貴方はなんて残酷なんだろう

 貴方を失って
 なのに狂う事も追う事も許してくれないなんて


 本当になんて残酷なんだろうね、新一は…












Those who protected, and those who were left behind















 それは一瞬だった。

 彼が撃たれたのは自分のせい。
 彼が死んだのは自分を守る為。

 ずっとずっと彼を守るために存在していた俺はあの日彼に守られた。
 だから俺はあの日から自分の存在意義を失ったまま。










「おはよう。志保ちゃん」
「おはよう。黒羽君」


 隣家に赴いて、隣人に挨拶する。
 毎朝の日課。

 それは快斗が日に一度でも外に出る様にと志保が必死で考えたもの。


「今日も冷えるね」
「そうね」
「新一寒いの駄目だったよね…」
「ええ…」


 口を開けば二言目には彼の名前。
 それはあの日から何年経っても変わる事はない。


「今日は寒いから、新一の好きだったレモンパイ作ろうと思うんだ」

 だから後で志保ちゃんも来てね?
 その方が新一も喜ぶと思うから。

「ええ。必ず行くわ」
「じゃあまた後で」


 明るく笑って去って行く黒羽君。
 けれどそれが快斗の本当の笑顔でない事は志保が一番良く知っている。

 だって彼の本当の笑顔を、あの二人の笑顔を一番近くで見ていたのは自分だから。



「どうして…」


 快斗を見送って、思わず口から零れたのは彼が死んでから何度も何度も、それこそ気が狂うほどに紡いだ言葉。
 けれどもう二度と快斗の前では口にしないと誓った言葉。


『どうして工藤君が死ななければならなかったの!?』


 彼が死んだ時、泣き叫んだ志保に対し快斗は唯、


『ごめん…』


 と、一言だけ告げた。


 その瞳はまるで死んだ様な、心だけ何処か遠くへ言ってしまった様な物で。
 漂っていたのは『後悔』と『自己嫌悪』と…そして何より『大切な人を失った喪失感』。


 それを見た瞬間志保は口を噤んだ。
 いや、噤んだと言うよりは何も言えなくなっただけかもしれない。

 あの瞳を目の当たりにしてしまった後では。



「ねえ…工藤君…」


 昔の事を思い出し、志保は何時もの様に空を見上げ呟く。


「貴方は残酷よね…」


 身を挺して守られる事など彼は望んでいなかった筈なのに。
 寧ろそんな事なら自分が死ぬ事など厭わなかった筈なのに。

 貴方を守る為なら。


「だけど…」


 貴方もそうね、と志保の口元が歪められる。
 何時だって周りを守る為に命を掛けて戦っていた人。

 そんな貴方が一番大切な彼を守らない筈ないわよね…。


「何時だって貴方は勝手なんだから…」


 彼も私も貴方を失って生きて行ける筈ないのに…それなのにあんな言葉を残すなんて…。


「貴方は本当に残酷よ…工藤君…」


 最後にそう呟いた志保の目元からは幾ら零れても枯れる事を知らない透明な雫が零れ落ちていた。










「ただいま」


 返ってくることのない返事。
 解り切っている現実。

 それは目覚めてから眠るまで…時には眠っている間にも襲い来る恐怖。

 彼が居ない、それだけで彼と一緒に居た頃はあんなにも輝いていた物達が全て色褪せて見える。
 本当に何もかも。


 大好きだったマジックも。         彼が見てくれないのなら意味が無い。

 美味しいと褒めてくれた料理も。     食べてくれる彼が居ない。

 彼と一緒に住んでいたこの家も。     彼の家なのに彼だけが足りない。



 靴を脱いで玄関を上がり、廊下を抜けリビングへ入る。


 そこに広がっているのはあの日のままの空間。
 飾ってあった花さえも枯れそうになれば同じ物と交換して。

 時計も止め、カレンダーを捲るのも止め、あの日のまま留めてある。

 それはこの5年間決して変わることのない空間。
 勿論それはこの家のどの部屋も同じ。

 この家の時はずっとずっと止まったまま。
 だって自分の心もあの時からずっと止まったままなのだから。

 崩れこむようにソファーに身体を埋め瞳を閉じる。


 瞼の裏に浮かぶのは彼の最期。



『お前を愛してた…』


『お前と出逢えて俺は本当に幸せだった…だから俺と出逢った事を後悔しないでくれ…』


『俺の事は忘れて…どうか幸せに……』



 目頭が熱くなって、目を開けば零れ落ちてくる透明な雫。
 それは幾ら零しても枯れる事のないモノ。


「残酷だよ…新一…」


 新一を失って生きて行ける訳なかったのに。
 新一を失って幸せになれる筈なんかないのに。

 それは新一だって解っていた筈なのに…最後の最期であんな事を言うなんて…。


「本当に…残酷だよ。新一は…」


 あれは自分を死なせない為の言葉。
 後を追うことすら死ぬ事すら許してくれない、優しくて、酷く残酷な言葉。

 だから決めた。
 この止まった空間の中一生新一を想って生きて行くのだと。

 だってそれが快斗の『幸せ』なのだから。


「新一…愛してるよ」


 誰も居ないリビングで快斗は新一に語り続ける。



 ―――『愛してる』と。



 それは明日も明後日も、一ヶ月後も、一年後もずっとずっと続いていく。
 快斗が新一の許へ逝くその日まで。










 彼が守ったのは彼の命

 彼が守ったのは彼との想い出


 守った者が願った『幸せ』

 守られた者が願った『幸せ』


 そのどちらが本当の『幸せ』だったのか

 それは誰にも解らない


 唯解るのは守った人間も守られた人間も




 ――――狂おしい程に相手の『幸せ』を願っていたという事だけ…






END.


25000hit誠に有難う御座います。
そして………すみません。本当にすいません…(平謝り)
hit物に死にネタを持ってくる辺り、かなり最低です…。自覚はもろに…(泣)
でも何時かはやりたかった事なので…大目に見てやって下さい(爆)
今回も25000hitでフリーなのですが…ネタがネタなので…持って帰って下さる方が居るのか?と思ってたりι
もしも万が一そんな奇特な方がいらっしゃいましたらBBSかメールで一言お知らせ下さい。
もれなく管理人がびびります(笑)

気付けば25000hitなんて素敵な数字vこれもひとえに皆様のお陰。
色々と行き届かないサイトではありますが、これからもどうぞ宜しくお願い致します。



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