気付かないなら
気付かなくても良かった
それならば
貴方を思い通りに出来る
もしも貴方が気付いても
結局貴方は私の思い通りになるしかない
ねえ、名探偵
知っていましたか?
結局このゲームは
裏が出たら貴方の負け
表が出たら私の勝ち、なんですよ?
始動(ver.bitter)
「楽しみですよ。貴方がどれだけやって下さるのか」
クスッと笑ってキッドは新一から身体を離すと、ギイッと鈍い音を立てたベッドから下りた。
「で、お前…昨日の話は?」
「昨日の話と言いますと?」
「誰を……殺せばいいんだ?」
「ああ、覚えていて下さったんですね」
大した事ではなさそうにさらっと言い放ったキッドを新一は睨み付ける。
けれどそんなモノはよりキッドの笑みを誘う誘引剤にしかならなかった。
「……お前、つくづく嫌な奴だな」
「知ってますよ、それぐらい」
クスクスと音を立てて笑うキッドを新一は唯睨み続ける事しか出来ない。
例えそれが無駄な事だと分かっていても、だ。
「さっさと言えよ。誰を殺せって言うんだ?」
遂に新一の口から発せられたその言葉にニヤリとキッドは意地の悪い笑みを浮かべて見せる。
それはこの場に無くてはならない小道具の一つ。
「この方を」
いつもの様に何も無い所から取り出すのではなく、スーツの内ポケットから態々その写真を取り出したのは、それがあくまでも逃げる事の出来ない現実であると見せ付ける為。
そう、これは現実。
悪夢ではない唯の、現実。
取り出され差し出された写真を緩慢な動作で受け取った新一の表情が強張るのをキッドは当然見逃さなかった。
「どうかなさいましたか?」
「これ…」
「ああ、そうですね。名探偵はご存知でしたね」
白々しく聞こえた事だろう。
当然だ。
そう聞こえる様に自分は言ったのだから。
「どうして彼女を殺す必要がある?」
聞かれた質問は余りにも直球で、それに答えるのも煩わしいと言った風に、キッドは口を開いた。
「邪魔なだけですよ」
「お前にとって彼女がそこまで邪魔だとは思えないが?」
「私にとってではありませんよ。依頼主は別にいますからね」
「……どういう事だ?」
まあ、そう言われるであろう事はキッドには予測済みだった。
それに用意してあった回答も直ぐに返してやる。
「そのままですよ。それは私から貴方への直接の依頼ではありません」
「…それは、お前が請け負った依頼を俺にやらせるって事か?」
「ええ」
「ふざけんな! てめぇが請け負った仕事を何で俺が…!」
「声を荒げるのはやめてもらえませんか? 名探偵らしくもない」
ぴしゃりとそう言ってやれば、彼はぐっと拳を握りこみ口を噤む。
少しは躾が行き届いたらしい。
そう確信したキッドは続ける。
「彼女はあの鈴木財閥を継ぐ資格を持つ方。その彼女を疎ましく思う輩も少なからず居る、という事ですよ」
「だからって…」
「『殺すことはない』と言いたいんでしょう? まあ、名探偵の様な甘チャンな方ならそう言うんでしょうね」
「っ…! ふざけんな!」
「別にふざけてなんていませんよ。ただ私は……」
言いかけて、キッドは再び懐に手を入れる。
取り出したのは――――黒光りする本物の拳銃。
それを取り出して、新一に微笑む。
「手を出して下さい。名探偵。
私は今貴方のくだらない倫理観を聞きたい訳じゃない。
貴方にお願いしているだけなんですよ? 『彼女を殺して欲しい』とね」
「俺はそんな事…」
「手を出しなさい、と言っているでしょう?」
にっこりともう一度微笑む。
その瞳が笑っていないのをキッド本人も自覚している。
瞳と瞳がかち合った瞬間、新一の瞳に一瞬怯えの色が映ったのをキッドは見逃さなかった。
「名探偵。もう分かっているでしょう? 貴方に逆らう余地などないんですよ」
そう言って、キッドは新一の右手を取り、その手にしっかりと拳銃を握らせ自分の手で包み込む。
「これから、貴方の恋人はこの銃だと思いなさい。
これは貴方の事も守ってくれる大切な相棒になるのですから
撃ち方は―――私が教えなくても立派なお父上に教わっていますよね」
しっかりと握らせてキッドは手を放す。
こんな時彼の父親に感謝したいと思う。
『ハワイで親父に習った』は、自分の魔法と同じぐらい、この名探偵が使える最大の魔法だと思う。
「でも人を撃ったことは…」
「あるじゃないですか。彼女の足を撃ったでしょう?」
「あれは…!」
「そうですね。あれは彼女を守るためだ。でも今回は―――」
わざと言葉を切って、嫌な笑みを作ってやる。
彼に一番嫌われるであろう笑みを作って言い放つ。
「貴方には人を殺すために引き金を引いて頂きます」
ねえ、名探偵。
絶望して
闇に堕ちて
その時貴方はどんな顔をするのでしょうね?