「アイツは止めといた方がいいぜ?」


 そう、それは口癖。
 口癖の中に紛れ込ませた真実。










片想い【1】











「工藤! お前どういうつもりだよ!!」
「何が?」


 教室の中、講義の始まる五分前にはきちんと席についてた新一の元へ大学からの友人である黒羽快斗が走り寄って来た。


 黒羽と仲良くなったのはある種偶然で、ある種必然だった。

 大学に入った当初やたらと「似てる奴が居る」と騒がれていたので興味が沸いた。
 大学で見かけた彼はあの時蘭が俺と間違えたという奴だった。
 しかも気配で分かった。
 彼の正体も。

 最初に声を掛けられたのは食堂。
 「此処いい?」なんて正面の席を指しながら声を掛けられたのが切欠。
 まあ、内心「何か昔のナンパみてえ…」なんて苦笑した覚えがあるが。

 それからはもう必然の様に仲良くなって。
 それからはもう必然の様に大学では一緒に居て。
 学科が違うから一般教養だとか、他学科乗り入れ科目だとかしか一緒には取れないけれど、気付いたらなるべく同じ授業を取ろうという事に自然になっていた。


 まあ、そんなこんなで仲良くなった訳ではあるが……。


「何が?、じゃねえよ! お前また俺の悪口言っただろ!!」
「悪口?」
「『アイツは止めといた方がいい』って、こないだ合コンで知り合ったかわいー娘に言いやがっただろうが!!」
「ああ、それか」
「ああ、それか、じゃねえ!! 彼女、『工藤君がそう言うなら…』って友達に相談して、結局違う男と付き合ったっていうし」
「なんだ。振られたのか」
「うっ……っていうか、てめえは何でいつもいつも俺の恋路の邪魔すんだよ!!」


 目の前で雄叫びに近い叫びを上げた快斗の頭を新一は手近にあった教科書でばこっと叩いてやった。
 ちなみに教科書、とは言っても普通のハードカバーの本を資料として使っているだけなので結構いい音がした。
 何たってハードカバー。しかも厚み約3cmだ。


「いてっ…!」
「うるせえ。目立つ事してんじゃねえ」
「っ…理不尽だ! 何で被害者の俺が叩かれなきゃなんねえんだ!!」
「煩いって言ってるだろうが!!」
「だって工藤が…」
「どうでもいいけど、もう授業始まるぞ? さっさと座れよ」


 時計を見て冷静にそう言って、新一は隣の席に置いた荷物をどけ快斗に席を空けてやった。
 けれどそれにもぷいっと快斗はそっぽを向く。


「俺は別のとこに座る」
「黒、…」
「俺の恋路を毎度毎度邪魔する、友達とも言えない奴なんかと一緒に授業なんか受けない」
「っ…!」


 そのまま新一に背を向けて違う友人の所に行って、楽しげにそこに席を取った快斗に新一はぐっと右手を握り締めた。

 教授が入って来て、授業が始まっても後ろが気になって仕方ない。
 それでも振り向けば彼の事を気にしているのがばれてしまう。

 気が気でない思いを抱えながら、集中出来ない授業は長々と続いた。






























「今日は一緒じゃないんですか?」
「…嫌味か? それ」


 長い長い授業を一人で受け、漸く昼休みになった。
 いつもの様なら快斗と一緒に昼食を取りに食堂に行く所だが、授業が終わった途端快斗は他の友人と教室から出て行ってしまった。

 食堂に一人で行く気にもなれず。
 かといって、新一が一人なのを良い事に声を掛けてくる奴らとなんかもっと一緒に行く気にもなれず。

 購買でさして美味しくもない缶珈琲を買って、それを持って中庭のベンチに腰掛けぼーっと一人で昼休みを過ごしていれば見知った顔に声を掛けられた。


「随分殺気立ってるんですね」


 クスクスと笑う彼が隣に腰掛けたのを不快だとは思わなかった。

 知っているから。
 彼も彼を追う者であると同時に見守る者である事を。


「そう見えるか?」
「ええ、とても」
「そうか。そりゃ、俺も相当重症なんだな」
「今頃気付いたんですか? 相当重症ですよ。特に最近の工藤君はね」


 苦笑しながら、隣でも同じ様に缶珈琲を空けた白馬に新一は眉を寄せる。


「何でその銘柄なんだよ。お前、俺の事購買から見てた訳?」
「ええ、そうですが…何か?」
「何か?じゃねえよ。それ、世間じゃ何ていうか知ってるか?」
「ストーカー、でしょう?」
「……お前ってホント性質悪い」


 はあっ、と一つ溜息を吐いて新一は目頭を押さえた。


「全く、お前ぐらいだよ」
「?」
「そうやって俺の事見透かせんのはさ」
「そうですか? 誰かさんが鈍感なだけだと思いますが?」
「……そんなに分かり易いか? 俺」
「ええ、かなり」
「………」
「一番気付いて欲しい人に気付いて貰えないなんて本当にやっかいですね」


 上がった白馬の口元に「そうだよな…」と小さく溜息を吐いて新一は空を見上げた。
 うっとおしいぐらいの快晴。
 ああ、でもアイツの字が入ってるからいいか…なんて思ってしまう辺りかなり重症なんだろうが。


「まあ、僕も人の事は言えませんけどね」
「…? お前、好きな奴居んのか?」
「ええ」
「………」
「そんな目、しないで下さいよ。安心して下さい。彼じゃありませんから」
「……ならいい」
「本当に、こんなに分かり易いのにどうして彼にだけ気付いて貰えないんでしょうね?」
「うるせーよ」
「虐め過ぎなんですよ。好きだからってあんまり構い過ぎてもいけませんよ?」
「るせー。アイツが余りに気付かねえんだからしょうがねえだろうが」
「気付かれたいんですか?」
「………」
「本当に素直じゃないですよね。工藤君は」
「………」


 睨み付けたというのに軽くあしらわれてしまう。
 全く、本当にこれだから同業者は嫌いだと思う。

 思っている事も。
 考えている事も。

 見抜かれてしまう。
 きっと、他の誰よりも的確に。

 そして、今此処にこうして居てくれているのは新一の心情を察してだ。


 『寂しい』


 痛切に感じたその感情を彼はきっと感じ取ってくれたのだろう。


「彼の事ですからそのうち気付く……とは思いますよ?」
「だと良いがな」
「一応IQ400の持ち主らしいですから」
「あー…俺的にそれは信用してねえから」
「そうなんですか?」
「まあ、天才と馬鹿は紙一重って意味では信じてるけど」
「…本当に、今日は荒れてるんですね」


 言葉の端々に混じる棘に白馬は苦笑する。
 このままではその棘に刺されかねない、と。


「まあ、ゆっくり気分転換でもして午後の授業は受けて下さいね」
「お前は出ないのか? 確か次の教養一緒だっただろ?」
「僕はちょっと…。まあ、こんな状態じゃ出られませんからね」
「…?」
「個人的感情の問題ですよ。気にしないで下さい。ではごゆっくり」
「あ、ああ…。じゃーな」


 ひらひらと手を振って見送ってくれる新一に白馬は背を向け、そして己の未熟さに苦笑した。


 彼を見つけた。
 酷く寂しげに、傷付いた顔で一人で居る彼を。

 いつも横に居る筈の友人の姿が見えず。
 当然の事ながらその友人が彼の憂い顔の原因であるのもすぐに分かった。

 だから、彼が心配になって。
 こっそりと後を付けて彼の心の隙間に入り込もうとした。

 でも彼がどれだけあの彼の事を想っているか知っているから。
 その隙間につけこむ様な真似は出来なかった。
 それに、彼の良き友人であり数少ない相談相手、というポジションを手放す勇気はまだ出来ていない。


「全く、僕も人の事は言えませんね…」


 まだまだだと思う。
 それでも、彼にばれなかっただけまだマシとしよう。
 尤も、彼も自分の高校からの友人に負けないぐらい鈍感だからその心配はないと思うが。


「黒羽君を気にしている君を見るのは…正直まだちょっと辛いんですよ……」


 小さく小さく本音を口の中だけで呟いて。
 白馬はばあやに迎えに来て貰うために胸ポケットから携帯を取り出した。






























「………」


 午後の授業も結局は一緒だった。
 まだ一年である新一達は教養の授業が多く、午後にある二つの授業も新一は快斗と同じ物を取っていた。

 先に座っていた新一を一瞥しただけで直ぐに他の席に着いた快斗を一瞬新一も目で追ったが直ぐに視線を前へと戻した。


 RRR……RRRR………


「ん?」


 授業開始三分前だというのに音を切っていなかった携帯が無機質な機械音を立てて震えた。
 ディスプレイを見れば見知った名前。


「もしもし。はい……ええ。それではこれから行きますので」


 携帯を手にしたまま新一は席を立つ。
 いつもなら快斗に代返を頼む所だが今日は仕方ない。
 電話を一時はずして、他の友人に声を掛けて事情を話す。
 快く承諾してくれた友人に礼を言うと、新一は足早に学校を後にした。






























「すまなかったね。授業中かと思ったんだが…」
「いえ、今日は授業もなかったんで」
「それならいいんだが…」


 申し訳なさそうな目の前の警部に新一はにこやかな笑みを向ける。
 授業があるのを知れば気にするだろうから、そんな事を言っておく。
 高校と違ってそういう言い訳が出来るのは大学ならではだと思う。

 それに新一としても、警部からの要請は正直言って有難かった。
 こんな心理状態で同じ部屋で同じ授業を受けているよりは、事件の事しか考えないで居られる方がどれだけマシか分からない。
 本当に不謹慎ではあるけれど、事件が今日で良かったと思う。


「それより警部。状況を説明して貰えますか?」
「あ、ああ…。被害者は―――」


 とりあえず、新一の思考は全て事件の事で埋め尽くされた。






























「ん?」


 事件も無事解決し、送っていくという高木刑事の申し出を丁重に断って一人夜の道を歩いていた時、不意に携帯の振動を感じた。
 そういえば、現場で邪魔にならない様にあの後直ぐに音を切っておいたのだと思い出して携帯を取り出す。


『新着メール一通』


 表示された文字に何の疑問も抱かずに真ん中の決定ボタンを押せば―――。



『黒羽快斗』



 表示された名前に一瞬足が止まる。
 嫌なモノが背筋を通り抜けていく気がした。

 今までまともに快斗とメールをした事なんてない。
 学校で毎日会っていたし、用事があればお互いに電話だったし―――しかもそれも、「あと何分で着くから席取っといてくれ」なんて結局は後で会う事を前提の電話だったし――こんな風にこんなタイミングでメールが来る事なんて今までは無かったから。

 正直怖くてメールを開くのが躊躇われた。

 『もう会いたくない』『顔も見たくない』『声を掛けないでくれ』。
 言われる可能性のある言葉なんて幾らでも考えられた。
 どれも、言われて当然の事だと思う。

 何たって自分は事ある毎に彼の恋路の邪魔をしてきた。

 アイツは見た目は良いし、話し上手で社交的。
 明るくて楽しくて、おまけに将来を約束されたマジシャンで。
 それで女が寄ってこない筈が無い。

 だから邪魔をした。

 相手の女の子と自分の方が仲良くなったり。
 相手の女の子に黒羽の間抜けな所ばかりを意図的に話したり。

 そして決定打は――


 「アイツは止めといた方がいいぜ?」


 ―――この台詞だった。


 何故か社会的信用(…?)のある自分の言葉を相手は無駄に素直に信じ込んでくれて。
 大概の女の子はこう言えば勝手に「何かあるのではないか」と疑って自然と快斗から離れてくれた。
 それは新一にとっては非常に有難い事ではあったが、快斗的には非常に頂けない結果となった。

 今回で何度目か分からない。
 自分のせいで彼が女の子と付き合えなかったのは。


「もうそろそろ潮時、かな…」


 諦めに似た独り言を吐き出して、新一は意を決してメールを開いた。



『話がある。電話しろ』



「ったく、用事があるならお前が掛けてこいよ…」


 恐らく裏の情報網を駆使して、新一の今日関わった事件が先程解決したのを知ったのだろう。
 余りにもタイミングが狙ったようだったから。

 にしても、どうしてこんなメールを態々送ってくるのか。
 とりあえず電話してくれば良いのに…と思ってしまう。
 それとも試されているのだろうか。
 そう深読みもしたくなる。
 こんな文面では。


「……掛けるしかねえって事か」


 仕方ない。
 自分で撒いた種だ。

 決心して、リダイヤルの一番上にあった彼に電話を掛ける。


『もしもし…』
「もしもし? 一体どうしたんだ?」
『工藤、お前今何処に居る?』
「どこって…今終わったとこだから…」
『今日は送ってもらってねえの?』
「………。歩いて帰ってる」


 やっぱり、と思う。
 きっと新一が途中で帰ったのを不審に思って警察無線を傍受でもしたのだろう。
 でなければ「送ってもらう」などという単語が出てくる筈が無い。

 それでもいつも通りの快斗に戸惑いながら新一は素直に受け答えをする。

 快斗が自分を気にかけてくれていた。
 その事に少しだけ浮上した気分を無理矢理押さえつけて。


『何で?』
「いや…送ってもらう気分じゃなくて…」
『………』
「黒羽?」


 無言になった快斗に不安を覚え、新一が名前を呼べば受話器の向こうからは呆れた様な溜息が聞こえた。


『危ないだろうが』
「別に…まだ十一時だぜ?」
『工藤は有名人。もう少し自覚しろよ』
「…別にいいだろ。俺だって普通の人間だ」
『はいはい。普通、ね…』


 もう一回、呆れた様に溜息を吐き出され新一はむっとした表情になる。


「あのな、結局用事は何なんだよ」
『………』
「わざわざあんなメール寄越しやがって、一体何のよ…」
『工藤。待ってるからタクシーでも何でも使って早く来いよ』
「は?」
『工藤の家の前で待ってる』
「お、おい! ちょっと待て…」
『じゃあ早く来いよ〜』
「おい! 黒羽!!」


 一方的に切られた電話に新一はちっと小さく舌打ちをした。

 待ってる、だって?
 一体何の為に?

 話があるのなら電話で話をすればいい。
 それなのにわざわざ人の家の前で待っている、らしい。アイツは。

 何を言われるのかと想像して、さっき彼の声を聞けて少しだけ浮上した気持ちが一気に急降下していく。

 電話で言えない事らしい。
 つまり、直接言ってやりたい事。
 そんな事一つしかない。


「あー…もう友達としても駄目、って事かな……」


 こんな事なら余計な事をせず、ただ見守っていれば良かったと思う。
 彼に彼女が出来ても。
 ただ、『友人』という仮面をつけて見守っていれば良かった、と。

 そうすれば少なくとも『仲の良い友人』という位置だけはキープ出来たというのに。


「ホント…馬鹿だよな。今更気付くなんてさ…」


 自業自得。
 身から出た錆。

 後悔先に立たず…。


「……しょうがねえか」


 きっと彼への自分の想いはずっとずっと消せないだろう。
 それでもいい。
 きっと自分は彼の事をずっと想い続けている。
 それはこれから先も変わらない。

 例えそれが―――決して叶わぬ想いだと知っていても。






























「お帰り、工藤。意外に早かったじゃん」
「……つーかお前、それが帰りを急かした奴の言う台詞かよ;」


 あの後慌ててタクシーを捕まえて。
 運転手には悪いと思いながらも、急かして急かしてやっと着いた新一に、にこにこと笑いながらそう言う快斗。
 流石の新一もがっくりとしてしまう。


「しょーがねえだろ。あーでも言わなきゃ工藤歩いて帰って来るんだろうからさ」
「別に俺が何で帰って来ようがお前には関係ねえだろうが」
「………」


 ぷいっとそっぽを向いてそう言えば、意外にも返って来たのは沈黙で。
 何だか居たたまれなくなって快斗へと視線を戻せば酷く真面目な顔をした快斗と目が合った。


「何だよ…」
「別に。どーせ俺には関係ないですけどね」


 言い方に棘がある。
 むっとして眉を寄せるその表情にも。
 それに新一は首を傾げる。


「何でそんなに不機嫌なんだよ」
「別に」
「黒…」
「それより工藤。家入れてくれない訳? 流石にこのまま外で立ち話も嫌なんだけど?」
「あ、わりぃ…」


 諭される様に言われた言葉に慌てた新一はごそごそと鞄の中を漁ると家の鍵を取り出した。
 それをひょいっと快斗に奪われてしまう。


「おい! 何すんだよ!」
「へー。流石優作さん。鍵も凝ってんだ」
「返せ! この怪盗!」
「こんなとこで堂々と人の秘密ばらしてんじゃないの。名探偵」
「じゃあ返せ!」


 茶目っ気たっぷりに言う快斗の手をぱしっと叩いて取り返して。
 新一は家の鍵を開けた。


「お邪魔しまーす♪」


 何だか酷く楽しそうに入って来た快斗に新一は不安の色を隠せなかった。
 今日の昼間の状態が嘘の様だ。

 とりあえず、リビングのソファを勧めれば快斗は素直に座った。


「いつもの珈琲もどきでいいのか?」
「もどきって言うなよ…;」
「もどきだろーが。あんなに砂糖とミルクを入れまくった物体が珈琲なんて言えると思ってるのか?」
「いーじゃん。原材料は珈琲だよ?」
「原材料って…;」


 その言葉は珈琲じゃないって認めてるんじゃねえか?と、内心でしたくも無い突込みをして、新一はとりあえず快斗に珈琲もどき(この呼び方は譲れないらしい)を淹れる為にキッチンへと入り、快斗から自分が見えなくなった所で小さく深呼吸をした。

 心臓が異常なぐらい音を立てて動いている。
 有り得ない程の速さで。


(何なんだよ…一体…)


 本当に、昼間が嘘の様に普通だった。
 普通に、普通に接してくれる。

 それが嬉しくもあり、不安だった。

 彼は何も言わない。
 彼が何を考えているのか分からない。


(絶交前の、ほんの優しさのつもりか…?)


 彼が来た理由は分かっている。
 きっと自分とは友達の縁を切りたいと思っているのだ。

 だからそれを言いに来た。
 電話ではなく直接。
 その辺りが彼らしいと新一は思う。
 電話で言われるよりきっと痛いのだろうけれど、それでも直接言われる方いい。
 よっぽどいい。


(ホント、優しい奴…)


 クスッと小さく笑って、新一は淹れ終った自分用の珈琲と、快斗の珈琲もどきをトレーへと乗せて快斗の元へ戻った。


「お、さんきゅー♪」
「どーいたしまして」


 テーブルに置く前にトレーの上からひょいっとマグカップを取った快斗の横で、新一は自分もマグカップを持つとトレーをテーブルへと置き快斗の横に座った。


「で、何しに来たんだよ」


 言い出し辛いだろうと新一はあえて自分から切り出した。

 彼は優しい。
 だから言い出すのは大変だろうと。
 最後の心遣いのつもりで。


「あー…う、ん……」
「何だよ。はっきり言えよ」
「いや、さ…。今日は悪かった」


 マグカップをテーブルに置いて、快斗は新一の方を向くと「本当にごめん」と頭を下げた。


「何でお前が謝るんだよ」
「だって俺、大人気なかっただろ? あんな子供みたいな真似…。だから、ごめん」
「黒羽…」


 そう言ってもう一度頭を下げた快斗を新一は唯々呆然と見詰めた。

 どれだけ罵倒されるかと予想は出来ても謝れるなんて思わなかった。
 悪いのは…自分なのに。


「いや、俺こそ悪かった」
「ううん、いいんだ。俺分かったから」
「分かっ、た…?」


 快斗の言葉に新一は内心で焦りながらそれでも平静を装おうと必死だった。
 声が若干裏返ったようになってしまったのは多少のご愛嬌だ。


「そう、工藤の気持ち分かったんだ」
「…!」
「そんなに驚くなよ。そうだよな。冷静に考えれば分かるよな」
「………」


 腕組みをして、「うんうん」と頷く快斗の姿に新一は固まった。

 彼は言った。
 自分の気持ちが分かったと。

 だとしたら―――友人云々の問題ではなく、人として拒絶されるかもしれない。
 そんな不安が心の中一杯に広がった。

 自分も男で。
 彼も男で。

 男が男に想われて嬉しいなんて思う筈がない。

 嫌われたくない。
 そうは思っても、もうばれてしまったのなら仕方ない。
 此処は腹を括るしかない…。


「悪い、黒羽…。俺……」
「そうだよな。工藤も寂しいよな」
「は…? ……寂しい?」
「そうそう。いっつも一緒な俺に彼女が出来たら工藤だって寂しいよな。だから邪魔してたんだろ?」
「………」


 言われた言葉に新一は再度固まった。
 さっきとは全く違う心情で。


「ったく、工藤ってば水臭いよなー。そうならそうだって言えばいいじゃねえか。あんな回りくどい事しないでさ」
「いや、あの黒…」
「まあ、しょうがねえから当分独り身で居てやるよ。工藤が蘭ちゃんとくっ付くまではな♪」
「………」


 どうやら、この目の前の『黒羽快斗』という男は思っていたよりも、そりゃもうそーとーにぶいらしい。
 きっと、何処かの漫画じゃないが、にぶにぶの実(…)を食べたに違いない。


「だから、工藤も早く蘭ちゃんとくっ付いてくれよ? じゃないと俺いつまで経っても彼女作れないからな!」
「………」
「工藤! 返事は?」
「はい…」
「ん、宜しい♪」


 勢いに負けて新一は素直に返事を返してしまって。
 これから先の事を思い一人内心で溜息を吐いた。




















 にぶにぶの怪盗が、素直じゃない探偵の想いに気付く日は来るのか。
 それはもしかしたらどんな奇跡が起こるよりも低い可能性なのかもしれない―――。






























to be continue….



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