──秘密に、しておいてくれるかしら…?



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 組織戦が漸く終結して…なんとか周囲も落ちついてきた頃。
 壊滅の中心となった工藤君と私は、影で動いていた怪盗の隠れ家の一つに身を潜めていた。

 利害の一致から、ごく自然に手を組んだ。
 怪盗にとっては間接的にしか関わりのなかった黒の組織。
 それでも手を貸してくれると言った彼に…私達は甘えた。
 その中で、本当に偶然だったけれど怪盗が探していたものも見つかって…お互い、漸く人並みの生活に戻れる。

 …あと少しの我慢で…


「志保ちゃん。ダージリンとピュアアッサム、どっちが良い?」

 太陽が西へと傾きかけた頃、リビングで雑誌を読んでいた私に黒羽君が声をかけてきた。
 その声に近くにあった時計に視線を移し、

「ああ…、もうそんな時間なのね」

と、呟く。

「今、お茶菓子も出来たところなんだ♪ 丁度良いからお茶にしよう?」
「…ちなみに、そのお茶菓子は?」
「甘さ控えめのアップルパイv」
「だったらダージリンを貰おうかしら」
「了解☆」

 私の言葉に明るく返事をし、黒羽君はキッチンへと消えていく。
 その背を何気なく見送り…ふと思う。


 …私は、彼にどれだけ助けられてきたんだろう…



 いつもにこにこと笑っている彼。
 始めは夜の姿とのギャップにだいぶ面を食らっていたのだけれど…
 …これが、偽りのない彼本来の姿だったから、私も工藤君もすぐに受け入れられた。

 そして、その笑顔に何度も救われた──

 光りしか知らないような輝いた笑顔。
 でも、その裏にある影を…闇を彼は持っていた。
 だから…彼を受け入れる事が出来たのかもしれない。


 私は元々そういうタイプだったから、今更だったのかもしれないけれど…
 『コナン』になる…という経験をして、それまでは曖昧にしか解らなかった『闇』の部分を知り、その中に身を沈めた工藤君。
 そんな彼に、影を知らない蘭さんや西の探偵、少年探偵団の面々は明るすぎた。
 純粋に輝いていて……

 ……それが、工藤君を苦しめる。

 同じ闇の中にいて、彼よりそれが長かった私には、必死で耐えている工藤君に気が付いた。
 それでも、その苦しみを理解することは出来ても、取り去り分かち合う事が出来なかった。

 ──彼にその苦しみを与えたのは、紛れもなく私だったのだから…



「志保ちゃん? どーしたの?」
「え…」
「ぼーとしてる。何か考え事?」

 キッチンから戻ってきた黒羽君に声をかけられ我に返る。

「そうね…考え事、と言うよりは回想かしら?」
「回想? なんか思い出してたの?」
「他に意味があるなら教えて貰いたいわ」
「……ないですぅ(泣)」

 眺めているだけで、結局視界にも入っていなかった雑誌を片付ける。
 目の前に置かれた紅茶の暖かな匂いが部屋を包む…
 それと同時に、自分の中(こころ)も暖かくなるような気がするのだから…不思議だ。

「はい、どーぞ♪」
「ありがとう…いただくわ」
「今日のはねぇ、結構自信作なんだよv」

 焼きあがったばかりのアップルパイ。
 「食べて食べて!」と言う視線に、私は苦笑を浮かべつつも素直に従うことにする。
 時期的にも冷え込んでる今日は紅茶もお菓子もホット。
 フォークを入れ食べやすいように一口サイズにすると、微かに白い蒸気が空を舞う…。
 そしていざ食べようとして…

「…私達は、アップルパイのようなものなのかしら…」

と、ポツリと呟いた。
 ふと脳裏によぎったイメージ。
 それをそのまま口に出したのだが…言ってから気付く。

 ……私にも、こんな思考が残っていたのね…


「アップルパイ…?」

 突然の言葉に首を傾げている黒羽君に、私は「この際だし…」と口を開く。

「そう…、パイ生地は黒羽君。それに包まれたのは工藤君と私」
「……なんで…? それより、急にどうしたの?」

 突然前触れもなく始まった話に、黒羽君が不思議そうな表情を浮かべている。
 それでも、私はそのまま話を続けた。

 …こんな機会でもないと、素直に言えそうにないから…



「ずっと思ってたのよ。光りの存在である工藤君を闇から救い出す方法。それは、工藤君と同じように、光りと闇を持ち合わせている人じゃなきゃ無理…私じゃ、彼を救えない」
「……………」
「そこに現れたのが、貴方…。闇の中にいながらも、その光りは失われなかった…白い輝き。貴方のおかげで、工藤君は闇に飲まれることなく立ち上がった…」

 黙って私の話を聞いていた黒羽君は、そこで軽く首を振る。

「違う…、救われたのは…救いを求めたのはオレ…」
「それでも、結果として工藤君は救われた」

 反論しようとする彼を遮って続ける。
 彼が言うのも事実だけど、私が言う事も事実のはずだから…

「同じ視点でいたから…お互いの痛みが理解出来た」

 そうでしょう? と、視線で問う。
 …私は、その視点に立てなかったのだから──

 少し冷めてしまった紅茶に手を伸ばし、軽く喉を潤す。

「…一度、ちゃんと言っておきたかった事があるの」
「?」
「きっとこれ一度きり。もう言う事はないと思うわ…」

 手にしたカップとソーサーが音を立てる。


「──工藤君を…私を救ってくれて、ありがとう」


「……志保、ちゃ…ん?」
「今の工藤君がいるから、今の私がいる…私にとっての唯一の『光り』。それを守ってくれてありがとう」

 これが、今の私の正直な気持ち。
 まっすぐに黒羽君を見つめる。そうすれば伝わると知っているから。
 彼等のそういう処は本当にそっくりだから…


「ちなみに、この事は秘密にしておいてくれるかしら…?」

 私の言葉に驚いたのか、今まで見た中で一番間抜けな顔をしている彼にそう念を押す。

「…工藤君には死んでも言えないわ」

 最後にそう言って、食べかけだったアップルパイに手を伸ばす。
 既にそれは冷めてしまっていたけれど…


 …何処となく、暖かい気がした──






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Author by 桜月 雪花

【桜月様後書き】

 初☆志保ちゃん視点にチャレンジ!!

 ……見事玉砕(爆)


 最後にさりげなく志保ちゃん酷い事言ってます(笑)
 でもこれもきっと彼女の照れ隠しなのでは? とか思って……ぐはぁ!Σ( ̄□ ̄;)

「失礼ね…、あの時の黒羽君の顔は本当に間抜けだったのよ」



【薫月コメント】

雪花姉の初☆志保ちゃん視点〜♪
心がホカホカになる様な温かいお話しですvv
志保さんがとても素敵なのですvv

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