知っていた
解っていた
それでは幸せになれないのだと
11.Tisiphone(ティシフォネ) -復讐の女神-
ついにこの瞬間を迎えられたと思った。
あの日、あの場所で、あの時一番大切だった人を奪った者に漸く復讐が出来ると思った。
「流石は怪盗キッド…。ここまで来るとは思わなかったよ」
目の前で暗く笑う男。
どっぷりと裏の世界に浸かりこんだ男の気配。
その気配に吐き気すら覚えた。
「そんな皮肉は結構ですよ。すべて貴方には予測済みなのでしょう?」
「おやおや、随分と可愛くない事を言うね。Jr.は」
Jr.(ジュニア)
そう自分を呼ぶ時点で全て解っているのだろう。
自分が嘗ての怪盗キッドではない事。
そして自分がその息子だという事。
彼の部下は解っていなかったようだが…。
「可愛くなくて結構。貴方にそんな風に思われる必要性などありませんからね」
「随分と敵意剥き出しなんだね」
クスッと笑う男。
他に誰も居ない部屋。
その余裕に背筋に悪寒すら覚える。
「だから君はまだ甘いんだよ」
向けられる銃口。
それは本当に一瞬。
「そんなに敵意剥き出しでは私は殺せないよ?
どうしてひっそりと、私を殺しに来なかったのかね?」
「私は貴方を殺しに来た訳ではありません」
「人を殺さない、そんな甘い事をまだ言うのかい?」
引き金に掛けられる指。
それでもキッドは動揺すらせず、口を開いた。
「約束を…」
「ん?」
「約束をしたんですよ」
「約束?」
一体何の事だか理解出来ないという様に不可解な表情をした男に、今度はキッドがクスッと笑う。
「ええ。私の一番大切な方と約束をしたんです」
その時の事を思い浮かべながら、こんな時なのに怪盗は何だかとても幸せな気分になった。
あの日。
捜し求めていた愚かしい女の名を持つ赤を見つけた日。
その足ですぐ彼に会いに行った。
『見付かったんだな…』
『ええ』
渡した石を月に翳しながらそう呟いた探偵に怪盗は小さく頷いた。
『どうするんだ? これ』
『餌にします』
『それで?』
それでどうするのかと。
餌を準備して、敵を誘き出して。
そしてどうするのか。
訪ねる探偵に怪盗はその時きっぱり言った。
『殺します』
それはきっと怪盗の最初で最後の殺人予告。
復讐と言う名の殺人。
『それなら…俺はお前を見過ごせない』
探偵は解っていた。
怪盗がきっとそう言うであろうと。
けれど、知っていた。
復讐は何も生まず、更には新たな復讐を――そして、一生付き纏う罪の意識を生む事を。
『では、どうなさるのです?』
『お前はどうして欲しいんだ?』
真っ直ぐに探偵は怪盗を見詰める。
探偵には全て解っているから。
『本当は止めて欲しくて来たんだろ?』
『………』
そんな事を告げれば。
怪盗のしたい事を告げれば。
きっと探偵が止める事を怪盗は解っていた筈。
それなのに、怪盗は探偵に全てを告げた。
それは結局は―――。
『お前には人なんて殺せねえんだよ』
探偵は言葉に詰まった怪盗を満足そうに見詰め、そして呟いた。
『ティシフォネに魅入られるより、俺に魅入られちまったみたいだな』
「私は貴方を殺したりはしませんよ」
探偵とのやり取りを思い出し、怪盗は笑みさえ浮かべて見せる。
けれど、それは男には何の意味もなさなかった。
「成る程。君の大切な人は君よりも甘ちゃんのようだな」
引き金に指をかけた男の浅はかな笑みにキッドはクスクスと笑ってみせる。
「違いますよ。貴方は何も解っていない」
「まあ、言いたいだけ言えばいい。―――あの世でな」
引き金が引かれる。
それをキッドはまるでスローモーションの様に見ていた。
そして、次に来る衝撃と痛みを覚悟して目を閉じた。
―――バァン!
響いた音。
けれど、ある意味聞きなれた音がいつもと違う。
その事に気付くと同時に、自分に痛みがない事に気付いてゆっくりと目を開けた。
そこに広がっていた光景は―――。
「なんで……」
暴発した拳銃。
吹き飛ばされた腕。
そして、血塗れで倒れている男。
「流石だな……」
「何を…」
「復讐などしないと言っておいて……人の拳銃に細工をする、とは……」
何もしていない。
自分は何もしていないのに。
一体何が起きているというのか。
「まあいい…。怪盗キッドが犯した最初の殺人の被害者になるのも悪くはな……」
言いかけて、そして事切れた男を呆然と見詰め続けることしか出来ない。
頭がついてこない。
一体何が起きたのか解らない。
愕然として床に膝を付く。
自分は殺さないと彼に約束した。
全てが終わった後彼の傍に居たいと思ったから。
でもこれでは――。
――キィ…。
「!?」
その時、突然部屋の扉が開いた。
反射的にトランプ銃を構えればそこに居たのは他ならぬ彼だった。
「名探偵…どうしてここに…」
「末路を…」
「え?」
「末路を見に来たんだよ。怪盗キッドを死に追いやった男の末路をな」
目の前の死体に動揺する事無く、それどころか全て知っていた様に語る探偵に漸く怪盗は全ての辻褄が合う事に気付いた。
「まさか貴方が…」
「だったらどうする?」
クスッと探偵は笑う。
暗く。
薄く。
けれど、艶やかな妖しさを含んだ妖艶な笑みを浮かべる。
「どうして…」
自分には言った筈だ。
復讐は何も生まないと。
復讐は何も解決しないと。
全てを語らなくても探偵はそう訴えていた。
訴えていた筈だったのに何故――。
「気付かなかったのか?」
「え…?」
「俺はお前に殺人を犯させたくは無かった。
だけどお前を失うのも嫌だった。
きっとその時俺は―――ティシフォネに魅入られちまったんだろうな」
そう言って暗く妖しく笑った探偵は今まで見たどんな彼よりも美しく―――まるで本当の女神の様に怪盗の目には映った。
Author by 薫月 由梨香
【薫月後書き】
漸く…ホント漸く書き終わりました。
最後の最後で本当にお待たせしてしまってごめんなさい。
雪花姉には何ていってお詫びをすればいいか…。
こんな奴でもこれからも宜しくです;
でも、ラストでこんな新一さんかよ…(遠い目)
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【桜月様コメント】
久しぶりに由梨香サンからお題作品を頂きました〜♪
由梨香サンお得意(?)のシリアスにドッキドキです!!オレには絶対書けない流れだよなぁ…;
「15English titles」の最後はミステリアスな作品でシメとなりました。
改めまして由梨香様。
お題折半(笑)ありがとうございました!!
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