それは些細な出来事
 それは曖昧な出来事

 それでも

 一つ一つは確かに繋がっていて
 一つ一つは確かに響いていて

 優しい想いは
 更に優しい想いを生んでいく










片想い【10】











「ったく、可愛い顔して寝ちゃって」



 漸く寝付いた新一の顔を眺めてその細く柔らかい髪を優しく梳きながら、快斗は口の端を持ち上げる。

 世間が幾ら名探偵だと誉めそやしても。
 現場で幾ら警察顔負けの推理を披露していても。

 まだ大学生。
 子供かと言われれば子供では決してないが、それでもまだ大人とは言い切れない。
 そんな微妙な年齢。

 普段は仏頂面だとか、それこそクールな顔しか見せないから余り気付かないが、こういう無防備な顔は普段の印象と違い些か幼く見える。


「さて、と…」


 良く眠っているのを確認して、快斗はそっと掛け布団を捲ると、新一の洋服を脱がせ、さっきクローゼットから拝借したパジャマを着せてやる。
 勿論、新一を起こさない様にそっと。


「ホント、ほっせーの」


 掛け布団をかけ直し、さっきと同じ体制になって、再度新一の髪を梳きながら快斗は小さく呟いた。

 さっき抱えた時は、顔にこそ出さなかったが内心驚きを隠せなかった。
 抱え上げた身体は余りにも軽くて、細くて、少しでも力を入れてしまったら壊れてしまうのではないかと思う程だった。
 男にしては細いとは常々思っていたが、あんなに軽いとは思わなかった。
 そこら辺の女の方がよっぽど重いと言ったら、結構な数の女性を敵に回してしまうかもしれないが。



「薬のせいもあるのかね……」



 彼が取り込んだのは毒。
 そして、元に戻る為に取り込んだのも、それと大して変わらない。

 毒を毒で制しただけ。
 身体が悲鳴をあげない筈はない。

 彼が時々辛そうにしている姿も知っている。
 彼がこっそり薬を飲んでいる姿も。

 それでも彼がそれを人に見せる事を望まないから、自分もそれを見ない振り、気付かない振りを決め込んでいる。
 彼が―――そう望むから。

 もしかしたら、友達としてそれは正しくないのかもしれない。
 何でも話せと、何でも相談しろと。
 そして自分を頼れと、そう言うのが友達なのかもしれない。

 けれど、自分はその言葉を言う資格を持たない。

 彼は―――『探偵』
 私は―――『怪盗』

 それは変わる事のない事実で、だからこそ自分には踏み込めない領域があるのだと分っている。
 きっと彼は望まないだろう。
 自分に踏み込まれる事などきっと。



「ホント…無理し過ぎるからな……」



 事件と、推理小説と、謎が大好きな『名探偵』。
 きっとずっとそれは変わらないだろう。

 西に殺人事件があると聞けば飛んでいき。
 東に難解な暗号があると聞けば飛んでいくだろう。

 自分が彼と関われたのも、そんな謎が大好きな名探偵だったから。
 知り合った当初は、それが楽しくもあったが、こんな風に傍に居る様になってからはそれが心配で仕方ない。

 何時だって、何処だって。
 本当に無理ばかりする人だから。



「ホント……心配だよ」



 友人として、自分が出来る事はたかが知れている。
 好敵手として、自分が彼を助ける事をきっと彼は望まないだろう。

 どうしたら彼を支えてやれるのかなんて分らない。
 どうしたら彼の助けになれるのかなんて分らない。

 好敵手として。
 良き友人として。

 彼を助けたいと、彼を支えたいと思う気持ちはあっても、自分の様な人間が彼の傍に居ていいのかと、時々自問自答する。

 幾ら目的の為とは言え、自分が行っているのは確かに『犯罪』で。
 国際手配すら受けている『犯罪者』で。
 追われる身である自分には本当に安らげる場所なんてないと思っていた。

 そんな時彼に出会って。
 最初こそ少しだけ警戒していたけれど、『窃盗犯は現場逮捕が鉄則』なんて宣って下さっていた彼がまさか大学で自分を捕まえるなんて思っていなかったから。
 だから、最初はほんの少しからかってやるつもりで近付いた。
 だから、本当はこんな風に仲良くなるつもりなんてなかった。

 けれど、傍に居ると本当に楽しくて。
 一緒に馬鹿やったり、笑ったり、からかったり、怒られたり、怒ったり。
 そんな普通の学生生活を心から送れるようになったのは、きっと新一が居てくれたから。





『俺は……お前がどんな奴だとしても―――友達だよ』






『例えお前がどんな奴で、何をしてたとしても――――俺はお前の傍に居る』





 彼の言葉が頭に蘇って、快斗は酷く温かい気持ちになる。
 彼がそう言ってくれた事が嬉しくて、そう思ってくれていた事が嬉しくて。
 まるで告白の様な言葉に、少しだけ照れたりもしたけれど、彼の思いは確実に自分の心を温めてくれた。

 何時だって、何処でだって、何をしていたって、相手に嘘を吐いているという感覚が誰かに近付く事を邪魔していた。
 一人闇の中に身を置く自分には人の温もりなど必要ないと思いこもうとしていた時期もあった。

 けれど、彼に出会って。
 彼と日々を過ごして。
 本当は心の底から、誰かを渇望していたのだと改めて気付かされた。

 彼になら嘘を吐かなくて良い。
 いつだって、何だって、彼ならばその『真実』を見詰め続ける瞳で自分の嘘を暴き続けてくれるから。





「なあ、工藤。俺もさ、お前に何があっても、お前がもし何か間違いを犯したとしてもさ………ずっと友達でいるから」





 すやすやと眠る新一に快斗はそう語りかける。
 勿論答えが返ってこないのは知っている。
 本当は起きている時に言うべきなのは分っているが、自分にはそれを言う資格はまだないと知っているから。

 だから一人呟く。
 誓いの様に。
 祈りの様に。
 一人小さく呟く。




「傍に居るよ。何があってもずっと…」




 一人彼を見詰め願う。
 彼がこれ以上苦しい思いをしない様に。
 彼が――――幸せであれる様にと。






























to be continue….



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