貴方を失って嗚咽を止められなかった
あの時の俺にとって一番だったのは貴方
大切な人なのは今でも変わる事はない
けれど今一番大切なのは
俺の泪を止めてくれた綺麗な綺麗な人
―― 泪 ――
『お前、ほんとは泣きたいんだろ?』
言われた言葉は俺の頭をガツンっと殴っていった。
今まで誰にも見抜かれた事なんてなかった。
今まで誰にも言われた事なんてなかった。
大切だったあの人が死んで。
大切だった思い出が日々薄れていくのが辛くて。
IQ400なんて言ったって全ての事が覚えていられる訳ではなくて。
人間の『忘れる』という機能が酷く恨めしくて。
毎日毎日アルバムを捲っていた。
暇さえあれば昔の事を思い出していた。
だってそれが一番幸せだった一時。
「かいと」
「んっ……」
眠りの底から引き上げられた。
ゆっくりと瞳を開けば視界に広がるのは綺麗な綺麗な蒼。
「おはよう」
「ん…。おはよ」
「珍しいな。お前の方が俺より起きるのが遅いなんて」
くすくすと笑う彼の笑顔が眩しくて目を細める。
綺麗な綺麗な人。
顔とか、身体とか、瞳とか。
彼を形作るそれらも美しいけれど、一番綺麗なのは…彼の心。
近くにいるのが心地好い。
まるで光に包まれている様に暖かな幸せに包まれる。
「ちょっと疲れてたからね」
そう言えば綺麗な蒼が少しだけ曇る。
優しい優しい彼。
何時だって自分以外の人間の痛みを自分の痛みにしてしまう。
「でも、新一の隣で寝たらそんなのどっかにいっちゃったけど」
微笑んで引き寄せる。
少しだけ色付いた頬に唇を寄せて、細過ぎる身体を抱き締めて。
「ねえ、新一」
「ん?」
「夢見たんだ」
「夢?」
「そう。昔の夢」
幸せだった一時と。
ソレを失った悲しみと苦しみ。
そして、貴方に出会った昔の事を。
「昔?」
「そう、昔」
「それって…」
「親父の事も勿論そうだけど、それよりも…」
「それよりも?」
「新一に言われた言葉、思い出した」
「俺に言われた言葉?」
何度目かの邂逅。
彼と自分だけの深夜の密会。
『これはこれは名探偵。御出で頂き恐悦至極』
『それが呼び出した奴の台詞かよ』
『確かにお呼び立ては致しましたが、貴方が来て下さるという保証はありませんでしたので』
『そりゃそうだろうけど…』
溜息を吐いて呆れた貴方の姿すら鮮明に思い出す事が出来る。
『それに…』
『それに?』
『犯罪者である私の呼び出しに貴方が応じる必要は欠片もありませんしね』
苦笑してそう言ったら思いっきり睨み付けられた。
『自分の事を卑下するのは勝手だが、それに俺を巻き込むな』
『別に卑下している訳ではありませんよ。私は事実を述べているだけです』
『だったら何でそんな顔してるんだ?』
言われても咄嗟には気付かなかった。
自分のポーカーフェイスが彼の前では無力だという事に。
『と、仰いますと?』
『ったく、これだから自分で分かってねえ人間は性質が悪いんだよ』
『一体何の事を仰ってるんですか?』
聞き返したらもう一度溜息を吐かれた。
『お前の事だよ』
『私の事?』
『ああ。自分の気持ちに気付いてないどっかの馬鹿な誰かさんの事だ』
『私が自分の気持ちに気付いていない?』
『ああ、そうだ』
真っ直ぐに向けられた蒼が俺を射抜いた。
『お前ほんとは泣きたいんだろ?』
言われた言葉は確実に俺の胸の中へと落ちた。
「そう。新一に言われた言葉」
「何だよ」
「教えない」
「おい」
「だーめ。凄んだって教えないものは教えない」
可愛らしく睨み付けてくる彼はあの日を思い出させる。
尤も、あの日と同様その瞳には優しさが溢れているけれど。
「俺の大事な言葉だから、新一にも秘密v」
大切な大切な宝物。
それは彼から貰った最初の贈り物。
「何だよ。気になるだろうが」
「秘密なものは秘密v」
「ったく、このバ快斗」
「バ快斗でいいもん。俺新一馬鹿だしv」
「……ほんとお前って馬鹿」
呆れられて、蹴られて、それでも幸せ。
だって貴方は本当の俺を見付けてくれた唯一人の俺の『理解者』だから。
end.
桜月様のサイト50000hit記念に贈りつけたブツ。
最近遠い目をする(過去を思い出す)系の快斗君が好きな模様です(何)
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