語る言葉は『偽り』
 でもそれは、彼にとって『真実』

 そう見えなければいけない
 そうでなければならない


 だってそれが…


 ―――自分を守る全て










片想い【16】











「………………………………は?」




 所要時間47秒。
 流石は怪盗。
 意外に早い。

 いやいや、今はそんな事に感心している場合ではない。



「だから……俺、『白馬の事が好きみたいだ』、つってんだよ」
「まあ、別に友達として好きなのは俺がどうこう言う事じゃ…」
「そういう意味じゃねねえよ。お前さっき言っただろ? 『恋愛相談に乗ってやる』って」
「……………」


 極力ぶっきらぼうに。
 極力普段通りに。
 けれど、再度念押しの様に続けた言葉に、それこそ目を見開いてフォークを持ったまま固まった快斗をじっと新一は真顔で見詰める。

 それが嘘だとばれてしまわない為に。
 それが真実だと思って貰える様に。


「………なあ、新一」
「あ?」
「……俺の事、からかってんの?」


 スッと細められた快斗の眼に、流石に新一の背筋にもゾクッと冷たい物が走る。
 それでも、この小芝居を止める事は新一には出来なかった。


「からかってなんてねえよ」
「だったら…」
「だから、さっきお前が言ったんだろ? 『恋愛相談ならいつでもしろよ。俺が幾らだって乗ってやるから』って」
「いや、それはそうだけど……」


 そうは言っても、流石にコレは予想外だったのだろう。
 口籠った快斗を新一はただじっと見詰める。


「だから、相談に乗れって言ってんだよ」
「………」


 新一の真面目な声色にそれが真実だと思ったのか、快斗は持っていたフォークを皿に置くと、手を口元にあて、椅子の背凭れに少しだけ背中を預け視線を上に向けると天井を仰いだ。
 ゆっくりと閉じられた瞼に新一はこくりと小さく唾を飲み込む。

 これは賭けだ。
 自分を守る為の賭け。


「………本気、なのか?」



 瞳を閉じたまま尋ねられた言葉に、新一は静かに頷く。



「ああ」



 快斗の肩が小さく上下して、溜息と共に吐き出された何かに、柄にもなく新一の足が少しだけ震える。
 けれど、それを机の下で手を握りこむことで押さえる。

 何もかも、これで上手くいく。
 そう…信じて。



「………」
「………」



 一秒が一分にも、一時間にも感じられて新一が耐えきれずに口を開こうとした時…、




「そうか…」




 身体を起こした快斗の瞳が開かれ、瞳の藍が静かに新一を捉えた。

 真っ直ぐで。
 それでいて、色のない冷たい藍。

 寒気がした。
 けれど、ゾクッとする程、冷たくて美しい藍。



「新一、もう一度だけ聞く。本気なんだな?」
「ああ」



 じっと快斗の瞳を見詰めたまま、新一は偽りの真実を吐き出す。
 今願うのはこの嘘が彼にばれてしまわない事だけ。

 真実が――彼に見抜かれてしまわない事だけ。



「……分った」



 静かに告げた快斗の表情は、いつになく硬く強張ったものだった。
 けれど、それも一瞬。
 次の瞬間には、いつもの彼の笑い顔に戻っていた。


「何だよ、だったらもっと早く言ってくれりゃ良かったのに。新一ってば、水臭いなー」


 紡がれる言葉も。
 その笑顔も。

 いつもと同じ様に見える。
 けれど、彼を見詰め続けていた新一には分る。



 ―――それは、彼の鉄壁のポーカーフェイスの上に張り付けられた作られた笑み。




「そっか。それで後期の授業も白馬の意見聞いてから、って言ってたんだな」
「あ、ああ…」
「なんだよ、それならあん時言えば良かっただろ?」


 張り付けた笑みのまま、快斗はそう言って笑う。
 その瞬間に新一は悟った。


 コレが―――ベストな選択ではなかったのだという事を。


 けれどもう、新一に後戻りは出来なかった。
 だから、新一も……なけなしの気力でポーカーフェイスを張り付けるしかない。


「だって、普通……言えないだろ」
「まあ、それもそうか」


 握りこんだ手が急速に冷えていくのを感じる。
 頭のてっぺんから足の先まで、急速に凍りついていくのを感じる。


「まあ、だったら……」


 聞くな、と頭が警告を鳴らすのが分った。
 それでもその先の言葉を拒否する事など新一に出来る筈がなかった。




「俺があんまり工藤にベタベタし過ぎるのも……良くないよな?」








































 あの後、快斗と何をどう話して、自分がどうやって家まで辿り着いたのかよく覚えていない。

 正直あの時、自分が何をどう失敗したのか分らない。
 彼がどうしてあんな風にポーカーフェイスを張り付けたのかも。

 分るのは……完全な拒絶と、自分が間違いを犯したという事だけ。



『俺があんまり工藤にベタベタし過ぎるのも……良くないよな?』



 彼が言ったあの言葉は、疑問ではなく断定だった。
 新一の答えなど関係ない。
 そう、彼から望んだ呼び方を―――元に戻したのはそれをよく物語っていた。



「っ……」



 ソファーに横たわり、手の甲で瞳を覆う。
 零れそうになる物を堪え切る事が出来なくて、溢れて流れていった涙は頬を伝い後から後から零れ落ちる。


 分っていた。
 ただ自分は逃げたかっただけだ。

 彼への気持ちから。
 彼への想いから。

 逃げて。
 逃げて。

 ただ楽になりたかっただけ。


 でもそれは、淡い期待があったから。
 彼ならきっと笑って『友達』を続けてくれると信じていたから。

 だから、だから―――。



「全部、言い訳だな……」



 そう、分っていた。
 きっとこうなるという可能性も考えれば本当は思いついた筈だ。

 なのに自分は、彼ならば『友達』で居てくれるだろうと勝手に期待して、逃げた。
 本当は自分が背負わなければいけない苦しみを、他に転嫁して逃げただけ。
 ただ、それだけ―――。




「ああ、こんな事なら―――」




 どうせ後悔をするのなら。
 どうせこんな苦しい想いをするのなら。

 どうせあんな冷たい瞳をされるなら。



 ―――彼に本当の想いを伝えてしまえば良かった………。








































 あれから自分はちゃんと話せていただろうか。
 あれから自分はちゃんと笑えていただろうか。
 正直、何をどう話して、どんな表情を自分が浮かべていたのか分らない。

 新一と別れ、帰り道を歩きながら、快斗はぼおっとそんな事を考える。


 こんな気持ちのまま実家に帰る気には到底なれなくて。
 今歩いているのは自分の隠れ家へ向かう道。

 真っ暗な道を、ぽつんぽつんとある街頭さえ避けて、暗い道を選ぶ様に歩く。

 ふと、空にある筈の自分の守護星を見上げ、そして溜息を吐く。
 曇り空の今宵は、快斗の憂いを晴らしてくれるであろう守護星さえ見えない。
 それに余計に心が沈む。


(俺が……言ったんだけどね……)


 そう、自分が言った筈だ。
 『相談なら幾らでも乗ってやる』と。

 だから彼は悪くない。
 何も、悪くない。
 なのに―――。


(だからって……)


 よりにもよって、相手がどうしてアイツなのだろうか。
 どうして、傍に居る可愛い可愛い彼女じゃ駄目なのだろうか。

 左手をポケットに突っ込み、右手でくしゃっと頭を混ぜる。
 が、そのぐらいでは、何の気休めにもならない。
 寧ろ苛立ちが募っていく一方だ。


 頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられているみたいに、思考がまとまらない。
 どうして自分がこんなにも苛立っているのか分らない。

 ただ分るのは――。



(結局、探偵は探偵同士のが良いってことかよ……)



 ――――気持ち悪いぐらいの、身勝手な醜い絶望。



 彼が彼女に惹かれるのなら、それで良いと思っていた。
 だって彼女は何処かの誰かが言った通り正に『エンジェル』
 綺麗で純粋で、穢れを知らない強い人。
 自分の幼馴染を彷彿とさせる様な彼女になら、彼が惹かれるのも分る。

 そう思っていた……。

 なのに、彼はアイツに惹かれていると言った。



 快斗を高校生の時から付け回しているあの探偵。
 確たる証拠もないのに、現場に落ちていた髪の毛程度で、わざわざクラスで快斗の事をキッド呼ばわりして見せたあの探偵。

 『怪盗キッド』を継ぐと決めた時、『黒羽快斗』を切り捨ててしまうという選択も快斗はする事が出来た。
 けれど敢えて快斗がそれをせず、どれだけの思いで『黒羽快斗』を続けてきたかも知りもしないで。
 快斗の日常に『怪盗キッド』を入り込ませたあの無遠慮な探偵。
 優しく穏やかに、けれど確実な痛みを伴いながらも守りたいと思っていた日常をアイツが壊そうとしたのは紛れもない事実だ。
 それを……快斗は決して許す事は出来なかった。
 それは今でも変わる事はない。

 アイツの事は友達としては嫌いではなかった。
 悪友としてなら嫌いではないし、寧ろからかい甲斐さえあった。


 探偵としては―――死ぬ程嫌いだと思っていても。


 あの頃の自分は、探偵は何もかも自分が正しいと思い込んでいる人種だと思っていた。
 あの頃の自分は、探偵は何もかも暴けば良いのだと思い込んでいると思っていた。



 けれど――それが違うのだと、そう思わせてくれたのは……紛れもなく『名探偵』の『工藤新一』だった。



 彼は自分がキッドなのだと気付いても、日常では何も言わなかった。
 言わなくても、知っていた。
 快斗が何かを探している事も。
 そして、それを責める訳でもなく、決して赦す訳でもなく。

 ただ、『友人』として、快斗の日常に優しく存在してくれていた。
 そして、勿論現場では『好敵手』として、全力で快斗を追い詰めてくれた。

 だから、今でもこうして立って居られる。
 だから、今ではアイツさえも友人として受け入れられる様になっていたというのに……。




「何で、よりによってアイツなんだよっ……」




 思わず口を突いて出た言葉に快斗は唇を噛みしめる。

 彼が好きな人が居るのなら『親友』として応援してやりたかった。
 彼に好きな人がいるのなら『悪友』として協力してやりたかった。

 でも、よりにもよって―――。




「――――探偵なんて………大っ嫌いだっ………」




 零れ落ちた言葉は、今まで仕舞いこんでいた快斗の本音だった。






























to be continue….



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