優作が用意した、工藤邸のリビングとさして変わらない雰囲気を持つ…病室。

 そこに眠る1人の男と……その男を見つめる女性。

 静寂だけが支配する病室で、聞こえるのは僅かな機械音のみ…





『15 English titles』 Special
Kiss me all night long -After-






「じゃあ、悪いけど頼むな」
「ええ…貴方も、さっさと終らせて帰ってくるのよ?」

 どうせ、昨日もまともに休んでいないんでしょう?

 そう続けた志保に、新一は苦笑いを浮かべる。

「ともかく、余り無理しないで。彼が目覚めた時に貴方が倒れていたりしたら……予想するまでもないでしょう?」
「…解った。帰ったら大人しく寝る」
「約束よ? 騒々しいのはご遠慮願いたいわ」

 もっとも。目覚めた時点で、騒がしくなるのは目に見えてるけど?



 事件の要請を受け、唯一、自分がいない間を任せられる志保に連絡を取り…そんな会話を交わして現場へ赴いた。

 ……それが約2日前。


「まさか…こうなるとはなぁ;」

 薄暗い室内で溜息混じりに呟く。

 此処が一体何処なのか、場所はだいたい把握出来ている。
 相手は3人。こちらは1人。
 自分の持ち物は全て取り上げられている為、当然ながら連絡の仕様がない。

 そして何より…

「なんだって爆弾なんて持ってるンだよ、コイツ等…」

 連れ去られる時にちらりと見えた中型の爆弾。
 大きさ的には中型だが…中に入っているモノは大型で、簡単にこの辺りの建物全てを沈める事が出来る。

「…とにかく、さっさと帰んねぇと宮野の小言だけじゃ済まなくなるな」

 そう呟き、過去に何度か聞いた棘と毒が含まれたキツイお叱りの言葉を思い出し、新一は首を竦めて立ち上がった…。





 ──事の始まりは2日前。
 警察だけでは手に終えない事件…と言うよりも、時間的に一刻を争う事情があった為に呼ばれた新一。
 事件そのものはたいした事もなく解決し、

「(これならすぐ帰って充分寝れるだろ)」

 そう思いながら帰路を進み、何気なく道向かいにある路地へと目を向けた。
 路上駐車している大型のワゴンがその路地を覆い隠すように停められていて、運転席に1人。車の後ろに1人。それぞれ男が乗っている。
 そして、車の外に1人…

「…………」

 何の変哲もない普通の光景。
 現に彼等の近くを通る人達は3人を気に止める事もなく通りすぎていく。
 しかし、それが新一の瞳には明らかに怪しく映っていた。

 少しUターンして横断歩道を渡り道向かいへ。
 そしてその3人組みの元へと近づき…

「!」

 外にいた男が持っていた紙袋を通り過ぎる際に確認し、思わず足を止めた。


 そんな新一の動きに運転席にいた男が気付く。
 後部座席にいた男へとなにかを指示したらしく、すぐにワゴンの扉が開く。
 その音に新一が車の方へと意識を向けた瞬間…

「──大人しくしろ」

 …何時の間にか背後に忍び寄っていた男が、新一の身体を拘束し首元にナイフを当てた…。

「悪いが、ちょっと付き合ってもらおうか」
「………」

 黙って大人しくしている新一に、その男は路地にいた男へと呼びかける。

「ひとまず引き上げるぞ」
「アニキ、これは?」
「今日は中止だ。…コイツに見られちまったからな」

 車へと押し込まれた新一を、後部座席にいた男が拘束する。
 腕をロープで縛られ、その後に乗り込んで来た男との間に挟まれる。

 そうして…今、この場所へと連れて来られた。


 当然ながら、新一はわざと捕まり此処にいる。
 最初に拘束された時から、手の自由は奪われても目と耳。そして足は自由だった。
 あの日の計画では銀行を爆破し、その後の混乱に乗じて現金を奪う予定だった…などと新一が聞き出すまでもなく語っていた処からみても、この3人組みが(こう言うのもなんだが)プロではないと確信していた。

 所持している武器もナイフだけ。
 この2日間注意深く見てはいたが、拳銃などは見当たらない。
 その割には爆弾を数個所持しているらしく、バックに何処か大きな組織でもあるのかと慎重になってはいたが…これなら、1人でも動ける。

 そうして、此処に来てから2日後の今日。
 漸く新一は動き出す事にしたのだ…



 まずはずっと縛られたされたままだった両腕の拘束を簡単に解く。
 流石に2日間同じ状態だった為、感覚がない。
 軽く肩を回し腕の動きと握力を戻す。
 その間に、室内の扉・窓のチェック。ついでに何か道具になりそうな物がないか探してみる。

 …建物はそう古くないが、不況のせいかテナントが入らず野放しにされているビルの一室。
 たいして都合の良いものは見付からず、始めから期待していなかった新一はそのまま扉へと向かう。

 今、向こうの部屋にいるのは2人。
 1人は数十分前に何処かへ出て行ったのを音で確認している。

「道具がないって事は…蹴り破るしかないのか? コレ…」

 めんどくせぇ…

 何やら拉致されている人が言うセリフじゃないのだが…;
 それでもさっさと帰らなければ、志保からの毒と棘の篭ったお言葉が増えるだけ。

 そう思い直し、新一は扉を蹴り破るべく右足を振りかざした…。






 ──あっさりと男2人を撃破(爆)。

 出て行ったのは運転席にいた男だったらしく、実にあっけなく新一は勝利を手にした。
 そして、もう1人が帰ってくる前に…と、置かれていた爆弾の処理を開始した。

 幸い種類は新一の知っているもので(むしろ知らないモノの方が少ない・笑)、傍にあった道具で解体する事が出来た。
 作業を終えた処で、漸く新一は自分の荷物を探し始める。

 せめて携帯があれば…志保に電話して自分の無事を知らせることが出来る。
 真っ先に連絡しようと思うのが警察ではないのも考えものかも知れないが……彼女は新一と、今はまだ目覚めない彼の身を、自分のこと以上に大事にしている。
 それは常に感じていることだし、解っていることだった。

 そして……少し変わった新一をどんな目で見ているかも──

 だからこそ余計な心配はかけさせたくない。
 ただでさえ、彼女は罪悪感を背負って生きているのだから…

 ……もっとも今の状態からして、それは実行されていないのが現状なのだが;


「携帯だけでも見つからねぇかな…」

 周囲をきょろきょろと見回してみるものの、新一の荷物らしきものは見当たらない。
 あの時持っていたのは、携帯と財布。それから今は帰っていない家の鍵。
 たったそれだけのもの。鞄にも入れていなかったのだから、何処かに纏めて置かれているだろうと踏んでいたのだが…

「……ねぇな」

 溜息混じりに呟いた新一。

 そこに──


「──探し物はこれか?」

「!」

 聞こえてきた方向へ身を翻す。
 そこにあるのは、今しがた帰ってきた男の姿。

 …その手にあるのは、探していた新一の携帯…

「見事だな」

 傍に倒れている仲間2人を見下ろし、素直にその手腕を褒める。

「……爆弾は解体させてもらったぜ?」
「構わねぇよ。もう用済みだったしな…」
「なんだと?」
「…こう言う事さ」

 にやりと笑い、処分する手間が省けたとばかりに答えた男。
 その言葉に新一が問い返すと、向けてきたのは黒光りする銃口…

「……手に入れたのかよ」
「まあな。お前に会わなけりゃ、手にする事もなかっただろうけどな?」
「…………」

 2人の距離は5メートルにも満たない。

 …この状況で、新一がその銃弾を避けるのは難しい。

 まして新一は丸腰。武器になるのは己の身体。それには接近戦が不可欠。
 だが、相手が拳銃を持っているとなると……


「コレでもう1度計画の練り直しだ。コイツ等を潰してくれた事には感謝するぜ? おかげで全額一人締めだ」

 セーフティーが外される。

「じゃあな、名探偵…」

 トリガーにかかった指に力が篭る…

 なんとか避けきろうと、真っ直ぐに銃口を見つめ続ける新一に向け、銃弾が発射される──



 ……その瞬間。

 新一の目の前に白い影が現れた……





「ぇ……」


 自分を覆い隠すように広がる『白』。

 それは『あの時』と同じ光景。


 怪盗が、小さな名探偵を迫り来る銃弾から庇った時と…



「キ…ッド…?」



 ただ唯一違うのは



「大丈夫ですか? 名探偵?」



 その後に聞こえてきた声──




 状況を忘れ、茫然と目の前の『白』を見つめる新一。
 そんな新一を守りつつ、キッドは新一を傷付けようとした男に向かってトランプ銃を向ける。

「私の名探偵に手を出そうとは…万死に値しますよ」

 突然現れた、ここ暫く姿を見せなかった有名過ぎる怪盗に、新一同様茫然としていた男。
 向けられたトランプ銃に我に返るも、その時既にキッドの指はトリガーを引いていた…。



「…大丈夫ですか?」

 実に呆気ない終り。
 男はトランプ銃から打たれた麻酔弾によりその場に倒れている。
 …ちなみにこの麻酔弾は、コナンの時に使用していた麻酔銃をアレンジした、阿笠博士のお手製である。

「全く…、目が覚めたら貴方が行方不明だと聞いて…探しましたよ?」
「…………」
「…名探偵?」

 溜息混じりに呟くキッドに、今だ茫然と見返すだけの新一。
 その様子に何処か怪我でもしているのかと思っていると、

「……キッド…?」
「はい」
「…ほんとに……本物か…?」

 恐る恐ると尋ねる新一。
 そんな新一に、キッドはくすっと笑みを零し、

「…私が解りませんか?」

と、新一の手を取る。
 直接触れられた感覚に、新一の身体がビクッと反応を示す。

 しかしキッドは構わずその場に跪き…



「──只今、帰って参りました」



 忠誠の証を手の甲に。親愛の証を手のひらに。


 羽根のような口付けを贈り、新一を見上げる。

 そして、その表情に優しく微笑んだ…。


「……遅い」
「すみません」
「…おせぇよ…ほんと」
「許してくださいませんか?」

 瞳に雫を溜め搾り出すように声を出す新一に、キッドは跪いたまま問う。


「………もう、駄目かと思ってた…」


 堪えきれず零れた涙と共に呟かれた言葉。

 その呟きに、キッドは黙って新一をその腕の中へと閉じ込めた…


「ほんとに…キッド、なんだな?」
「はい」
「…大丈夫……なんだな?」
「ご安心下さい」

 確かめるようにしがみ付く新一。

 その力は本当に必死で…もう絶対に、この手は離さない──そんな気持ちが溢れている。

 そんな新一を安心させるように彼の背を撫で、キッドもまた、『あの時』以来漸く触れられた愛しい人を抱き締める。


 しかし、いつまでもこうしている訳にはいかない。

 キッドが此処に来る前、志保の手によって警察へと連絡が行っている筈なのだから…


 名残惜しく思いながら、キッドが腕の力を弱める。
 その動きに、新一も現状を思い出したのか素直に腕の力を抜き、キッドを見上げた。

 …そして、


「……おかえり…──快斗」

「っ!!」


 初めて、新一の口から零れた名前。
 それはまだ名乗っていなかった…名乗れなかった彼の本名。

「後で、ちゃんと自己紹介してくれよ? もう、「聞かない」なんて言わねぇから」

 2人が共に組織へと立ち向かった時、新一…コナンは一つだけ条件を付けた。


『本名は言うな。それが弱点になる可能性もある』

 それが…手を組んだときの条件。
 理屈は解っていても納得しなかったキッドに、コナンは続けてこうも言った。

『本名はさ。全部終ったら…オレが元の姿に──工藤 新一に戻ったら、改めてしようぜ?』


 それを目標…楽しみに頑張ろうぜ?



 ──結局、名乗る前にキッドはコナンを庇って銃弾に倒れ…

 コナン…新一は本人以外の口から彼の本名を知ることになった。



 それでも約束は約束。まだ有効だから…


「…それが終ったら、伝えたい事があるんだ」

 意味深に呟きゆっくりとキッドから離れる。

 名残惜しくとも、そろそろタイムリミット。




 …言ってやるよ。自己紹介が終ったら…さ。


 お前が寝ている間に1度だけ言葉にしたあの気持ちを…

 たった1回だけ。目覚めているお前に言ってやる。




 ──Since captured, kiss me all night long?




発見されましたね?(妖笑)それでは桜月様の素敵コメントへどうぞ♪


【桜月様後書き】

【恒例の言い訳っス!!】←認めた。

 ……再録部屋(サイト)開設記念に頂いた小説のお礼…兼、相互リンクありがとう!なお礼として謙譲いたしまス。←セットにするなよ;

 ずっと何にしようかと考えていたんだが、ここはやはり「続き〜!!」と言われていた『15titles』から『Kiss me all night long』の続編(?)で♪
 ご希望通りのハッピーエンドでゴザイマス、如何でしょうか?(ドキドキ)

 ──あ。この後、自己紹介の前には当然志保さんからの『毒と棘』がありマス。
 しかも何故か快斗も一緒に(笑)

 『Since captured, kiss me all night long?』=『囚われてやるから、一晩中キスをして?』


 ……ちなみにコレ、再録部屋(サイト)では隠しリンクにしようかと思ってたり?


【薫月コメント】
きゃぁvきゃぁvvv(興奮)
新一さん素敵に無敵〜vと思わせつつ一番おいしいところでKID様登場〜vv(激興奮)
後半で涙ぐみ…もうマジで素敵展開にやられまくりですわ〜vvv
「続き〜!」と言ってた甲斐がありましたわ♪
で…快斗も一緒に『毒と棘』くらうんだな(笑)
あんな物のお礼にこんな素敵ブツ貰っちゃって…ありがとう雪花姉vvv
これからもよろしく〜☆

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