何時だって独りで戦ってきた

 何時だって独りで耐え抜いてきた

 それを解ってくれている人が居るとも知らずに…






『15 English titles』 titles 2.Criminal Witness -罪の証人-







「今日もハズレか…」


 月の瞬きに今宵の獲物を翳しても目指す紅は見つからない。
 この行為をもう幾度繰り返したのか解らない程、これが日常になってしまっている程に行ってきた儀式。
 『パンドラ』なんて永遠を与えるとかいうご大層な代物が、本当にこの世界に存在するという壊れた御伽噺から時々目覚めてみたくなる時がある。

 そう…今背後に御出ましになっている彼に会う時ぐらいは。


「今日もお目当ての代物じゃなかったみてえだな」
「これはこれは名探偵。本日はお出で頂き恐悦至極」


 危うさの欠片もなく立っていたフェンスの上から彼の眼前へと降り立ち、慇懃無礼に礼をとって見せる。
 そんなKIDの内心の苛立ちを読み取ると、新一は鼻で笑ってみせる。


「何だよ。随分荒れてんじゃねえか。怪盗紳士たる所以の上品さは何処いったんだ?」
「今宵もお目当てのお姫様にお目にかかれなかったものですからね」
「ンなもん今に始まった事じゃねえだろ?」


 言外に今日の不機嫌さの理由を尋ねられている事を知りつつも、KIDはあくまでそしらぬ振りを貫き通す。


「ええ、しかし幾ら私と言えどもこうもお目にかかれないとイライラも募るものでしてね」
「ほぅ…随分らしくねえこと言うじゃねえか。何時もの不敵さは今日は旅にでも出てんのかよ」


 どっちが不敵だか解らないような新一の台詞に今度はKIDが笑みを浮かべた。


「名探偵の方こそ一体どういう風の吹き回しです?」
「何が言いたい?」
「どうして私の様な、たかが怪盗風情にそうまで興味を持たれるのです?」


 そう、彼の専門はあくまでも殺人である。
 たかがこそ泥一匹にこうまで執着する理由など何処にもない。

 現に過去に彼は泥棒に興味はない、と言い放ってくれた事もある位だ。


「たかが怪盗風情か…」


 KIDの言葉を口の中で反芻し、何を思ったのか新一は一歩KIDとの距離を縮めるとほんの少しだけ顔を覗き込むようにこちらを見つめてきた。


「…何の真似です? 私の素顔でも確認するおつもりですか?」


 まるで小馬鹿にするようにそう言い放てば、すかさず鋭い目線で睨まれる。


「ちげーよ。大体そんなもんお前が変装してたら意味ねえだろうが」
「なら一体何がなさりたいのですか?」


 自分との距離を一歩縮めて、一体それが何になるというのか。
 KIDの困惑を見て取ったのか新一は自分の行動の意図を説明をしてやる。


「お前の瞳が見たかった。それだけだ」
「…私の瞳をですか?」
「ああ」


 真摯なまでの瞳を向けられて紡がれた言葉にKIDの思考は全て飲み込まれる。
 一体それに何の意味があるのか…。


「何故です?」
「…お前が余りにも痛そうなんでな」


 言われた言葉に行動ではなく、心の中で首を捻った。

 ――痛そう。

 そう言われる理由が解らない。


「どういう意味だかお尋ねしても宜しいですか?」
「そのままだよ。お前の瞳が痛いって訴えてるんだ」

 …ま、てめえの事だから気づいてもいねえんだろうがな。


 まるで自分の知らない自分の内を完全に理解しているかの様な新一の口ぶりに、KIDはポーカーフェイスすら忘れて苦虫を潰した様な表情を浮かべた。
 その事に新一はほんの少しだけその気配を和らげると、悠然と微笑んで見せる。

 その笑みがKIDの神経を余計に逆撫でした。


「随分と解った様な事を言って下さるんですね」
「まあ少なくともお前自身よりはお前の事を解ってるつもりだが?」
「探偵だから…ですか?」


 目の前のこの人は探偵だからこそ、人の何もかもを暴けるとでも思っているのだろうか。
 だとするなら思い上がりも甚だしい。

 KIDのそんな思いが伝わったのか、新一は不機嫌そうに形の良い眉を潜めると否定の言葉を続けた。


「ばーろ。ンなんじゃねえよ」
「ではどうして?」
「…俺と同じなんだよお前は」
「同じ? 貴方とですか?」
「ああ」


 ――コナンになったばかりの頃の俺と同じなんだよ。今のお前の瞳は…。


 小さく、けれど自分に聞こえるように計算された呟きにKIDは少しだけ眉を寄せる。
 しかし、新一はそれに気付きながらもあえてそのままその先を続ける。


「今のお前はあの頃の俺と同じ瞳をしてる」


 何もかも自分独りで抱え込んで、勝手に独りきりになろうとして…そして独りで急いた戦いをしている。

 巻き込まないようと周りを欺き続けて、けれどその癖周りを欺き続けるのが辛くて。
 そしてその為に余りにも焦り過ぎている危うい状態。

 それがまるで自分がコナンになったばかりの頃を見ている様で。
 その点では、もしかすると痛いのは自分の方なのかもしれないけれど…。

 けれど、そんな新一の言い分にKIDは異を唱える。


「…貴方と私では大分境遇が違う筈ですが?」

 幾ら周りを欺いていたとは言えども貴方は『被害者』でしょう?
 『犯罪者』の私とは訳が違う。


 言葉の裏に「一緒にするな。」という意味が含まれているのを正確に読み取って、新一は小さく苦笑を浮かべる。


「ばーろ。一緒なんだよ」

 俺は確かに『被害者』かもしれねえが、周りを偽っていたのはお前と変わらない。
 それにお前だって周りを守る為に偽ってるんだろ?


 KIDの瞳に肯定の意味を含む陰りを見つけた新一はそのまま続ける。


「いいか、よく聞け。…俺はコナンだった頃も、そして今でも周りを欺き続けている」


 『江戸川コナン』だった頃はその正体を。
 『工藤新一』に戻ってからは『江戸川コナン』だったという事を。

 今でも必死に偽り続け生きている。

 それは俺の…『罪』


「そしてお前は…」


 『怪盗KID』である時はその正体を。
 素顔でいる時は『怪盗KID』という裏の顔を。

 必死で隠し通して生きている。

 それはお前の…『罪』


「…それならば貴方は私の罪の証人と言ったところなのでしょうね」


 新一から瞳を逸らし、あくまでも本音ではなく冗談めかして語ってくれる怪盗に苛立った新一はKIDの顎を思いっきり掴むと無理やり自分の方へと向け自分と瞳を合わせさせる。


「ああ、俺はお前の罪の証人だ。そして同時にお前は俺の罪の証人でもある」

 だからお前と俺は同じなんだよ。

「だから…頼むから独りになろうとするな」

 ――頼むから…そんな辛そうな瞳をしないでくれ…。


 搾り出すように、そう言った新一の瞳が僅かに潤んでいる事に気付いてKIDはその事に戸惑う。
 どうして彼がそんな表情をするのかがまったく理解出来ない。


「名…探偵?」
「…独りになるな」
「………」
「勝手に独りになろうとするんじゃねえよ」


苦しげな言葉と共に頬に伝い落ちる透明な雫が月明かりで輝いて、KIDは無意識のうちに新一のその男にしては華奢過ぎる身体を抱きしめていた。


「…どうして貴方がそんな顔をなさるのです?」

 どうして私の為にそんな顔をして下さるのですか?

「………お前を…お前を独りにしたくないから…」

 お前に独りになって欲しくないから。


 ――お前のことが…好きだから……。



 そう言って、ぎゅっと自分のスーツにしがみ付いて涙を零す姿が普段の新一とは重ならずKIDは戸惑いながらも新一を抱く腕に力を込める。
 そうすればますますぎゅっと、しがみ付いてくる新一に彼に対する何時もの好敵手として抱いていた感情とはまた別の感情が生まれる。

 腕の中の彼を心の底から『愛しい』そう思った。

 KIDになる為に選び取った道の中で捨てた筈の感情が少しずつ自分に戻ってくる。
 それは自分の目的よりも大切なものを作らないように必死で押さえ、殺してきた感情。

 誰かを…愛するという事。


「名探偵…」
「お前にも…羽根を休められる場所はあるから…」

 頼むから独りにならないでくれ…。


 泣きながらそれでも必死に自分に訴えかけてくる蒼の蒼さに引き込まれて、誘われるようにその透明な雫が零れ落ちている目元へとそっと唇をよせ涙を拭う。
 それに任せる様に閉じられた新一の瞼にもそっとキスを落として、そのまま頬に唇に何度も何度もキスを落とす。


「名探偵。貴方の元に私の羽根を休める場所を作ってくださるのですか?」
「ああ。お前が何時でも安心して休める場所になってやる」
「…何時でも?」
「ああ。何時でも…何があっても」

 例え世界中がお前の敵に回ったとしても、俺だけはお前を独りにはしない。
 それがお前の罪の証人である俺の選択だから。
 俺はお前の罪を知っている罪の証人だからこそ、お前が安心して休める場所を提供してやれる筈だから。

「ならば私にも貴方が安心して休める場所を作らせて頂けますか?」

 私も貴方の罪を知っている罪の証人ですから。
 貴方が私に羽根を休める場所を下さると言うのなら、私も貴方に安らげる場所を提供したいのです。


にっこりと微笑まれて言われた言葉に新一は一瞬吃驚してその泣き濡れた瞳を数度瞬かせた後、ほっとしたように微笑み頷いた。


「お前の腕の中だけが俺が安心して休める場所だよ…」








 何時だって独りきりだと思っていた

 過去も未来も独りきりだと思っていた

 けれどそう思っていたのは自分だけで

 周りを見渡せばこんなにも自分を思ってくれている人が居た

 だからこれからは…独りでなく二人で二人の罪を背負って生きて行こう

 罪の証人とその罪を赦し合う者として…。








Author by 薫月 由梨香

【薫月後書き】

うわぁ…ι激しく一杯一杯感が…ι特に後半が…書いてる自分が恥ずかしかった…(///)
いまいちお題に沿ってねえよなあι
すまん雪花姉…これが精一杯だ!(逃)

【桜月様コメント】

最高に素敵じゃないですか!!
丁度BGMにGacktのLast songを聞いていまして…なんてイメージが合うんでしょう(爆)
それもあり(勿論なくても)、新一さんの告白シーンで思わず涙…
やべぇ…、由梨香サン素敵過ぎですよ(恍惚)

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