね? あと2分で授業始まるぜ?」


 ニヤッと笑ってそう言った快斗に、白馬は胸ポケットから懐中時計を取り出す。


「違いますよ、黒羽君。正確にはあと2分42秒後です」


 嫌味の様にそう付け足して懐中時計をしまうと、白馬は当てつけの様に新一の耳元に唇を寄せた。


『工藤君、申し訳ありません。次の時間は僕が隣に座りますからこの時間は我慢して下さいね』


 言った言葉に新一が頷いたのを確認して、白馬は仕方なく快斗の隣に座った。
 フッと小さく隣の快斗が笑った気がして、それが癪に障る。



 そんな2人の様子に、一番困惑していたのは新一だった。


(何だってんだよ、このバ快斗っ…!!)


 何だって快斗は白馬にあんな態度を取るというのか。
 つい先日あんな事を言った癖に…。


(邪魔しちゃ悪いと思うなら、普通譲るだろうが!!)


 絶対当然そうなると予想していたのに……まさかあんな事を言われると思わなかった。


『るせーよ。新一の隣は俺。文句があるなら別の席でも探しな』


 先程快斗が言った言葉が胸を焼いて、頬が熱を持ちそうになる。
 分っている。
 分ってはいる。
 快斗はただ友人として少し茶化してそう言っただけだ。
 だから、名前を呼ばれたとしても、そんな風に自分を求めてくれたとしても、そこに他意はない。

 でも…好きな人にそんな風に言われて嬉しくない筈がない。


 思わず緩みそうな口元を隠す様に手で押さえ、程なくしてなったチャイムと入ってきた教授に救われる様に、意識を授業へと向けた。






























to be continue….



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