「何で!? どうして駄目なの!?」
「ばーろー! 当たり前だろうが!!」
工藤邸での日曜の昼下がり
とても仲の良さそうな声が響き渡っておりました
黒羽快斗的名探偵の落とし方【1】
快斗が退院して早二週間の月日が経ち。
当然と言えば当然の如く、『新一を口説き直す』を合言葉に退院してからそれこそ毎日新一の家に通い詰めている快斗。
そんな快斗に新一も悪い気はせず。
かといって記憶が戻った訳でもないので、そういう意味で好きという気持ちになる訳でもなく。
新一としてはただ単に、「友人以上親友以下」ぐらいな感覚で快斗に接していた。
そんな快斗が今日はあまりに突拍子もない事を言い出して……。
「何で!? どうして駄目なの!?」
「調子に乗るな! 俺はまだそこまでお前と仲良くなった覚えはない!」
「それはないでしょ…; だってだって…俺新一の事口説き直すって……」
「だからって………いきなり『同居』なんてする筈ないだろうが!!」
「違うってば! 『同居』じゃなくて『同棲』なの!!」
「今の問題はそこじゃねえ!!」
ソファーに座ったままギャーギャーと仲良さそうに(…)じゃれあっている(…)快斗と新一。
そう、事の発端は快斗が新一に『同棲したいなvv』なんておねだりなんかしてしまったから…。
「だってだって…『退院したら口説き直しに来いよ?』って言ってくれたのは新一じゃんか!!」
「っ…/// あ、あれは灰原が帰った後何だかんだでお前がへこんでたから……」
「じゃあ、アレは嘘だったの!? 俺をからかっただけなの!?」
「いや、嘘じゃねえけど………って、俺は口説き直しに来いとは言ったけど、同居するなんて一言も言ってねえだろうが!!」
「だってだって……本格的に口説き直すには通いよりもやっぱり同棲した方が口説きやす……」
「ふーん……」
退院して漸く外に出られて元気が有り余っている快斗に対し、そろそろ叫び疲れた新一。
このままでは埒が明かないと判断した新一は次の作戦に出る事にした。
名付けて―――――押して駄目なら引いてみろ大作戦。
とりあえず、快斗の反論には耳を貸さず。
至ってクールに。
至って論理的に。
かつ、冷たい目線で快斗を見下す(…)事から始めてみた。
「な、何! その冷たい目線!!」
「いや、所詮お前にとって俺はそんな程度の存在って事だよな…と思ってさ」
「なっ…何言ってるの! 俺にとって新一はそれこそ他とは比べ様もない程大切なそんざ……」
「でもお前はその他とは比べ物にならないぐらい大切な存在に、『口説きやすいから』っていう『安直』な理由で、俺がお前をまだそこまで知りもしないのに『同居』なんて厚かましい事頼んでるんだよな?」
「うっ……そ、それは……」
「んー? 何か反論があるなら言ってみたらどうだ? 『黒羽快斗』君?」
「ぅぅ……」
途端に言葉に詰まった快斗に新一はにこやかに駄目押しの一言を投げつけてやる。
「それに俺……そういう自分勝手な意見ごり押ししてくる奴嫌いだし」
「っ〜〜〜!!」
そう言ってぷいっと新一が横を向いてやったが最後。
途端に泣きそうな顔になって、声にならない叫びを上げる快斗。
その様子をこっそり横目で見ながら新一が笑いを堪えるのに必死なのにすら気付いて居ない。
(ホント分かり易いぐらい単純で面白いやつ…)
新一が心の中でそんな事を考えているとも知らずに、快斗はとりあえず新一に泣き縋ってくるぐらい切羽詰っていた。
「し、しんいちぃ……。嫌いなんて言わないでよぉ……;」
えぐえぐ…と泣きながら潤んだ眼で懇願する様にそう言ってくる快斗。
表情にこそ出さないように心がけたが、それが余りにも面白くて新一もついつい遊んでしまう。
「別に。お前の事は好きでも嫌いでもないし…」
「っ……!」
顔色を変えずに。
そうすぱっと言い捨ててやる。
好きでも嫌いでもない。
それを快斗がどう取るかは知らないがきっと、コイツのことだから……。
「そ、それって……俺になんの興味もないって事……?」
本当に今にも泣き出しそうな顔で予想通りの回答をしてくれた快斗に新一も堪えきれず思わず苦笑してしまった。
「ばーろー。俺が何の興味もない人間を家に上げたりすると思うか?」
「えっ、えっ…? それって…?」
途端にぱあっと明るくなった快斗の表情。
それに笑顔で爆弾を落としてやる。
「まあ、興味があるって言っても俺が興味があるのはあくまでも『友人』としてだけどな」
「っ……!!」
途端にまた泣きそうな顔に戻った快斗。
その変化の激しい表情豊かな彼を新一としては非常に気に入っていたりはするのだが。
「だ、だってだって…新一『口説き直しに来い』って言ってたじゃん! それは『友人』じゃなくて『恋人』として……」
「ああ、アレな。別に俺は『口説き直しに来てもいい』とは言ったけど、それに応えてやるなんて一言も言ってないぞ?」
「―――!?」
落として。
持ち上げて。
落として。
更に落として。
刻々と変化する快斗の表情を楽しみながら、それでも新一は嘘は言っていなかった。
新一としても、確かに快斗に『興味』はある。
あの日、あの時アイツを助けに行ってしまったのも。
そしてあの日病室で快斗に言った言葉も。
全部全部嘘ではない。
けれど、快斗と自分が恋人だったとか。
またその関係になりたいとか。
そんな事はまだ正直全然実感が湧かなかった。
でも、快斗が辛い思いをしているのは耐えられなくて。
快斗がそれを押し殺して、無理に笑っているのは耐えられなくて。
気持ちに応えきれないと分かっていながらも、彼を手放したくないと思ってしまったのも事実。
でもそれは―――快斗にとってみたらどうなのだろうか?
もしも、元の関係に戻れるならいい。
俺が快斗の事をそういう意味で好きになれて。
俺が快斗とそういう関係になる事を望めて。
そうなれたら多分一番いいのだろう。
けれど、そうなれる確証は何処にもない。
もしかしたら、快斗の事は『友人』としてしか見られないかもしれない。
もしかしたら、快斗の事を『親友』としても見られないかもしれない。
だとしたら、快斗にとって俺といる事は、俺に縛られる事はただのマイナスにしかならないのではないだろうか…。
それならばいっそ早いうちに――――。
「新一!」
そこまで考えて、快斗に自分の名前を呼ばれた所で新一は我に返った。
「あ、悪い…。ちょっと……」
「……新一。何か良くない事考えてたでしょ?」
「何で…」
「そういう顔してた」
じーっと。
隠し事なんて絶対にさせてやらないという目で快斗は新一を見詰めてくる。
それに新一は苦笑して、何とか誤魔化そうと試みた。
「別に、大したこと考えてた訳じゃ……」
「嘘。大したこと考えてたでしょ?」
「いや、ホントに大したことじゃな……」
「俺と離れた方がいいんじゃないか、なんて思ってた?」
「なっ…」
思いっきり直球。
いきなりど真ん中だった。
それに不意を突かれ、新一も余りに咄嗟の事で誤魔化す事など出来ず、言葉に詰まってしまう。
「やっぱりね。そんな事だろうと思ったよ…」
「お前何で…」
「ねえ、新一。新一が何考えてたか当ててあげようか?」
「………」
「新一はきっと、俺の気持ちに応えられないなら離れた方がいい、そんな事思ってたんじゃないの?」
「………」
「図星、か……」
「ちがっ…俺は……」
はあ…と一つ溜息を吐かれ。
それに反論しようとした次の瞬間には、ソファーの上で新一は快斗に抱き締められていた。
「なっ……」
「ごめん、新一。新一がそういう気持ちになれないのは知ってる。でもこれはこのままで聞いて欲しいんだ」
「………」
快斗の真剣な口ぶりに新一も抵抗する事を止め、そのまま快斗の声に耳を傾ける。
「きっと新一のことだから俺の事心配してくれたんだろ?
俺の想いに応えられなくて傷つけたらどうしよう、とか。俺とそういう関係になれなかったらどうしよう、とか」
「………」
全て、悔しいぐらいに見透かされていた。
何もかも、新一の気持ちすらも分かっていて快斗がこの二週間通ってきてくれていたのかと思うとどうしようもなく、居た堪れない気持ちになった。
「でもね、新一。勘違いしないで欲しいんだ。
俺は別に俺の気持ちに応えてもらえないのなら新一の事を諦めてしまおうなんて、そんな簡単な想いでここに居る訳じゃない」
「快、斗……」
「俺はね、新一の傍に居られるならどんな形でもいいんだよ。
それこそ家政夫でも、友人でも………例え、何の繋がりがなくても、ね?」
「………」
どうして、そこまで…と思う。
どうして快斗はそこまで自分の事を想ってくれるのかと。
どうしようもなく切なくて。
どうしようもなく悲しくて。
新一の瞳からは思わず涙が溢れた。
「俺は、新一の事本当に大切なんだ。
だからさ、どんなに傷付いてもいい。傍に居られるなら…俺はそれだけで幸せなんだ」
ああ、なんて奴なんだろう。
自分は彼の事なんてさっぱり忘れてしまって。
興味はあっても『好き』なんて社交辞令でも言えない状態で。
今も。
これからも。
ハッキリした事なんて何も言えないのに。
それでも…自分の傍に居られるだけで幸せだなんて言ってくれて…。
本当に、なんて奴なのだろう…。
「新一…?」
何も言わず。
ただぎゅっと快斗にしがみ付いて来た新一に不安を覚え、快斗は新一の名を紡ぐ。
けれど、返ってくるのは返事ではなく、唯すすり泣く音ばかり。
「新一…新一が泣く事なんて何もないのに…」
そう言って、よしよしとさすってくれる背中の手が温かくて。
それが余計に新一の涙を誘って、どうしようもなく涙が止まらなくなる。
それに困ったように快斗は苦笑する。
「新一。俺の腕の中で泣いてくれるのは嬉しいんだけど……どうせなら違う時にそうして欲しいな…」
よしよしと今度は頭を撫でてくれて。
その優しさに余計に泣けてきて。
何だかよく分からなかったけれど、快斗の体温が心地良いと思ったのも事実で。
もう少しこの腕の中に居たいと新一は望んでしまっていた。
「新一? でも、あんまり泣いちゃうと目、腫れちゃうよ?」
「…るさい……」
「んー…好きなだけ泣かせてはあげたいんだけど……新一が痛い思いするのは嫌だし……」
んー…んー…と困ったようにそんな事を大真面目に悩んでいる快斗が可笑しくて。
さっきまでのシリアスな雰囲気なんかどっかに飛んで行ってしまったようで。
気付けば新一は笑っていた。
「ばーろー。男の目が腫れるのなんか気にするなよ…」
「だってだって、新一が痛い思いするのは何でも嫌なの!」
「あのなあ…大した痛さじゃねえだろうが」
「駄目なの! ちょっとでも痛いのは駄目!!」
真面目に話していれば普通に格好良いのに…。
新一としてはそうは思ったけれど、言ってやらない。
だってきっと言ったが最後、この男は調子に乗るだろうから。
「わあったよ。ありがとな、快斗」
だから今は。
とりあえず、そう思って新一は快斗の腕から抜け出して、快斗の目を見詰め満面の笑みで笑いかけてやる。
目の前のこの男がこの笑顔に弱いのを知っていて、だ。
「し、しんいっ……///」
案の定、予定通り真っ赤になってくれた事に何故か安堵して。
新一はそっとその手を取った。
「ほんと、さんきゅーな。俺お前の事ほんと『いい友達』だと思ってるから」
駄目押しの様にそう付け加えて。
赤から真っ青に変わった快斗の顔色に満足して、とりあえず新一は快斗を放置して珈琲を入れるために台所へと向かった。
後に残された快斗は、というと…、
「うっ…ううっ…; 確かに俺は新一の傍に居られるなら何でも良いって言ったけど……言ったけどぉ……;」
すっかりいじけモードに突入していたらしい。
これから先、お前の事をどう思えるのか、どう見れるのか。
今はまだ分からないけれど…。
―――とりあえず、今は友達として宜しくな?