自分がどうしたいか知っている
自分がどうすべきか知っている
何があっても友達だと
言ったのは自分
告げたのは自分
だからその約束は
果たされなければならない…
片想い【18】
「はぁ…」
買い物を済ませ、本当は軽い癖にやけに重く感じる紙袋を二つ手に持って、快斗は駅前のベンチで溜息を吐いた。
時刻はまだ午後三時。
飲みに行くにしても、まだまだ時間が早過ぎる。
かといって、他に用事らしい用事もない。
ぼおっと青い空を見詰める。
雲一つない快晴、とはいかないが結構な青空だ。
ああ、何だか……。
「アイツの瞳の色みたいだ…」
小さく口の中で呟いた言葉に、また苦笑が浮かぶ。
本当に、何なのだろう。
今日の自分は。
朝起きてから、いや、昨日帰ってくる時からずっと。
彼の事が頭から一時たりとも離れてくれない。
友人だから。
親友だから。
大切に思うのは決して不思議ではない。
でもなんだかこれは―――。
(何か……恋愛でもしてる気分だ)
男相手に何て事を思ってるのかと、自分でも笑ってしまう。
でも、こんな風に誰かの事をずっとずっと思う事なんてなかった気がする。
それこそ、誰かと付き合っている時でさえ。
(俺も重症だねぇ…;)
幾ら親友が自分が嫌いな人間の事が好きだと言った程度でこの有様。
全く情けない事この上ない。
きっと先代は草場の影から嘆いている事だろう。
本当に…情けない。
(明日学校に行ったら、とりあえず借りた洋服返して、これ渡して、それから……)
そう。
あくまでも普段通りに。
何も変わらない様に。
今まで通りの友人で。
けれど、今までとは違う距離感で。
きっと自分は上手くやれる。
きっと自分は上手くやる。
「よし、行くか」
明日の行動を思い描いて、何とか気力を振り絞って立ち上がる。
とりあえず夕方までの時間を潰すべく、近くのショッピングモールへと向かった。
「はぁ……」
痛む目を保冷剤をタオルで包んだ物で冷やしながら溜息を吐く。
どれぐらい泣いていたのだろう。
余りにも痛む目に、余りにも熱くなった目元に、焦って冷やし始めたのはついさっき。
幾ら今日が日曜で休みとは言え、明日は学校がある。
流石にこのまま放っておいたら明日きっと正に目も当てられない状態になっている事は必死。
そんな事意地でも避けなければならなかった。
(明日休みてえなぁ…)
ひんやりとした感触に少しだけ落ち着きを取り戻しながら、そんな事を思う。
けれど、そんな事が出来ないのは十二分に分っていた。
彼に昨日あんな話をして。
自分が明日学校に行かなかったら、彼は激しく気にするだろう。
努めていつも通りに。
努めて平静を装わなければならない。
一番重要なのは……明日だ。
明日泣いてしまう訳にはいかない。
明日はいつも通り笑っていなければならない。
だから、だから今は―――。
「っ……」
明日泣いてしまわない為に、今だけはもう少しだけ泣いておく事にした。
(すげーよなぁ…。ホント今時は何でも買えるからなぁ…)
近くのショッピングモールの中に入っている東急○ンズのマジックグッズコーナーで一つの小さな箱を手に取り、快斗は感心していた。
某マジック芸人ではないが、ある程度のマジックならこうした物で今は素人でもそれなりに出来てしまう。
全く、便利な世の中になったものだ。
その小さな箱を元あった場所に戻し、そして近くにあった物の一つに目を留めた。
視線の先に留まったのは、マジック用の羽花。
作りモノであるソレに目を留めて、口元が上がる。
(そういや昔言われたなぁ…)
むかしむかし。
まだかの名探偵が小さな名探偵だった頃。
何度目かの邂逅の夜、折角来てくれた名探偵に跪いて薔薇を差し出した時、呆れ混じりに、でも少しだけ照れた様な顔で言われた。
『お前がくれるのは造花じゃなくていつも生花だよな』
言われた瞬間は、額面通りの意味にしか捉えていなくて。
どうして彼がそんな顔をしたのかよく分らなかったけれど、数秒後彼が本当は何を言いたいのか分って。
それを理解した後は、何だか気恥ずかしくなってキッドも少しはにかんだ様な笑みが出てしまった。
つまり、多少は認めて貰えたと言う事で…。
(あれから余計に凝る様になっちゃったんだよなぁ…ι)
今まではお世話になっているお花屋さんに頼んでいたりしたのだが、それでは何だか芸がない気がしてしまって。
だから最近では普通に栽培するのはもとより、品種改良までしてしまう始末で。
目下チャレンジしているのは、青色遺伝子を組み込んで品種改良を重ねている『青いバラ』だ。
世界中のバラ愛好家の中で夢とされていた『青いバラ』は『不可能』の代名詞ともされている。
でも厳密に言えば今はもう『不可能』ではない。
サント○ーフラワーズが生み出した『ムーンダスト』と呼ばれる青いカーネーション。
そして、その技術を生かして同社が生み出した『青いバラ』
それが存在する今、『青いバラ』自体は、もう『不可能』ではない。
けれど、その青いバラは青色色素を持ってこそいるが自体の見た目の色は未だ青紫色。
だからこそ、色素も見た目も真っ青の本当の青いバラを作るのが、今の快斗の目下の課題だ。
勿論、出来上がった暁にはきっかけを作ってくれた名探偵に一番にプレゼントする予定だったのだが―――。
(それも考え直さなきゃな…)
思い出したくない事まで思い出して、本日何度目か分らない溜息を快斗は小さく吐いた。
もうきっと、特別な事をしてはいけない。
何たって彼には想い人が居る。
その相手は、キッドとしても、ある意味切っても切れない仲な人間な訳で……。
(そんなの見られちゃった日には、名探偵もいい気はしないだろうしな…)
男に薔薇なんぞ渡されているのを、想い人に見られては良い気はしないだろう。
幾ら最後の最後まで追いついて来られるのが名探偵だけとは言え、何処でどう彼に目撃されるかなんて分ったもんじゃない。
だとしたら、紛らわしい行動は少しでも慎むべきだろう。
「はぁ……」
今日は溜息の大安売りだ、なんてくだらない事を考えながら、快斗は再び重い溜息を吐いた。
「どうすっかなぁ…」
冷やしていた保冷剤を傍らに置き、手近にあった履修ガイドを引き寄せる。
後期のカリキュラム表を見詰めて、眉を寄せる。
昨日快斗にああ言ってしまった手前、白馬と同じ授業を多めに取らなくては不自然だろう。
それよりも…。
「多分アイツ、合わない様に組むんだろうなぁ…」
自分が予想している通りの結果になるだろう。
きっと快斗は新一にこう言う筈だ。
『アイツと工藤の邪魔しちゃ悪いから、俺は別の時間に取るよ』
確実に言われるであろう言葉を頭の中で思い浮かべて、頭が痛くなる。
これは違う事無く近い将来言われる言葉だ。
もうここは……腹を括るしかない。
そう決意すると、新一は机の上に置いたままだった携帯を手に取り、目指す人物の名を電話帳から探し出す。
さして時間もかからずにその名前を探し出すと、意を決して通話ボタンを押した。
RRRRR……RRRRR……
無機質な機械音が何度かなった後、
『ただいま電話に出る事が出来ません。発信音の後に……』
続く声を聞かずに新一は電話を切った。
相手も相手だから繋がらない事を予想はしていたが、それでも些か落胆している自分に自嘲的な笑みが浮かぶ。
彼ならば、今この状態の新一の話を聞いてくれるのは分っていた。
きっとあの丁寧な口調で、慰めの一つも言ってくれるだろう事も。
そして、きっとこう言ってくれる筈だ。
『大丈夫。君の判断は間違っていませんよ』
彼の言葉を想像して、ああそうか…と一人納得する。
そう、今自分は肯定して欲しいのだ。
自分の判断は間違いではなかった。
それが一番最善策だったのだと。
馬鹿馬鹿しいと思う。
余りに子供染みていると思う。
それでも、今は誰かにそう言って貰わなければこのぐちゃぐちゃとした気持ちと思考が落ち着かない気がした。
繋がらなかった電話をソファーの端へ放り投げる。
皮張りのソファーは適度な反発でそれを少しだけ跳ねさせて、静かにそれを受け止める。
ぼおっとそれを見詰めながら、背凭れへ体重をかける。
瞳を閉じて、大きく一つ伸びをする。
脱力した両手を身体の横に力無く落とし、ゆっくりと瞳を開ける。
行儀悪くもソファーテーブルの上へ足を投げ出し、緩慢な動作で右足を左足の上に乗せ頭の後ろで手を組む。
そうしてゆっくりと瞳を再び閉じようとした所で…、
RRRRR……RRRRR……
けたたましく鳴り響いた着信音に慌てて携帯を手に取った。
「もしもし」
『もしもし、工藤君ですか?』
律義に確認してくれた白馬の普段と変わらない優しい声に、酷く涙を誘われる。
「は、くば……」
何とか絞り出した声は……酷く弱々しい物になってしまった。
to be continue….