新一には嫌いな季節二つがある


暑いのが苦手な彼であるから


夏が嫌いなのは当然で


じゃあもう一つの彼が嫌いな季節は?








〜stroll〜

 







「蒸し暑い…。」

いつもの様に読書をしている新一と、いつもの様にそれを眺めていた快斗。

その静寂を乱したのは新一のこの一言だった。

「突然どうしたの新一?」

いつもなら小説の世界に入ってしまった新一を呼び戻せるのは事件だけなのだが、この日は少々違っていた。

「お前は暑くないのか?」

そういいながら、新一は横にしっかりと陣取って座っている快斗を睨んでくる。

「新一、何か機嫌悪いねぇ。」

理由は解らないがやけに言葉に険がある新一に快斗は苦笑する。

「で、お前は暑くないのか?」

「ん。別に平気。」

KIDをやっているうちに必然的にそうなったのか、元からそういう事を余り感じない方なのか解らないが、

快斗は暑さや寒さには尋常では無いぐらい強かった。

それを解っていてあえて聞いてくるぐらいなのだから新一は相当暑いのだろう。

「んじゃ、窓開ける?」

いかにも一般的な打開策だがこれが一番手っ取り早い。

冷房をつけても良いのだが新一の事だから直に風が来るところに座る事は必至。

それでは新一の健康に良くない、と快斗が考えての結論だった。

しかし、

「いい、開けるな。」

返ってきた答えは余りにも意外な物だった。

「え…だって暑いんじゃないの?」

「暑いけど窓を開けられる天気じゃないだろ。」

それぐらい気付かなかったのか、なんて更に機嫌の悪そうな声で付け加えてくる。

「ありゃりゃ。こりゃ結構降ってるねぇ。」

窓の外を見ればかなりの土砂降り。これでは窓を開けた瞬間、周りが水浸しだろう。

「何であれだけ音がしてて気付かないんだ…。」

相当呆れたのか、お前ホントにKIDなんかやってたのか、という言葉さえ聞こえてくる。

「酷いなぁ、新一に見惚れてたんだってばvv」

そういって新一を抱き寄せようとした瞬間、黄金の右足が炸裂した。

「新一…………酷い…。」

「暑いって言ってんだろ…。」

見事に蹴られた右脇腹を抱えている快斗をしり目に、新一はさっさと冷房をつけにかかる。

案の定、エアコンの風が直接当たるところに陣取ってさっさと本を読み始める。



「新一〜、体壊すからこっち来なよ〜。」

「……………」

「新一ってば〜。」

「……………」

どうやらすっかり本の世界の住人になってしまったらしい。

こうなったら事件でもない限りあの世界から新一を引き戻すのは相当困難。

無理矢理本でも奪おうものなら1週間は口を利いてくれない自体になるのがオチだ。

しかし、このままでは新一の健康上良くない。

ここはどうやって新一の健康を守るかであるが…。

(い〜事思いついちゃった♪)

次の瞬間快斗はまるで悪戯っ子の様な笑みを浮かべ書斎から出ていったのだった。





(ふぅ、やっと諦めたか)

書斎から出ていった快斗を見送って新一は一息つく。

快斗の言おうとしている事は解らなくもないのだが、いかんせん暑過ぎるのだ。

新一はとにかく暑さに弱い。

夏の暑さもそうなのだが、梅雨の蒸し暑さにはもっと弱い。

梅雨…というより雨自体は決して嫌いではないのだが、梅雨はこの蒸し暑さがいけない。

もう少し、からっとした暑さにならないものかと常々思っているのだが。

(こうなったら国外脱出か?)

そんなことを本気で思っている新一なのだった。

それはさておき五月蝿いのも居なくなったので読書に勤しんでいたのだが…。

次の瞬間視界が真っ暗になった。

「暑い………。」

「体冷えちゃうからね〜♪」

頭から被せられたのは夏用の薄手のタオルケット。

「んで、これを俺にどうしろと?」

「もちろん羽織ろうねvv」

「却下」

そう言うと新一は横に突っ立っている快斗に頭からそれを被せる。

「新一酷い〜、これでも打開策なんだよ〜。」

本来ならもう少しエアコンから離れた位置で本を読んで欲しいのだが、それが駄目なら何か羽織ってもらおうと思ったのだ。

「そんなもん羽織るぐらいなら離れてた方がまだ涼しいだろ。」

「じゃあ離れようねv」

(これが狙いだったか…)

ちっ、と舌打ちをしながら元居た場所まで戻ってくる新一。

大成功vなんていいながらまたも横に陣取って新一を眺めている快斗。

そのまま新一が本を読み終わるまでその光景は変わらなかった。






「ふぅ…。まぁまぁだな。」

あれだけ熱心に読み耽っていた割には本に対する新一の感想は酷評だった。

熱心に読み耽っていた時の姿を知っているから快斗は思わず苦笑してしまう。

「いつも思うんだが…お前は暇じゃないのか?」

「え?」

ひとしきり本についての酷評を述べた後新一はそんな質問をしてきた。

「暇な訳ないじゃん。本に熱中してる可愛い新一見るのに大忙しv」

満面の笑みでそう言われれば新一には返す言葉もない。

「…たまには何かしてろ。」

快斗と一緒に居るのは嫌ではない。

むしろ安らぎさえ感じられるのだが、いつもいつも見られているというのも気恥ずかしいのだ。

「それじゃ、一緒に散歩に行こうvv」

「……ちょっと待て、俺は俺が本を読んでる時のお前の行動について話して…」

新一が言い終わらないうちに快斗は今さっきまで読まれていた推理小説を片付け、新一に上着を着せる。

「じゃあ出かけよっかv」

「暑い…。」

「大丈夫、外は涼しいから♪」

「もう時間も時間…。」

「大丈夫。そんなに遠くまで行かないから♪」

「……傘はお前が持てよ。」

なんだかんだと文句を言っても結局はそれを許してしまう自分は本当にこいつに惚れてるんだろうなぁ、と苦笑した。






外に出てみれば梅雨独特の匂いが辺り一面に漂っていた。

「ね?涼しいでしょ?」

「確かにな。」

部屋の中の蒸し暑さが嘘の様に外の空気は冷たく涼しかった。

「だから、お散歩しよv」

「あぁ。」

そう言い終わらないうちに新一はすたすたと歩き出した。

傘を持っている快斗は新一が濡れないように慌てて傘を開き急いで新一に追いつく。

「で、何処に行くんだ?」

「新一…目的地に向かって歩くのは散歩って言わない…。」

「う〜ん、じゃぁどっち方面に行くんだ?」

「えっとねぇ…公園にでも行こうか。」

「こんな雨の日に公園か?」

「いいから行こvv」

快斗はなにやら思い付いたらしく妙に笑顔で新一の手を取った。

「…俺は手を繋いで良いとは言ってないぞ。」

「じゃぁ肩抱いてあげよっか?v」

「…手でいい…。」

結局この手の事になると快斗には敵わない新一だった。






梅雨独特の薫りと外の涼しさを十分に満喫しながら公園までの短い道のりを歩く。

適度な涼しさと繋がれた手の温もりに梅雨もそんなに悪くないかもな、と改めて思う。

当然の事ながら公園の中に入っても人っ子一人居なかった。

(そりゃこんな雨の中公園に来る物好きなんか居ないよな…。)

降りしきる雨を見つめてぼぉっとしていた新一だが、

「新一見て見て♪」

快斗の嬉しそうな声で現実に引き戻された。

「ん?」

快斗が指差した方を見ればそこには綺麗な薄紫色の紫陽花が咲いていた。

「綺麗だね♪」

「そうだな。」

「これを新一に見せたかったのv」

(それで公園だった訳か。)

わざわざ雨の日に公園というのは雨に濡れてひっそりと咲いているこの紫陽花を見せたかったから。


これほど雨が似合う花はないであろう。

だからわざわざこんな日を選んで連れてきたのだと、こと季節感を大切にする恋人らしいなぁと思わず笑ってしまう。

「………そういえば新一紫陽花の花言葉って知ってる?」

じっと、紫陽花に見入っていた快斗が不意にそんな事を聞いてきた。

「ん?いや…知らないけど…。」

「あのね紫陽花の花言葉は『移り気』っていうんだよ。」

「移り気ねぇ…。」

大方、土壌によってその色を変える事からついたのだろう。

そんな花言葉をつけられてしまう花の方も大変だなぁ…と思わず同情してしまう。

「でもね…他の意味もあるんだ。」

「他の意味?」

「そう、もう一つの紫陽花の花言葉はね…。」

耳元で囁かれた途端新一はその綺麗な頬を真っ赤に染めあげた。

「か、帰るぞ。いつまでもこんなとこに居たら風邪ひくからな。」

そう言うと新一はすたすたと今来た道を戻っていってしまう。

「はいはい、お姫様v」

それを追う快斗の顔は幸せそのものだった。










「もう一つの紫陽花の花言葉はね…『辛抱強い愛情』なんだよ…。」










耳元で囁かれたのはそんな言葉。

その後に辛抱強く待ってて良かったよv、なんて囁かれてしまっては何も言い返せない。

彼が自分を待っていてくれたのを知っているから。

彼と出会った時の自分はまだコナンで。

それから組織を潰して、灰原に解毒剤を作ってもらって。

元の姿に戻るまでの長い間、彼はずっと自分を待っていてくれた。

全てが終わったら自分のことを考えて欲しいと。

それまではずっと待っているからと。

だからこそ今こうして彼といられる時間がとても心地よくて。

だってこうなる事を待っていたのは彼だけではないのだから。

自分だって彼の隣にこうして立てる日をずっと待っていたのだから。

けれど悔しいから、そんな事は言えない。

言ったが最後、この男は今まで以上に自分を離してくれなくなるだろうから。






「梅雨も悪くねぇかもな…。」

そう呟きながら、新一は追ってくる快斗の腕に優しく包まれるのだった。








夏は暑いから嫌い


梅雨は蒸し暑いからもっと嫌い


けれど二人で一緒にいられるなら


嫌いな季節さえ幸せなものになる





END.


『月の生まれる夜』の架印様から「紫陽花」というリクエストを頂いて書かせて頂きましたv
しかし…紫陽花が中途半端にしか使えてません…。
しかも新一君強いんだか弱いんだか…。





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