好敵手で
 友人で
 親友で

 それ以上を望むのは
 欲張り過ぎだと分っているのに

 人の欲望には
 際限が無いのかもしれない










片想い【12】











「………やっぱりお前、中におばさん入ってるだろ」
「いやいや、入ってないって;」


 一口野菜の煮物を口に運んだ新一が、それを飲み込んだ後に真面目な顔をしてそんな事を言うのだから、快斗は何だか笑ってしまった。

 面取りをした里芋とか。
 花形に切った人参とか。
 そういったものを箸でつまんでマジマジと見詰めて、新一は少し渋い顔をする。 


「いや、入ってる筈だ。大学生の男がこんなに料理が上手くて堪るか」


 むぅっと眉を寄せ、それでもぱくぱくと口に運んでいる辺り、それは最大限の新一の褒め言葉なのだろう。
 勿論、褒めているだけではないのは快斗とて分っているが。


「新一君。今時料理ぐらい出来ないと、男もモテない時代なんだよ?」
「このタラシ」
「こーら。そういう事言わないの。俺は何時でも本気なんだからv」
「そうやって何人の女の子を落としたんだか…」


 はぁ、と呆れた様に溜息を吐きながら、新一は内心に芽生えた嫉妬心も一緒に吐き出せないものかと考えていた。


 快斗が今までどれだけ遊んできたのかなんて本当の所は知らない。
 けれど、周りの話や諸々を総合すると相当なのは想像に難くない。

 快斗が女好きなのなんか知り過ぎる程知っている。
 遊び相手なんて幾らだって確保出来るだけの容姿も、話術も、人を引き寄せる魅力を幾らでも持っているのだから、それも無理はない。


 それをどうこう言う権利なんて自分にはある筈がないが、それでも芽生えた嫉妬心を直ぐに消せる程、新一は大人にはなれなかった。


「酷いな。俺は何時だって本当に本気だよ」
「どうだかな」
「確かに、俺に寄ってくる女の子がある程度居るのは否定しないけどね」
「自慢かよ」
「別にそういう訳じゃないよ。
 けど、そういう子はさ、結構直ぐ他に手軽なの見付けるんだよ。
 だから俺を頑張って落とそう、なんて子は中々いないんだって」
「ふぅん…」


 興味なさそうに相槌を打ってはいたが、新一には聞きたい事が幾らでもあった。
 けれど、それを押し殺して、さも興味のなさそうな顔を作れば、快斗は苦笑を浮かべながらも、酷く真面目な瞳で新一に語った。


「まあ、それでも時々こんな俺にも真剣になってくれる女の子が居てさ…。
 そういう子って……上手く言えないんだけど、何だか皆どっか寂しそうなんだ…。
 人の温もりに飢えてるって言うか…、人自体に飢えてるっていうかさ。
 だからね、遊びじゃないそういう子にはさ、俺だって真剣になる時もあるんだよ?」


 言った後、少しだけ遠くを見詰め口元に寂しそうな、それでいて酷く優しい笑顔を浮かべる快斗に新一はそれ以上言葉を紡ぐ事を止めた。


 快斗の周りにはいつもたくさんの女のがいたが、トラブルになった事など聞いた事はなかった。
 それは唯単に快斗が女の子の扱いが上手いからだと思っていた。
 勿論それも要因にはあるだろう。
 けれど、それだけだと思っていたのはもしかしたら大きな思い違いだったのかもしれない。


 自分は『犯罪者』だからと負い目をもっている快斗は、本当の意味で人を近付ける事はほとんど無い。
 だからこそ、その寂しさを埋める様に、人の温もりを本当は無意識に求めているのも知っている。

 そんな快斗だからこそ…同じようにどこか寂しさを抱える女の子の安らぎになるのかもしれない。


「知ってるよ」
「えっ…?」
「お前が、ホントは真面目なのなんてとっくに知ってる」
「新一…」


 知っている。
 知っているからこそ、快斗がそういう子にこれから出会うのかと思うと、苦しくて、辛くて…。
 だから、つまらない事を言って女の子との仲を邪魔をした事も数え切れない程ある。


 そんな自分が―――新一は大嫌いだった。


 好きな相手に幸せになって欲しいと思うのは普通だ。
 好きな相手に態々不幸になって欲しいと思うなんて異常だ。

 彼が好きな人を見付けて。
 彼がその人と結ばれて。

 彼が好きで、彼が大切であるのならば、彼の幸せを願って応援するのが正しい姿なのではないかと思う。
 それが一番彼の為である事なんて、嫌という程新一だって分っている。

 けれど心は貪欲に叫ぶ。
 ――――彼に自分の傍に居て欲しいと。



「お前がどれだけ人の事を大切にするか、俺は知ってる」
「……そんな風に思ってくれてるなんて思わなかったよ」


 快斗に柔らかく微笑まれて、新一の口元にも笑みが浮かぶ。
 ああ、こういう瞬間が……本当に幸せだと。


「俺だって、優しさを持ち合わせてない訳じゃないんだが?」
「大丈夫。俺だって知ってるよ。新一がどれだけ優しいかなんてさ」


 優しく甘く響いた言葉と共に、ふわっと快斗の手が新一の頭を撫でる。
 その心地良い感触に新一は目を閉じてそれを味わいたい感情に襲われたが、何とかそれを押し止め、少しだけ不機嫌な表情を作る事に成功した。


「あのな、俺は女でも子供でもないんだ。そんな事しなくていい」
「いいじゃん。女の子でも子供でもなくたってさ、撫でてあげたい時だってあるんだから」
「そういうのは、他の奴にでもやっとけ」


 そう言って、新一は快斗の手を掴むと、強制的にその手を降ろさせる。
 内心は……そのまま撫でて欲しいと思っていても。


「ホント新一はつれないね」
「俺がつれても嬉しくねーだろうが」


 ぷいっと快斗から視線を外して、不機嫌そうな声を響かせるのも慣れたもの。
 どれだけ心が痛んだとしても、新一が快斗と友人関係を継続させていくにはその痛みは絶対に必要不可欠だと分っているから。

 彼の傍に居られるなら―――そのぐらい耐えなければならない。
 彼の傍に居られるなら―――そのぐらいは耐えてみせる。



「嬉しいよ。俺はね」


 だから、本当だか嘘だか分らない快斗のそんな言葉は、柔らかく新一の心を抉っていくだけ。

 天然のにぶにぶさが、こういう時は罪だと思う。
 新一がどれだけ苦しんでいるのかなんて、きっと彼には一生伝わる事はないのだから。


「そういう事言うから、余計な女が寄ってくるんだよ」
「別に誰かれ構わず俺だって言ってる訳じゃないよ?」
「ある程度構えば言うんだろ?」
「そういう訳でもないってば」


 新一が悪態付けば、快斗の苦笑が返ってきた。
 それが酷くもどかしくはあったけれど、新一はそのもどかしさに目を瞑った。


「しょうがねえからそういう事にしといてやるよ。……っと、ごちそうさま」
「意外だね。もっと食べないかと思った」


 話を打ち切る為にそんな風に言って箸を置いた新一の前の食器の中に残った少しの料理に、快斗は少し驚いた様にそう言った。
 確かに新一自身もそう思う。
 普段大して食べる方ではない自分が、今日はかなり食べた方だと思う。


「……美味かったからだよ」


 小さく呟く様にそう言って、そそくさとリビングのソファーへと逃げ込む。
 その背に向けられた快斗の視線が酷く優しいのは、後ろを振り向かなくても新一には容易に分った。








































「珈琲でも飲む?」
「ああ。って、黒羽。お前、家帰んなくていいのか?」


 食事を終えた新一はソファーにごろんと横になると、洗い物を終えたらしく新一にそんな事を聞きに来た快斗に、そんな風に今更な事を尋ねた。

 てっきり朝食だと思ったさっきの食事が、ソファーに横になる前に確認した時計によって実はブランチであった事に気付かされた。
 流石に連絡したとは言え、親御さんが心配しないかとそんな風に新一は聞いてみたのだが、返ってきた答えはちょっとずれた物だった。


「そうだね…。着替えには帰りたいかも;」


 まあ、親云々より先にそういう考えが出てくるのも無理はないのだろう。
 流石にもう大学生。
 特に快斗の様な性格なら、友達とオールも珍しくないし、友達の家に泊まる事も珍しくないのだろう。

 そう勝手に新一は解釈して、返ってきた答えに付け足す様に、


「つーか、風呂入りたいだろ?」


 と、ソファーの上で一つ伸びをして、新一自身もその後シャワーを浴びようなんて思ってそんな事を言えば、意外な答えが返って来た。


「いや、さ…。俺お湯頂いちゃったんだよね」
「は…?」
「有希子さんと電話してたら、『新ちゃんが起きてくる前に入っちゃっていいから♪』って言われてさ…。
 昨日飲んで、ある程度酒臭いのもあったから申し訳ないとは思ったんだけど、お言葉に甘えて新一が起きてくる前に入っちゃったんだよ……;」


 ものすごーく申し訳なさそうに言う快斗。
 何だかんだで物凄くそういう所を気にする快斗に新一は何ともなしに言う。


「何だよ。それなら言ってくれればいいじゃねえか。新しい洋服ぐらい貸してやったのに」
「いや、有希子さんにも『新ちゃんのか、合わなければ優作の着ていいわよv』って言われたんだけど、流石にそれは憚られてさ…」
「ホント、そういうとこ気にすんのな。お前って」
「普通気にするでしょ。唯でさえ余所のお宅にお邪魔してるんだから」


 怪盗なんて非常識なものをやっている癖に、こういう所は酷く常識的な快斗に、新一は心の中で『まったく…』と呟くと、腕で反動を付け身体を起こした。
 この目の前の人間は、人の事は散々甘やかす癖にどうして自分には無駄に厳しいのだろうか。


「いいんだよ。俺達は友達なんだろ? だったらそんな事気にしなくて良い」
「でも…」
「今持って来てやるから、とりあえず大人しく待っとけ」
「え、いや…しんい…」


 最後まで聞かずに新一はソファーから降りると、スタスタとリビングを出てしまう。
 そのまま2階に上がり、自分の部屋に洋服を取りに行こうと思って……そして気付く。

 身長こそそこまで変わらないが、確かに母親が言っていた様に、もしかしたら自分の洋服では快斗には合わないかもしれない。
 悔しいが、ここは父親の洋服を借りる方が確実かもしれない。

 何だか複雑な心境を抱え、新一は父親の部屋に行くとシンプルなストライプのシャツと黒いパンツという無難な組み合わせを引っ張り出した。


「あ、…そういや、下着……」


 流石にそれはお借りするのは憚られ、自分の部屋に戻るとまだ使っていない袋に入ったままの下着を一緒に持ってリビングへと戻った。
 そこに居たのは、ものすごーく複雑そうな顔をしてソファーに座っている快斗だった。

 そんな快斗にずいっと新一は着替えを差し出す。


「ほら。着替え」
「いや、流石にそれは…」
「いいから使えって。俺の労働を無駄にする気か?」
「いや…えっと……;」
「ほら、四の五の言わずに着換えろ」


 更に近くにずいっと差しだされた着替えに観念したのか、それを受け取りソファーを降りた快斗に満足して、新一は代わりとばかりにソファーへと自分の身体を沈めた。
 そしてふと視線を快斗に移せば、着替えを見て溜息を吐きながらも漸く諦めたのか、快斗は上着を脱ぎ出した。

 快斗が上を脱いだその一瞬、鍛え抜かれた身体に目を奪われた。
 そして……無数に付いた傷を見ていられなくて視線を逸らした。

 そんな新一に気付いたのだろう。
 快斗は背中越しに、新一に言う。


「みっともない物見せてごめんね」
「そんな事…」
「傷だらけでみっともないだろ?」


 彼の今の表情など見なくても新一には分っている。
 きっと、自嘲気味な笑みを口元に上らせているのだろう。

 笑いながら快斗は言う。
 自分の傷を、自分の痛みを、みっともないと彼は言う。


「そんな事ねえよ」
「だって…」
「ソレはお前が戦ってきた証しだろ?」


 男の傷は勲章だ、なんてよく言うけれど。
 快斗の傷は、痛みと苦しみと悲しみの証しだ。
 苦悩して、悲しんで…そんな戦いの証しだ。


「だからみっともなくなんかねえよ」


 真っ直ぐ快斗の背中を見詰めそう言えば、少しだけ彼の肩が震えているのに気付いた。
 この優し過ぎる怪盗は時々こんな反応をする。

 闇の中に居る人間であるというのに、小さな小さな言葉にちゃんと返す心を持っている。
 怪盗としては―――危うい程に素直で優しい。


「ありがとう…」
「別に俺は礼を言われる様な事はしてねえよ」


 泣きだしてしまわない為に、快斗が視線を上に逸らしたのは新一にも分っていた。
 だから、近くにあったホームズの本に手を伸ばしそれに視線を落としてやったのは、新一なりの優しさだった。








































 ゆっくりと時が流れる。

 新一は本を読む。
 快斗はその隣でマジックの練習をする。

 本を読みながら少しだけ横目でその様子を見詰めて感心する。
 自分の洋服でもないのに、一体どこにあれだけのタネを仕込んでいるのか。
 さっき自分の洋服から移したにしても、大して隠す所もないだろうその洋服にそれだけのタネを仕込めるのが凄いと思う。

 尤も、新一とて想い人の着替えをまじまじと見詰めるのは憚られたので、快斗が着替え終わる前に逃げる様にシャワーを浴びに行ってしまったから、その間に何か細工をしたのかもしれないが。
 それにしたって―――あの量を仕込むのは相当大変だと思う。


「新一」
「ん?」


 丁度一章読み終えた所で快斗の声がかかる。
 きりがいい所まで読んだ所で声をかけるその気遣いが憎い。


「珈琲でも淹れようか?」
「喉乾いたなら俺が淹れてくるけど?」


 幾ら友達とは言え、招いた身だ。
 流石にそこまでさせるのは憚られて新一がそう言えば、ふるふると首を横に振られた。


「お宅にお邪魔して、昨日はワイン頂いて、今日はお湯まで頂いた上に着替えまで貸してもらったんだ。それぐらいさせてよ」
「いや、あれだけしっかりした朝食作って後片付けまでしたんだから、それで既にその分はチャラになってると思うぞ?」


 お世辞抜きに美味しかった快斗の料理を思い出してそういえば、先程よりも激しい勢いでぶんぶんと首が振られた。


「いやいや、全然足りないよ。だから、珈琲ぐらい俺に淹れさせて?」
「まあ、そこまで言うなら…」
「じゃあ、淹れてくるねー♪」


 新一が承諾するが早いかそう言って、何だか楽しそうにキッチンへと消えていった快斗の後ろ姿を見詰めながら新一は思う。
 ああ、こんな日が続いたらどれだけ幸せだろうか、と。

 そんな事は夢物語だと分っては居るが、それでも貪欲に心はそれを願う。
 叶わない夢程――――心は恋焦がれる。


(ホント……幸せだよな……)


 例え相手が自分の事を友達だとしか思っていなくても。
 例え相手に親友としてしか言葉をかけられなくても。

 それでも――――傍に居られるだけで、心の底から幸せだと思う。


(このままでいい…)


 だから、誓う。
 決して彼に想いなど伝えない事を。

 そうすれば、きっとこのままの彼との関係を維持できるのだから。


(これ以上は望まない。アイツと俺は―――『親友』だ。それでいい……)


 友達であれば。
 親友であれば。
 これから先もこんな風に一緒に居られるかもしれない。

 それで、それだけで―――幸せだと思う。
 傍に居られるだけで、これ以上ない幸福だと思う。


 余りにも幸福な時間を噛みしめるかの様に、新一は瞳を閉じ、ソファーへとより深く身体を沈めた。






























to be continue….



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