──私立・鳳雛学園、高等部。


 その名の通り、将来素晴らしい大物になると期待される、特にすぐれた才能をもつ──神童と呼ばれる者達が集う学園。

 小中高の他にも大学・大学院まであり、学園敷地内には膨大な書庫を有する図書館や食堂・スポーツ施設の他にも、病院や銀行・遊楽施設なども点在し…ある種の都市のような状態になっている。
 学園に通う全ての学生は、最低限の衣食住の保証をされる好待遇。
 希望者には無償で寄宿舎を提供し、個人個人の状況に応じて奨学生制度も設けてある。

 小中高は基本的に10のクラスに分かれており、振り分けはアルファベットでA〜J。
 そのうちのA〜Iクラスまでは、学力・能力を均等に選別し割り当てられているのだが……最後のJクラスだけは、各々の学年で最も秀でた生徒だけが集められている。


 その生徒達を、通称『joker』と呼んでいる…



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  Stand Up 〜ROOM 7〜
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 ──とある日の日中。


「すまんね、助かったよ」
「いえ…」

 殺伐とした事件現場。
 その中で一際目立つ容姿と存在感の持ち主は、険しい顔つきをした体格の良い男の言葉に小さく首を振った…。


 今月初めから続いていた連続殺人。
 現場には必ず犯人からのメッセージ…遺留品が残されていて、それ故に警察上層部はこの事件を連続殺人と断定し捜査を開始。
 しかしそんな警察の動きを嘲笑うかのように犯人は犯行を続け……被害者が5人を数えた処で、上層部は『日本警察の切り札』へ捜査協力の要請を決断する。
 その要請を受けた『joker』は学校返上で捜査に参加し、3日後の今日、漸く事件は解決した。

 …被害者の数は6人。

 そして、被疑者死亡と言う…最悪の結果で──



「学校はどうするのかね」

 向かうのなら送らせよう…そう続けられた言葉に、新一は自分の腕時計に視線を落とす。
 そうして時計が指す時刻を確認して、

「いえ。ここからなら比較的近いですし…」

と、もう1度小さく首を振り彼の好意だけを受け取った。

「しかし…」
「…ちょっと、歩きたい気分なんです」

 現在の時刻はお昼前。
 今から向かえば午後の授業には間に合うだろう。

 …但し、それは車で向かった場合だ。

 学校とこの現場は確かに近い位置にあり、徒歩で行く事も充分範囲内ではあるが…本来なら、彼の言うように送ってもらった方が合理的である。
 唯でさえ捜査要請を受け3日、学校には1度も顔を出していないのだから。

 だからこそ、本来ならすぐにでも学校へ向かった方が良いはずなのだが…

「…そうか」
「すみません。折角仰って下さったのに」
「気にするんじゃない。あとの処理は我々で出来るから、新一君はもう学校に行きなさい」
「はい。何かあれば連絡してください」
「ああ、すまないね」
「それでは…失礼します」

 新一の言葉で察したのか、それ以上強く言う事もなく、彼は表情に出てしまいそうになる悲しみを押さえながら新一に向かって軽く手を上げる。
 しかしそれに気付いている新一は、小さな微苦笑を浮かべながら頭を下げ、一連の事件の最後の現場となった公園を後にした…。

 その後ろ姿を見送った現場の責任者である彼は、最後まで表情には出さなかった新一の心情を思い深い溜め息を吐く。


「……全ての痛みを自分のものにしてしまうのは悪い癖だ」


 被害者の「痛み」と加害者の「痛み」
 時に浴びせられる罵声にも表情を動かす事無く…相手の気が済むまで受け止める。

 決して彼のせいではないのに、それでも自分のものとして感じてしまう。

 なのに…その「痛み」を他人に見せようとはしない。
 1人で耐え、瞳の色が哀に染まっても、周囲からの励ましに笑顔で「大丈夫」と答える。


 …だからこそ『彼』なのかもしれないが…





 現場から離れた新一は、ゆっくりと足を進めつつ天空を仰いだ。

「天気、良いな」

 日差しは心地良く、つい先程まであのような事件が合ったとは思えない。

 …思えないが…

「目を避ける訳には、いかない…」

 足を止め、天を仰いだまま溜め息を吐く。
 すると身体の中から全ての力が抜けていくような錯覚を覚え、新一はそれを振り払うかのように首を振った。

 このままその感覚に身を任せればきっと楽になるのだろう。
 それが一瞬の出来事であっても、今の苦しみを忘れる事が出来るのかもしれない。

 …だけど、それが「逃げ」である事は紛れもない事実。

 どんなに辛くても、『探偵』を選んだのは自分自身。
 全ての人が救えるなどと、そんな驕りは持っていないけれど…それでも、少しでも自分の力が役に立てるなら、どんな罵声も中傷も受け入れて見せる。


「逃げる訳にはいかない。それが、オレの信念だから…」


 真っ直ぐに降り注ぐ日差しに目を閉じながら、小さい声で改めて決意を口にする。
 すると、目蓋越しにも感じていた何かに光が遮られ…

「…逃げるンじゃなくて、休憩くらいは許してやったら?」

と、慣れ親しんだ温もりと共に、聞き慣れた声が降ってきた──


「…かい、と?」

 覆い被さるように抱き締められた身体。
 顔は相手の胸元で埋め尽くされ、強く抱かれている為に身動きすら出来ない。

「どうして…」
「この近くで打ち合わせしてたんだ。その帰りに公園の前を通ってね」
「…そうか」

 3日の間、顔を見る事は愚か会話すら出来ていなかった2人。
 快斗は新一が関わっている事件について、一般に報道されているレベルで把握はしていたが…新一の方はこの3日間の快斗の行動予定を知らなかった。

 …平日の日中。
 予定では学校に行ってから感じるはずだった相手気配。

 自分の心を落ち着かせてから、心配かけぬようにしてから顔を合わせる予定だったのに…


 ──立て直そうとした処で出会ってしまっては、意味がないではないか──


「……なんで、こんなとこにいるンだよ…」
「神様の思し召しか…もしくは愛の力?」
「ばぁろ…」
「あれ? 結構本気で言ってるンんだけど?」
「…公園で、誰かに会ったのか…?」
「うん。高木さんに」
「…そか」

 抱き締められてまま、震える声を誤魔化しながら話しかける新一に、快斗は何も言わず聞かれた事にだけ答えていく。

 あの場所を通りかかったのは本当に偶然だったけど、2つあった学校への道でこちらを選んだのは、新一の事をこの世で1番理解していると自負する快斗の直感。

 現場を離れた直前だと言われ、急いでその後を追えば…超越した聴力があの呟きを耳にした。


 普段は決して口にしない決意。

 唯でさえ「逃げる」ことを嫌う新一の性格上、1度決めた事は貫き通す。そんなにも自分に言い聞かせるように連呼したりはしない。

 それにも関わらず口に出して言うほど、新一の心は疲労していた。

 口にしなくければ揺らいでしまいそうになるほどに…



「──お疲れ」


 それだけ言って新一の頭を優しく撫でる快斗。
 たったヒトコトだけだけど、その言葉にはたくさんの「お疲れ」を込めて言う。

 そして「逃げる」為ではなく「休憩」する為に、快斗は自らの腕の中を提供する。


「…もう少し早く動けてたら…間に合ったかもしれないんだ」
「うん」
「6人目…助けられたかもしれない」
「うん」
「……犯人も」
「うん」
「だけど、間に合わなかった…」


 ──公園で、快斗は高木刑事から大まかな状況を聞いていた。

 今日の早朝になって漸く犯人を絞り込むことが出来、逮捕へと向かった矢先。
 被疑者は新たな「獲物」を殺害せんと動き始めていて…新一の類い稀なる頭脳を活用し、犯人の行動範囲であるあの公園で犯人を追い詰める。
 しかし、ハンターに見初められた「獲物」は既に物言わぬ人形と姿を変えていて、犯人は気が狂ったように叫びながら自害した。

 …新一の目の前で…


「もう、良いよ」
「………」
「次は…間に合うように頑張ろう?」

 だから、今はその為にも「休憩」しよう。

 小さな呟きの数々を静かに聞いていた快斗は、最後には震えながらも話し続けようとする新一にそっと声をかけ、これ以上は口が開けないよう新一の身体を強く抱きしめる。

「休む勇気も必要だって…新一が教えてくれたんだよ?」
「…そう、だな」
「そうしなきゃ、いざと言う時身動きが取れなくなるって」
「…ああ」
「今は、その休む時じゃない?」

「…………」

「大丈夫。新一がオレに付き合ってくれるように、オレも新一に付き合うから…」

 愚かな石を見つけるまで脱ぐ事が出来ない白い衣装。
 その衣装を脱ぐまで、冷たい宝石を受け取ってくれると言ってくれた探偵。

 ならば怪盗は、探偵が唯一休むことが出来る場所を提供しよう。

 一方的に頼ったりすることを嫌う彼だから…


「これで等価交換なんだから、オレの顔も立てるつもりで休んで?」








【桜月様後書き】

 遅くなりました!!(土下座)
 お久しぶりなROOMシリーズ。今回は新一サンのお仕事編。
 本当は新一サンが事件の要請を受ける処から書く予定だったんですが、時間的な都合を考えて前半部分はカット;
 ROOMシリーズの4話で快斗サンのお仕事編をやってたので、いつかは新一サン編も書かなきゃと思っていたんですが…予想外に暗くなっちまった(泣)
 最近明るいものばっかり書いてた反動か?←優希ばっかりだったからね;

 こんなブツではございますが、由梨香サンのサイトの1周年記念に差し上げたいと思います。
 かーなり遅くなってしまいましたが、宜しければ受け取ってやって下さい(平伏)




【薫月の感涙】

 一周年記念にこんなに素敵なブツを有り難う御座いましたv
 今回は新一サンの事件編。
 途中まで読んで本当に胸が締め付けられました。
 人の痛みまで自分のモノにしてしまう新一サンに泣きそうになりながらも、とっても彼らしい言葉に切なくなりました。
 そして快斗だけが新一に『休憩』させてあげられるのね♪

 もうとってもとっても素敵なブツをどうも有り難う御座いました。

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