平和(…)に過ぎていく大学生活
その一日一日は楽しくても
時々嵐が吹く時もある
片想い【2】
「あー…今日もだるかったなー」
「…てめえは寝てただけだろーがι」
今日最後の授業も終わり、生徒も皆出て行ってしまった後漸くしてから、んーっとおもいっきり伸びをして起きた快斗を横目に新一は呆れた様にそう呟いた。
今日は新一は二限からだったが、快斗の方は一限から授業があったので、確かに朝も早かったし、眠いのは分かるのだが―――。
「しょうがねえだろ。俺は昨日遅かったんだから」
「…お前、俺を目の前にして堂々とそういう事言うな」
「いーだろ。俺としては誰かさんが来てくれなかった所為でそりゃもう、ものすごーく消化不良だったんだから」
「だから、それは悪かったって朝から言ってんだろうが!」
「どーせ俺の現場なんて推理小説より面白くないですけどねー」
「うっ……」
嫌味以外の何物でもない快斗の発言に新一は言葉に詰まった。
昨日は、彼の裏の顔である白い怪盗の予告日で。
態々ご丁寧に警察宛とは別に自分にも予告状が届けられていて。
昨日は殺人事件もなかったから、新一が来てくれる事を期待していたらしい。
この横に居る友人は。
しかしながら―――。
「でもさ、ふつーそんな大事な時間忘れる? 幾ら小説が面白いからってさ…」
「しゃーねえだろ! 昨日発売だったやつは…」
「工藤が大好きで大好きでしょうがないホームズのパスティーシュだったんだろ?」
「あ、ああ…」
「で、そのパスティッシュの中でも良い物もあれば頂けない物もあって、昨日発売されたパスティッシュの作者は工藤のお気に入りで…だから、しょうがなかったんだよなぁ?」
「あ、ああ……」
にこやかーに。
そりゃもう、凶悪なぐらいにこやかーな笑顔でそう言われて。
新一も引きつった笑顔で頷いた。
そう、そうなのだ。
昨日は新一の大好きな大好きなホームズのパスティーシュの発売日で。
パスティーシュではあるから、ドイルが書いたホームズの正典には及ばないまでもこれが結構いい出来で。
面白かったのだ。結構というか、かなり。
昨日は事件の要請もなかったし。
キッドの予告時間まで暇を持て余していたからすっかり読み耽ってしまって……。
時間を忘れて読み耽り、満足して本を閉じ時計を確認すると…時刻は既に深夜の二時を回っていた。
ちなみに……キッドの予告時間はその時点ではもう前日になってしまった午後十一時だった訳で―――。
「ったく、愛が足りねえよな…愛が」
「何が愛だ」
「えー。そりゃ勿論、工藤から俺…つーか、まあもう一人の俺?への愛だってv」
「……勝手に言ってろ」
むーっと口を尖らせて冗談にもならない冗談を言って下さった友人からぷいっと視線を逸らして。
呆れた様に冷たく言った言葉はあくまでも見せ掛けで。
新一は内心で激しく、そりゃもう激しく焦っていた。
(愛が足りねえとか言うなよ! 俺はお前の事っ……!)
あーもう、この鈍感男!!
そう叫んでやりたいのを新一は必死に抑えていた。
言いたい事をおもいっきり堪えた為、こめかみには多分青筋が浮かんでいたと思うけど、快斗は全く気付かなかった様でのほほーんと口を開いた。
「ま、いいけどね。昨日は白馬来てくれたからそれなりに楽しかったし」
「…やっぱり白馬行ったのか?」
「ああ。アイツも昨日は結構頑張ってたぜ? なんつーか…最近アイツ熱入ってんだよなー。何かあったのかな?」
「さあな。でもお前、そんなに調子に乗ってるといつか足元掬われるぞ?」
「どーぞどーぞ。掬えるものなら掬ってみろってもんだし♪」
「……救えない奴」
「あ、ひでー! 工藤は俺が捕まってもいいのかよ!!」
「いや、それは困る」
「だろ? やっぱ持つべきものは友達…」
「お前は俺が捕まえるって決めてるからな」
「って、工藤ー! お前もかよ!!」
あーもう、白馬といいお前といい…、なんて言いながらがっくりと机に突っ伏した快斗の頭をぽんっと叩いて新一は荷物を持って席を立った。
「ほら、帰るぞ」
「あー! 待てよ工藤!」
「やなこった」
「って、マジで置いてくな!」
慌てて荷物を引っつかんで新一を追いかけてきた快斗は、教室の入り口で急に立ち止まった新一の背におもいっきりぼんっとぶつかった。
「ちょっ、工藤! 何で急に止まっ……」
「……服部……」
「よっ、久しぶりやな。工藤」
新一の目の前に突然現れたのは……紛れもなく『服部平次』だった。
「あ、ああ…ホント久しぶりだな…」
とりあえず、平次を見詰めたまま教室の入り口に突っ立ったままだった新一を快斗は不審に思いながらも横から軽く小突くと新一は我に返り、とりあえず平次にそう挨拶をして二、三言話した後とりあえず彼を家に招く事にした。
そして何故か、快斗も。
久しぶりなのだから二人で話でもすればいいのに…と言った快斗に「人数は多い方が楽しいだろ」と普段余り大人数を好まない新一らしくもない反応をされて。
その事に疑問を覚えた快斗ではあったけれど、とりあえずは一緒に行く事にして。
何だか微妙な空気のままで工藤邸にお邪魔してリビングのソファーに座って仲良くお話しようとしてみたのだが…。
「……なあ、工藤……」
「あ、悪い。黒羽は初めて……会うんだよな?」
「ああ」
いかんせん、紹介すらされていない相手とはそれはちょっと難しかった(爆)
躊躇いがちに呼ばれた名にやっと新一はその事に気付いて、わたわたと平次を快斗に紹介した。
「えっと、コイツは同じ探偵仲間で……大阪に住んでる……」
「服部平次や。宜しゅうな」
「ああ、確か西の名探偵って呼ばれてる…。色々事件解決してるんだろ! 凄いな!」
「いや、それ程でも…」
「いやいや、凄いって! いいね、工藤とは探偵仲間って奴か。
あ、俺も自己紹介しないとね。俺は工藤と同じ大学に通ってる黒羽快斗。まあ、学科は違うんだけどね。とりあえず宜しく♪」
本当は色んな意味(…)では初めてではないのだが…とりあえず『黒羽快斗』として会うのは初めてなので、快斗はにこやかに平次に挨拶をした。
ちなみに、若干お世辞(…)混じりなのは一応色々ご迷惑を掛けた(…)せめてもの償いか。
まあ、幸か不幸か全くもって気付かれていないのが救いだが。
「あ、何や。学科ちゃうんか?」
「うん。工藤は法科。俺は薬科。あ、同じ探偵だったら白馬とももしかして知り合い?」
「ああ」
「そうなんだ。俺白馬とは高校のクラスメイトでさ。で、その白馬は心理学」
「白馬も東都やったなんて意外やな…」
「俺もそう思ったんだよね。白馬の事だからどっか私立でも行くのか、もしくは留学かって思ったんだけど…」
何だか普通に会話している快斗と平次に新一はホッとして。
とりあえずは色々ばれていない様なので(…)そのままにして、自分は珈琲を淹れる為に席を立った。
「工藤?」
「俺、珈琲淹れて来るわ」
「そないに気使わんでも…」
「来客なんだからそれぐらいさせろよ」
「悪いな」
「いや…別に……」
小さくそう言って、快斗と平次に背を向けそそくさとキッチンへ行ってしまった新一に快斗は今日始めて平次に会った時の新一の表情を思い出して怪訝そうな顔を浮かべた。
あの時は、平次がいきなり大阪からやって来て新一がビックリしたのだろうと思った。
けれどあの時、新一は驚き以外の表情を顔に浮かべてはいなかっただろうか。
じっと横の平次を見詰めれば、その視線に気付いたのか平次からは苦笑が返って来た。
「俺の顔に何や付いとるか?」
「いや、そうじゃなくて…」
「工藤の様子がいつもと違う、か…?」
「!?」
いきなり自分が考えていた事を寸分違わず言われ快斗のお得意のポーカーフェイスも一瞬剥がれ落ちた。
それに平次は笑ってみせる。
「勘、ええんやな」
「いや…そんな事…」
「工藤とは…いつも一緒に居るんか?」
「ま、まあ…それなりに…」
「そうか…」
何だか酷く寂しそうにそう呟かれて。
快斗としても、この熱血探偵とはそこまで関わった事が多い訳ではないけれど、それでもこういう直情的なタイプは嫌いじゃないから。
だから少し心配になって、平次の顔を覗き込んだ。
「何か、あったのか…?」
「いや…」
「言いたくないならいいんだ。でも、さ…工藤も…服部さんも、何か…」
「服部でええよ。同い年やろ?」
「あ、うん…」
「オレも黒羽でええか?」
「うん。その方が気楽でいい」
とっつき易い性格なのかもしれない。
ふとそんな風に思った。
前にまだ新一が小さくなっていた頃、白馬の振り(…)をして一緒に捜査をした事があった。
あの時も感じた事だが、この色黒(…)探偵は結構面白い奴だと思う。
もしかして、出会う場所とかタイミングとかが違えば親友と呼べる間柄になれたかもしれない、なんてありもしない可能性まで浮かぶぐらい。
「じゃあ、服部って呼ばせてもらうな。で、服部と工藤は…」
「……まあ、話せば長くなるんやけど……」
新一が珈琲を淹れに行ったなら少し時間が掛かるのは分かっていた。
珈琲好きの彼がまさかインスタントで済ます筈がないから。
だから、快斗は平次の言葉に別に構わないと頷いた。
「……オレ、工藤に告白したんや」
「!?」
しかしながら、結局大して時間は掛からなかった。
というか―――余りにも単刀直入過ぎてポーカーフェイスが売りの快斗ですら思わず目を見開いて固まってしまった程に端的だった。
「……服部って…その……」
「あ、いや、オレは別に男が好きな訳やないで?」
「あ、そうなんだ…」
その発言にホッとするやら何やら。
とりあえず、安堵して快斗はその先を促す様に言葉を紡いだ。
「でも、だったら何で工藤に?」
「…自分でもよう分からへんのや。唯、性別とかそういうん抜きで工藤には惚れてしもうてな……」
「そっか…」
良くは分からなかったけれど、そういう事もあるのかもしれない。
ふむふむと何やら納得しながら聞いていれば今度は平次が快斗に質問を投げかけてきた。
「黒羽は工藤の事どう思うとるんや?」
「え? 俺? 俺は別に…」
「別に言うと…?」
「あー…んー、良き友人であり、ライバルってとこかな?」
「そうか…」
友人は良いとして、ライバルはまあ裏の顔の部分に掛かるのであるが…。
それは別に特に言わなくてもいい事だと思うので伏せておく。
快斗の答えにふむっと何やら考え込んでしまった平次に快斗は首を傾げた。
「どうかしたのか?」
「いや、何でもないんやけど…」
「ん? でも、何か気になってそうだけど?」
「いやな、オレ……工藤に振られたんや」
「………」
全くもって直球だ。
非常に直球だ。
分かり易くて大変有難くもあるのだが、聞いてしまって良かったのだろうかと大してありもしない良心がちょこっとだけ痛む。
でもこれで分かった。
平次に会った瞬間の新一の態度も。
ギクシャクしていた二人の態度も。
「…何でそんな事俺に?」
「そん時言われたんや、工藤に。『俺には好きな奴が居るから』ってな」
「あー…蘭ちゃんでしょ?」
「オレも最初はそう思ったんやけど…工藤にそれ聞いたら違う言われてな」
「違う…?」
新一の好きな人。
それは絶対に、そりゃもう絶対絶対に彼女――毛利蘭――だと思っていた。
それを否定され、快斗は本日二度目のフリーズを起こした。
「違うって…どういう事だよ」
「どういう事も何も…そういう事やろ?」
「いや、そういう事って…;」
言われた言葉に何だかがっくりときて。
快斗は頭の中で新一の交友関係を考えてみる。
新一と仲の良さそうな女の子、といえば幼馴染の彼女ぐらいで。
後は―――。
「もしかして…志保ちゃん?」
「いや、それはないやろ…;」
「だよね…;」
行き当たった可能性を思わず口に出して言ってはみたが、それが有り得ない可能性なのは二人とも分かっていた。
彼女は何ていうかその…違うのだ。
恋愛対象とかそういうモノではなくて…。
「まあ、志保ちゃんは…工藤にとっては家族みたいなもんだろうしね…」
「ああ」
「じゃあ、一体誰だ…?」
他に新一と交友のありそうな女の子なんて居ただろうか。
考えて快斗は首を捻ってしまう。
高校からの関係で考えると後は園子嬢ぐらいだろうが、きっとない。
というか、ない。絶対に。
後は…彼が小さくなっていた頃に関わっていたあの少年探偵団の中の女の子ぐらいだが……。
(流石にそれは犯罪;)
可能性としてはそれも有り得そうになかった。
「オレの個人的意見なんやけど…」
うんうんと、快斗が興味津々に聞こうと耳を傾けた所で…。
「何の話ししてたんだ?」
「「!?」」
当の本人が漸く珈琲入りのマグカップを三つトレーの上に乗せて帰って来た。
「い、いや、何でもないんや!」
「そ、そうそう!」
「……?」
わたわたと慌てる快斗と平次を新一は首を傾げて見詰めて。
とりあえずは、まあいいか…と思ったらしくマグカップを快斗と平次に差し出してくれた。
「さんきゅー♪」
「ありがとな」
「ん」
近かった方のマグカップを受け取ろうとした平次を、新一が止めた。
「あ、わりぃ服部。こっちは黒羽のだ」
「…? 同じやないんか」
「ああ。コイツ異常に甘党でな」
「異常って言うなよ!!」
平次が態々渡してくれたマグカップを受け取りながら快斗は恥ずかしそうに怒鳴った。
そんな快斗に平次は益々不思議そうな顔を浮かべた。
「異常…なんか?」
「そうなんだよ。コイツさ…珈琲に砂糖五杯入れた上にミルクまで入れるんだぜ? それはもう珈琲じゃない。珈琲もどきだ」
「もどきって言うな! 大体こんな苦い物体ブラックで飲む方が異常だ!!」
「るせー。お子様は黙ってろよ」
「お子様って言うなー!!」
「ま…どっちもどっちで極論なんやろうな…」
べたべたに甘いのが好きな快斗と。
何も入れない苦いのが好きな新一と。
とりあえず自分は中間地点を取る事にして、平次はマグカップの中の黒い液体を啜った。
「おい服部! お前一人だけ暢気に飲んでんじゃねえ!」
「ええやろ? オレは珈琲にはとりあえず砂糖一杯と、ミルク少量や。間なんやから巻き込まれる必要ないやん」
「服部って結構マイペースなんだな…」
ゴーイングマイウェイは新一の専売特許だと思っていたのだがそうでもないらしい。
白馬もある意味そうだから、探偵という奴は皆そうなのかもしれないな…なんて事を快斗は思いながら平次を見つめていた。
「そうか? 工藤には負けるで?」
「ああ、工藤は別格。だって女王様だもん」
「せやな」
「おい、そこ! 納得すんな!!」
べしべしと平次を叩く新一に笑いながら、快斗はほんの少しだけ安堵していた。
(なんだ、普通に喋れんじゃん)
自分が居なくてもこの分なら大丈夫かもしれない。
きっと平次が態々大阪からやって来たのは新一に何か用事があっての事だろう。
だとしたら、自分が居たらきっと邪魔になる。
これは早々にお暇した方がいいだろう。
そんな風に思って、快斗はチラッと腕時計に目を落とした。
流石は探偵二人。
快斗のそんな動作が目に入ったらしくそろって快斗の方を向いてくれた。
「どうかしたのか?」
「あ、わりぃ工藤。俺これからちょっと用事あんだよ」
「は…? お前そんな事言ってたっけか…?」
「さっき思い出したの。だから悪いけど今日はそろそろ帰るわ。珈琲ごちそうさん♪」
「あ、ああ…」
にっこり笑って。
散々「もどき、もどき」といわれた自分用の珈琲を飲み干して、快斗はソファーから立ち上がった。
「もう帰るんか?」
「うん。折角知り合えたのにごめんねー。また今度ゆっくり話でもしような♪」
「せやな…」
「じゃあ工藤、また明日な。服部もごゆっくり」
それだけ言って、にっこりと快斗はその場を後にした。
「何や、気ぃ使わせてしもうたみたいやな…」
「……アイツと何の話してたんだよ」
快斗の背中を見送って暫くの沈黙の後、口を開いた平次に新一は鋭い視線を向けた。
「工藤に…好きな人が居るっちゅう話をしてたんや」
「なっ…! お、お前人の居ない間に何話して…」
「黒羽、なんやろ…?」
「っ……!」
いきなり突かれた核心に目を見開いて新一は心情を露にしてしまった。
気づいた時は遅かった。
その態度自体がそうだと言ってしまった様なものだったから。
「やっぱり、そうか…」
「…アイツには絶対言うな」
「何でや? 好きな人には自分の気持ち知って欲しい思うもんやろ?」
「……皆が皆そうだと思うなよ」
まるで当然の事の様にさらりと言われた言葉に新一は噛み付いた。
それに平次は不思議そうな顔を浮かべる。
「工藤は違うんか?」
「…俺は、アイツとの友人関係を崩す勇気はない」
「工藤…」
「なあ、服部。お前一体何しに来たんだ? 俺に告白するのを促しに来た訳じゃねえんだろ?」
「………」
新一が厳しい目で平次を見詰めれば二人の間に沈黙が落ちた。
お互いがお互いを見詰めたまま、口を開く訳でもなく視線を逸らす訳でもなく。
息が止まる様な重い重い沈黙を保ったままの平次に焦れた様に新一が先に口を開いた。
「…用がないなら帰れよ」
「工藤…」
「頼むから帰っ…!」
言いかけて、新一は一瞬の衝撃に目を見開いた。
暖かな温もりと。
背に回された手。
それを意識してから漸く自分が平次の腕の中に抱きこまれているのだと気づいた。
「な、何すんだよっ…!」
「工藤。オレならお前を幸せにしてやれる」
「服、部…」
「工藤が幼馴染のあの嬢ちゃんの事を好きなら諦めようとも思えた。
男女のまともな恋愛を工藤がしとるんなら諦める事も出来た。
せやけど、工藤が好きなのはあの黒羽なんやろ…? 同じ男や。諦めきれへん…」
「止めてくれ! 離せよっ…俺はっ…!」
「黒羽は気づいてないんやろ? 工藤があの嬢ちゃんの事を好きなんやと思うてたみたいやし…。
それなら…そんな報われない片想い続けて何になるんや」
「っ……!」
言われた言葉は確実に新一の胸に突き刺さった。
確かにそうだ。
彼は自他共に認める女好きで。
だから、自分のこの想いはあくまでも報われない片想いだ。
そんなもの分かっている。
そんなこと言われなくたって分かっている。
認めたくない現実と、悲鳴を上げ続ける心を押さえつけながらここまで来たというのに…。
「工藤が黒羽の事を好きならそれでもええ。それでもええから…俺の傍に居て欲しいんや」
「…そんなの出来る訳ないだろ…。他の奴を想ってるのにお前と付き合うなんて…」
「オレがええって言ってるんやから、ええやんか。オレはそれでも…工藤が欲しいんや」
「………」
もしも、もしもだ。
平次と付き合ったとして…彼の事だから自分を本当に大切にしてくれるだろうと思う。
しかも、快斗の事を好きな事を知っていてなお付き合ってくれるなんて傍から見れば非常に寛大なのだろう。
それは『友人』の仮面を被り続けて、報われない片想いを続け、疲弊しきった心には酷く甘美な誘惑だった。
けれど、新一は平次の申し出に首を振った。
「出来ない」
「工藤…!」
「俺が…俺が好きなのは……黒羽なんだ」
「だからそれは分かって…」
「どれだけ辛くても、どれだけ苦しくても…俺が想ってるのは黒羽なんだ。傍に居たいのも…アイツだけなんだ……」
「…工藤……」
新一の口から吐露される快斗への想い。
それは決して本人には言えない想いではあるけれど、本当に辛くて辛くて苦しい想いだけど、何故か何処か温かく感じられた。
「俺にはさ…駄目なんだよ。
好きな奴が居るのに他の奴と付き合うなんて器用な事は出来ないんだ…。それに……」
「…それに…?」
「お前の事は、さ……友人として、大事だと思ってるから…。だから尚更そんな事出来ねえよ…」
「工、藤……」
小さく自嘲気味に笑って紡がれた言葉に平次はそれ以上の言葉を失った。
告白して。
振られて。
こんな強引な申し出をして。
本当ならもう会いたくないと拒絶されてもおかしくない状況下で彼は自分をそれでも『友人』だと言ってくれた。
それは酷く嬉しくて、残酷な優しさだった。
「だから、お前とは…これからも友人で居たい」
「………」
「酷だとは思ってるよ。お前の気持ちに応えられないのにさ、友人では居たいなんて…ホント、俺は狡いんだと思う。
それでも俺は…親友だと思えるお前を失いたくはないんだ」
「……そこまで思うてくれてたんか……」
新一の言葉に平次はしみじみとその重みを噛み締める様に呟いて、漸く新一を腕の中から解放した。
「悪かったな。工藤。さっきの話は忘れてくれ。それから…工藤」
「…何だ?」
真っ直ぐ平次の澄んだ瞳が新一を見詰め、口元には柔らかい笑みが浮かべられた。
そして、差し出されたのは…右手。
「これからも……親友としてよろしゅうな」
「…いいのか?」
「断る理由なんかないやろ?」
「…ありがとな……。これからも…よろしく」
その柔らかい笑みに新一も穏やかな笑みを返して、固くその右手を握った。
to be continue….