言われて気付く
 ああ、確かにそうかもしれないと

 余りにも似ている
 余りにも酷似し過ぎている

 だからと言って
 男女間の様にそれをどうこうする事も出来ない

 余りの自分の不甲斐なさを
 恨めしいとすら思った…










片想い【20】











 パタン…。

 ドアを閉め、そのドアに背を預け、ずるずるとその場に崩れ落ちてしまう。


「やっべぇ…流石に飲み過ぎたか……」


 あれからどれだけ飲んだか、余り覚えていない。
 寺井が呼んでくれたタクシーに身体を滑り込ませ、どうにかこうにか部屋まで辿り着いたがこの始末。

 全く。
 今日は本当に情けない事この上ない。

 ぼおっと室内に目をやれば、干したまま出かけた彼から借りた洋服が目に入った。


「そういや干しっぱなしだったけ…」


 ずるずると重い身体を起こし、靴を脱いで部屋に入ると、洗面所で手を洗い、干したままだったそれをハンガーから外し綺麗にたたむ。
 洗剤の香りが僅かに香って、少しだけ心が落ち着く。

 彼の物にしては少しサイズが大きい気がするからきっとコレは彼の父親の物だろう。
 あの世界的推理小説作家。
 自分の父を『KID』と名付けたのは彼らしい。
 それは何かの折に新一に聞いた話。
 もしかしたら彼は知っていたのかもしれない。
 自分の父が―――。


「因果なもんだね…」


 父親の代でも接点があって。
 息子の代でも接点があって。

 何だか少し運命めいた物を感じて、不思議な気分になる。


「運命、か…」


 これが女性相手なら口説き文句の一つにも使えそうだが、流石に相手は男。
 しかもあのリアリストの名探偵だ。
 ロマンチックになりようもない。

 たたんだ洋服を袋に入れ、その袋の中に買ってきた下着の入った袋を入れる。
 手近にあった普段使っている鞄をずるずると引き寄せて、明日の教科書とルーズリーフを突っ込む。
 鞄の横に洋服の入った袋と、珈琲の袋を置いて、ふらふらとベットまで歩き付くとそのままぼふっとうつ伏せにベットに突っ伏す。

 明日の用意はした。
 明日学校に行く前にシャワーを浴びる事に決めて、そのまま瞳を閉じる。


 けれど、望む眠気は襲って来てはくれない。


 落胆して諦めた様に瞳を開いた。
 視界に広がるのは、暗い室内。
 それでも、夜目が利く自分にとってはさして影響もない。

 いい感じに酔っているというのに。
 普段だったらこのまま眠ってしまえるのに。


 あの時もそうだったと思う。
 大切な幼馴染に失恋したあの日も。

 そう思うと何だか笑えて来る。
 寺井の言う様にまるで『失恋』の様だ。
 ただ『親友』との距離を少し取ろうと決めただけだというのに…。


「ホント……」

 まるで恋でもしている気分だ。


 そう思ってクスクスと笑いが込み上げてくる。
 女ったらしと周りに散々言われている自分が、親友の男相手に何を想うというのか。

 でも、この焦燥は。
 でも、この執着は。

 まるで恋の様だと思う。
 まるで彼に恋をしている様だとも。

 そこまで考えて、益々笑えてきた。

 全く。
 『親友』を一体どういう風に自分は考えているというのか。


 冷静に考えてみれば、今まで『親友』だと思える様な人間がいなかった事に気付く。
 自分で言うのも何だが、ある程度何でもそつなくこなしてしまう快斗にとって、自分と同等の力量を持つ人間などなかなか居なくて…否、出会った事など皆無で。
 だから、友人になったとて、あっちが勝手に引け目を感じたり何だりで、『親友』という所まで仲良くなる事などなかった。

 怪盗キッドとして活動するようになってからは尚更だった。

 キッドとして活動すればした分だけ、どこか自分の中から日常という物が零れ落ちていった。
 非現実に身を置けば、現実は余りにも脆い幻の様で。
 時々自分の幻想なのかと思ってしまう程で。


 そんな中で『彼』を見付けた。


 表の顔も。
 裏の顔も。
 快斗の全てを。
 キッドの全てを。

 何もかも理解し、それでも何も変わらずに傍に居てくれる人。
 自分と同等の、もしかしたらそれ以上の力量を持ち、自分を常に追い詰めてくれる人。
 そして、脆い現実に快斗を繋ぎとめてくれる人。


 初めて出来た『親友』だった。


 唯一の家族である母親は、知っていても知らない振りを決め込んでくれる。
 協力者である寺井には、情けない所を見せたくない。
 自分の正体を知っている紅子にだってそれは同じ。
 例のアイツになんてもっての外だ。

 辛い所も。
 情けない所も。

 見せたくない。
 決して見せない。

 だから何時だって気を抜けなくて、張り詰めていて。

 そんな中で、快斗が自分を偽らなくても作らなくても良いのは、いつしか新一の傍だけになっていた気がする。


 本当は一番『宿敵』である筈の人間の傍が――― 一番落ち着くなんて……。



「ああ、なんだ……」



 そこまで考えて、思い当たる所に快斗は苦笑する。


 なんだ。
 やっぱり何だかんだ理由を付けたって、結局自分は寂しいのだ。

 やっと見付けた『親友』を他の誰かに取られてしまうのが、酷く悲しくて寂しい。
 しかもその相手が自分が嫌いな人間だなんて許せない。

 何て子供染みた感情。
 何て醜い独占欲。

 きっと、もしかしたら相手が白馬でなくても同じなのかもしれない。
 相手が白馬だから余計に理由がつく様な気がしてしまっただけかもしれない。
 きっと誰であっても同じだった筈。


 ジブンヨリカレノソバニイラレルニンゲンガイルナンテユルセナイ


 余りにも身勝手な感情に、酔いではない何かで頭がくらくらする。


 恐らく無意識下で自分はこの感情に気付いていたのだろう。
 だから早く彼と彼の幼馴染をくっつけようとした。
 他の誰かが彼の心の中に入ってしまう前に。

 彼女と彼が付き合ったなら、自分は彼の『親友』として一番近くには居られる事を分っていたのだ。
 彼の幼馴染ならば、彼に似ている自分を無下には出来ないであろう事も予測範囲内だった。
 彼女なら彼が付き合ったとしても、今までの自分との関係は変わらないだろう事も分っていた。

 だから、これからも彼の傍で自分の居場所を持てると思っていた。



「ああ、俺って…こんなに我が侭だったんだなぁ……」



 物分りの良い人間だと思っていた。
 物分りの良過ぎる人間だと思っていた。

 執着心なんて全然なくて。
 誰がどうしたって全然自分には関係ないと思っていたのに…。


 初めて見せた執着がこんなにも醜いものだったなんて……。



「新一…」



 口に出して彼の名を呼べば、何だか酷く甘く響く。
 きっと今まで呼んできた恋人と言われる人間の誰の名よりも甘く。

 自分の中の醜いモノを。
 彼への甘い想いを。


 自覚したら我慢なんて出来る筈無かった。
 傍に居たいと思ってしまった。

 だって自分は『子供』だ。

 欲しいモノは欲しい。
 我慢なんて出来る訳がない。

 だから……。



「悪いけど、まだ離れてやれない……」



 『親友』相手には余りにも我が侭な自分の本音に嫌気が差して、快斗はただ静かに瞳を閉じた。






























to be continue….



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