──私立・鳳雛学園、高等部。


 その名の通り、将来素晴らしい大物になると期待される、特にすぐれた才能をもつ──神童と呼ばれる者達が集う学園。

 小中高の他にも大学・大学院まであり、学園敷地内には膨大な書庫を有する図書館や食堂・スポーツ施設の他にも、病院や銀行・遊楽施設なども点在し…ある種の都市のような状態になっている。
 学園に通う全ての学生は、最低限の衣食住の保証をされる好待遇。
 希望者には無償で寄宿舎を提供し、個人個人の状況に応じて奨学生制度も設けてある。

 小中高は基本的に10のクラスに分かれており、振り分けはアルファベットでA〜J。
 そのうちのA〜Iクラスまでは、学力・能力を均等に選別し割り当てられているのだが……最後のJクラスだけは、各々の学年で最も秀でた生徒だけが集められている。


 その生徒達を、通称『joker』と呼んでいる…



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  Typhoon Came To Land 〜ROOM 8〜
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 新一の『休憩』が終わって数日。
 あの事件での傷はまだ完全には癒えてはいないけれど…


「快ちゃ〜ぁん♪ 新ちゃぁ〜ん♪」

「………きた」
「あはは〜、なんか久しぶりだね」


 …周囲に悟られることなく、いつも通りの学園生活を送っている──


「やっほぉ♪ 久しぶり☆」

 やたら元気に手を振るのは、お馴染み(笑)鳳雛学園高等部の生徒会長、薫月 由梨香。
 教室の扉の前でいつものように2人に声をかけ、問答無用のオーラ(…)をまとって教室内に侵入する。

「久しぶりだね、由梨香ちゃん」
「久しぶりでも変わらねぇな、お前」
「あったり前よ! 人間、そう簡単には変わらないわ〜♪」
「…少しはまともな生徒会長に変わってくれた方が助かるンだがな」
「ま! 失礼しちゃうわ。私は今でも充分まともよ!」

 …それはともかく。(ぇ)

 数日姿を見せていなかった生徒会長。
 毎朝、授業前には欠かさず顔を見せていただけに珍しい現象だったのだが、事件で傷付いていた新一には丁度良くもありがたい現象だった。

 流石に今の精神状態では、普通に振る舞うことは出来てもそれ以上は無理だったから…。

 自分が前の件から立ち直れておらず、酷く不安定なことには気付いている。
 そんな状態で由梨香の相手をしていたら…不用意に刃を持った言葉を投げつけてしまったかもしれない。

 人間と言うのは、その時の気持ち次第で善にも悪にもなれるイキモノだ。
 負の感情に包まれている時ほど、精神が不安定な時ほどそれに取り込まれやすい。

 壁を作っている相手なら、新一にはまだブレーキがかかる。だからこうして、いつも通りの生活を送っている。
 しかし、心を許している相手には…許しているからこそ油断してしまう。

 快斗や志保は新一に1番近い人間だから、その辺りもきちんと把握しているし新一の負担にならないよう行動することが出来る。
 新一と同じ探偵である平次と探は、件の事件を知っている上で快斗に状況を聞き…今は一定の距離を置くよう心掛けている。


 …下手な慰めこそが新一の負担になると、理解しているから…



「それで由梨香ちゃん、今日はどうしたの?」

 いつも来るのは朝なのに…

 そう尋ねる快斗に由梨香はにっこりと微笑みを浮かべる。
 快斗の言う通り、今は4時限目が終わったばかりのお昼休み。
 普段の彼女の「日課」なら、朝の授業前に訪問するのが普通だったのだが…

「快ちゃんも新ちゃんも、お昼まだだよね?」
「これからだよ」
「てか、昼休みに入ってまだ1分しか経ってねぇし;」

 …そもそも、なんで1分でウチまで来れるンだ?

 前にも記述してあったと思われるが、新一と快斗が在籍する2年J組と、由梨香の在籍している3年A組は結構離れている。
 なんせ、朝の予鈴がなってから慌てて自分の教室へと向かうくらいだ。
 5分は余裕のあるその時でさえ、大急ぎで走っていくと言うのに…何故、授業終了から1分足らずで此処まで来ているのだろう…?

 その答えは──


「ああ、私。此処暫く授業に出てないから♪」

「は?」
「出てないって…何してたの?」
「仕事よ、仕事。ちょっと生徒会のヤツで問題があって…後始末に翻弄されてました(泣)」

 にっこりきっぱりと言った由梨香に、思わずマヌケな声を漏らす新一と首を傾げる快斗。
 そんな2人にさめざめと泣きながら(←当然演技)、由梨香は説明をして2人の腕を引っ張った。

「へ、ちょっと…由梨香ちゃん?」
「そんな訳で、お疲れの由梨香ちゃんを慰めてやってくださいな♪」
「ちょっとマテ!」
「とりあえずは生徒会室でお昼にしましょうね〜」

 2人の抵抗&抗議はスルーして。
 由梨香はやはり問答無用のオーラをまとって、2人を自分の聖域(笑)である生徒会室へと引き摺り込んだのだった…。




「ごちそーさまでした☆」
「ごちそうさまでした」
「………」
「…新ちゃん、食べるの遅いのね」
「……ほっとけ」
「食が細いから。それにゆっくり食べてもらった方が消化も良いし」
「ああ、なるほど!」

 あらゆる意味で快適な生徒会室。
 快斗お手製のチキンライスを一口貰いご満悦な由梨香と、ごく普通に食事を終えた快斗。新一に至ってはまだ1/3ほど残っている状態。

「食後のお茶はコーヒーと紅茶、どちらがよろしいでしょうか?」

 食事中にも緑茶を飲んではいたが、それとは別に新しく用意する。
 それは生徒会室に(由梨香の権限で・笑)常備されている高級豆と高級茶葉で…

「コーヒー」
「オレは紅茶が良いなぁ」
「贅沢者めが!」

 ワザとらしく畏まった言い方をした由梨香に対し、新一と快斗はそれぞれ自分の好みを口にする。
 バラバラなその答えに、由梨香は文句を言いつつも奥の給水室へと足を向けた。

「…新一、平気?」

 由梨香の気配が遠ざかった処で、向こうには聞き取れない程度の小声で尋ねる快斗。
 その問いに、新一はお弁当に向けていた視線を上げ、

「ああ。意外と普通」

と、答えた。

「そっか。なら良いンだけど」
「生徒会長がいつも通りだからな。かと言って、強引過ぎることもない」
「由梨香ちゃんってある意味天然だからねぇ」
「だから余計に始末に悪いんだ」
「あはは」

「──今、私の悪口言ってたでしょ?!」

 由梨香の叫び声が向こう側から届く。

 …どうやら最後の部分だけ聞こえたらしい。(笑)

「悪口なんて言ってないよ〜?」
「嘘おっしゃい! 確かに聞こえたわよ!!」

 間延びした言い方で快斗が返すと、トレイに3つのカップを乗せて戻って来た由梨香は唇を尖らせて真実に迫ろうとする。←大袈裟。
 すると、漸くお弁当を食べ終えた新一が、

「…悪口に聞こえるってことは、自覚してンのか?」

 机の上を片付けながらもポツリと呟いた。

「ぅぐ…っ」
「人間、真実を言われると──ってヤツ?」
「単純な人間ほど、そう言うのには反応を返すものらしいぞ?」
「ああ、もう! 好きに言えば?!」

 詰まる由梨香に追い討ち2連発。(笑)
 しかも、至極真面目な表情で言うものだから…最終的には自棄になったらしい。
 2人の前にそれぞれご所望の飲み物を置き、自分には最近お気に入りのモカを用意してソファーに座る。

「どうぞ、お召し上がりくださいマセ?」

 むすっと膨れっ面のまま言い、早速とばかりに自分の飲み物を口に運ぶ。
 その美味さに、ぺろりと剥がれる膨れっ面。即効性抜群だ。(笑)←薬ではない。

「──あ。美味しい」
「…ん。美味いな」

 由梨香に促されるようにカップに口をつけた2人。
 学校で此処まで美味しい物が飲めるとは思っていなかったのか、素直な感想が呟き漏れた。

「お気に召しまして?」
「ああ。これだったら何杯飲んでも良いな」
「何杯も飲んだら胃がおかしくなるでしょ;」
「良いンだよ、オレは」
「…とか言ってるよ? 快ちゃん」
「困ったもんだよねぇ;」

 新一のご満悦な表情に満足しつつ、その発言には問題があると快斗を見れば…由梨香と同じような表情で、しかし微妙に眉を寄せて呟く姿。
 その間にも本当に気に入ったのか、新一はカップの中のコーヒーを飲み続け…

 …あっと言う間にコンプリート。←早。

「早っ!!」
「よっぽど美味しかったンだねぇ」

 カップを置いた音に気付いた快斗と由梨香が、それぞれ感想(?)を口にしながら新一に視線を向けると──


「……寝てる」


 何時の間にか、瞳を閉じて寝息を立てている彼の姿。


「ああ、ちゃんと効いたみたいだね」
「ってことは、由梨香ちゃんの仕業?」
「お薬の提供は志保だから心配は無用」

 寝ついた新一を確認して、常備してある毛布を取りに行く由梨香。

「それは良いケド…どうして?」
「新ちゃん、此処暫くちゃん眠れてないデショ?」
「……知ってたンだ」
「私を誰だとお思い?」

 取ってきた毛布をそっと新一に掛けながら、優しい仕草にも関わらずそれでも口調はいつも通り。
 そんな由梨香に快斗は苦笑を零し、

「最近、由梨香ちゃんが『日課』をしてなかったのそのせい?」

と、尋ねた。

「それだけじゃないけどね」
「じゃあ、これも含まれてるんだ」

 薬が効いてることもありそう簡単には起きないだろうと、由梨香は快斗の方へと新一の身体を倒し、そのまま快斗に膝枕をさせる。
 本当なら、奥にある簡易ベッドに寝かせた方が良いのだけれど、それよりも快斗と離れる方が今の新一には苦痛だろうから…

「…ま、快ちゃんだからいっか。志保には黙っててね?」

 全てを理解した上で行動してくれる由梨香に、快斗は心の底から感謝しつつも頷きを返す。
 すると由梨香は悪戯っぽく笑って、

「仕事をしてたのは本当。提出期限が今日までの書類を全部済ませたから、明日までこの部屋には誰も来ない」

 仕事がないンだから、来なくて当然よね?

「それって…」
「寮じゃ完全に気が緩められないだろうし、此処は他の教室からも離れてて静かだし…幸いなことに、普段から何故か人が近寄らない」


 …それは皆、今まで由梨香が企んで(…)そうなるように仕向けていたからなのだが…;




「だから、今日1日此処でゆっくり『休憩』したら? 快ちゃんも一緒にね♪」








【桜月様後書き】

台風って近付くと警報が出るよね♪

…そしたら普通学校は臨時休校になって、サプライズなお休みを謳歌する。
ある意味、台風が休みを運んできてくれるようなもので…だったら、台風である生徒会長が新一達に『休憩』を運んでもおかしくないわけで──

そんな思いを込めての第8話。結構続いてるなぁ…;
今回は前回の続きみたいなカンジで、またも登場な生徒会長。
彼女はいつもの情報収集で新一サンが関わった事件の詳細を入手していたようです。←志保サン無関係。


………だけど、台風の後って大変な被害になってたりもするンだよねぇ…?←ナニを企んでる?




【薫月の感涙】

はうぅぅv何時もながら素敵な祝いブツ有り難う御座います♪
前回のちょっと重めなのも良かったけど、何時もながらのボケとツッコミ(笑)も素敵でしたわv
そして…志保さん無関係なのに何時の間にそんな詳細入手してんだかι
ある意味おいしいところの提供をありがとうv

ナニ企んでるのか非常に気になります…。←次回作の催促?

top