快斗がいつも大切そうに持っているそれ


 ビー玉の様に見えたそれは


 何処か普通のビー玉とは違っていた








a good luck charm








「なあ快斗」
「何?」
「何なんだそれ?」

 ずっと前から思ってたんだけど…。


 快斗の手の中にあるもの。
 それは一見すればただの透明なビー玉で。


「これ? ビー玉だよ」


 さらっと言われた答えは間違ってはいないのだろうけど。


「でも、ただのビー玉じゃないだろ?」


 遠目から見ても解る程普通のビー玉とは明らかに違うのだ、光り方が。
 恐らくは光の屈折率が違うのだろう。


「やっぱり新一は目敏いね」


 見る?と言って差し出されたそれ。
 いつも快斗が大切そうにしている物だから、触れてもいいのか解らず新一は戸惑ってしまう。


「いいよ。新一ならね」


 そんな新一の戸惑いが伝わったのか、快斗は新一に優しくそう告げる。
 その言葉に、新一は戸惑いつつもビー玉を受け取った。

 受け取ったそれを光に翳しよく見てみればビー玉の内部には既製品にはない、無数の罅が入っている。
 その為光が中で屈折し、普通のビー玉では有り得ない光り方をしていたのだと解った。


「これ…中にだけ入ってるんだよな?」


 暫くそのビー玉を観察して新一は首を傾げた。
 これだけの罅を内部にだけ入れる方法が解らなかったから。

 表面に傷はない。
 という事は外部から衝撃を加えた訳ではなくて。

 それに、ここまで内部に罅が入る程の衝撃を外部から与えればビー玉なんて簡単に砕けてしまう訳で…。


「知りたい?」


 新一が考えている事など全てお見通し、とばかりに快斗は悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「気になる…」


 たかが普通と少し違うだけのビー玉だけど、快斗が大切に持っている物だから…。
 気になる…。


「じゃあ、おいで♪」


 そう言った快斗に新一はリビングから何故かキッチンへと連れてこられた。


「で、何でキッチンなんだよ…?」


 訳の解らない新一は訝しげに快斗を見詰める。


「面白い物見せてあげるから♪」


 そう楽しげに告げられて、何処からとも無く取り出されたのは何の変哲も無い透明なビー玉。
 先程の物とは違い、普通の罅のないただのビー玉。


「先ずはフライパンを用意して〜♪」
「フライパン…?」


 快斗が用意している物に新一は首を傾げる。
 ビー玉にフライパン…?


(何する気だこいつ…)


「で、フライパンを温めて…」


 快斗は空のフライパンに火をかけ、その中に先程取り出したビー玉を一つ入れた。


「ん〜この大きさだと10分ぐらいかな」
「快斗?」


 快斗が何をしようとしているのかさっぱり解らない新一は更に首を傾げる。


「10分待ってね〜♪」


 そんな新一に快斗は楽しげにそう告げるとタイマーをセットした。


「さてと、取り敢えずはこれだけなんだけど…」


 そう言いながら快斗はフライパンに蓋を被せた。


「あれ放っといていいのか?」
「うん、大丈夫♪」
「それにしても10分こうやって待ってるのも勿体無いよなぁ…。」

 折角新一と居られるんだし…。

「くっついていい?」
「却下」
「何で〜!!新一冷たい〜!!」


 ご丁寧に泣き真似まで付けてくれる快斗に溜め息をつきながら、新一はフライパンを眺める。


「なあ、快斗」
「なに?」
「あれ…いわゆる『空焚き』ってやつじゃねえの?」
「まあ…そうなるねえ?」


 入ってるのビー玉だけだし、と苦笑気味に呟かれる。


「あれってフライパンに良くないんだよな…」
「大丈夫♪ 一番古いフッ素加工してないフライパン使ったから♪」
「流石主夫…その辺は抜かりねえか…」
「でしょでしょ♪ …って新一それ褒めてない〜!!」

 その『主夫』って何!!俺は新一の恋人なんだけど!!

「………主夫兼同居人兼恋人だろ?」
「………新一君。何で恋人が一番最後なの?」


 引き攣りながらも一応理由を尋ねてみる。


「優先順位」
「そっか……ってちょっと待ってよ!! 優先順位ってそれ間違ってる!!」


 納得しかけたところで改めて意味を噛み締めたらしい快斗がぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる。


「うるせえ。間違ってねえだろ」
「新一の意地悪〜」
「意地悪で悪かったな。優しくして欲しいなら他を当たれ」
「やだ〜!! 俺は新一がいいの〜!!」
「だったら大人しく主夫に甘んじとけ。それなりにメリットがない訳じゃないだろ?」
「うん♪ 新一の側にいられるだけで幸せだし〜vv」
「俺もお前が側にいるなら悪くねえし…」


………傍から聞いたら只のバカップルである(爆)


――――ピピピッ…


 そんな新婚さんもビックリ(…)の会話(寧ろ惚気?)を繰り広げているうちにどうやら時間が経ったらしい。
 タイマーが軽快に10分経った事を告げていた。


「ほら快斗。10分経ったぞ?」
「あ、うん。じゃあ悪いんだけど新一これに氷入れてくれる?」


 そう言って差し出されたのは小さ目のアルミ製のボール。


「氷……? ってお前まさか…」
「ん? 解ったかな?♪」
「多分な…」


 そうか…その手があったか、等とぶつぶつ呟きながら新一は冷蔵庫から手にしていたボールに氷を入れる。
 アルミ製のそれは直ぐにその冷たさを新一の手に伝えてきた。


「ほら、入れてきたぞ」
「あ、ありがと♪」


 それを受け取ると快斗はそのボールの中に水を注ぐ。
 そうして少し氷が溶けて冷たい氷水が出来るのを待つ。

 その後火を消し、フライパンに被せてあった蓋をはずす。
 新一はフライパンの中のビー玉を覗いてみたが、やはり火にかける前と変化はなかった。


「ん〜そろそろいいかな♪」


 氷水の中に指先を入れ温度を確かめると快斗は楽しそうにフライパンを持ち上げた。
 そしてそのまま中に入れてあったビー玉をその氷水の中に落とす。


 ―――ピキピキッ


 氷水の中にビー玉が落ちたのと同時に小気味良い音がキッチンに響き渡る。
 それはフライパンで温められた硝子が氷水によって急激に冷やされ割れる音。


「成る程な…。それで内部だけに罅を入れる事が出来るって訳か」
「そう♪でも気を付けないと割れちゃうんだけどね」


苦笑交じりに続けられた台詞。
それは昔、体験したかの様な言い方で…。


「一体何個割ったんだか」
「酷い〜! そ、そんなに割ってないもん!!」

 せいぜい5、6個ぐらいだし…。

「一体何個中の5、6個なんだよ」
「………完成品がないぐらい」
「お前それ1個も出来てない計算だよな?」
「だって〜ギリギリまでやった方が内部に罅が沢山入るから綺麗なんだよ?」
「で…やりすぎて割ってた訳か」
「うっ…」


 言葉に詰まった快斗に新一は苦笑する。


「そんなんで大丈夫なのかよ?」


 さっきタイマーは一応かけてたみたいだけど。


「まあ作ったのは子供の頃だったから。今はもう大丈夫だよ」

 ギリギリの見極めは出来るようになったし。

「そろそろ取り出しても大丈夫かな♪」


 そう言うと同時に快斗はボールの中の氷水からビー玉を取り出す。


「つめたっ…」


 氷がまだ大量に入っているボールの一番底に沈んでいたビー玉を取り出すのには、手首ぐらいまで手を入れなくては取れなくて。
 先ほど指先を入れた時の比ではない冷たさにさらされる。


「当たり前だろ、バ快斗」


 ほら、と言って快斗の手にタオルが渡される。


「新一ってば優しい♪」
「…ったく、大事な商売道具で直に取り出すんじゃねえよ」

 せめて菜箸使うぐらいしろっていうんだ。

「だって〜」


 新一の言葉に少しいじけ気味になりながら、快斗は冷えてしまった手を素直に拭く。
 そして、先ほど氷水から出したビー玉の水気も綺麗に拭き取った。

 拭き終わったそれを光に翳して満足そうに微笑む。


「うん♪ 上出来♪」


 はい、っと言って新一に差し出されるビー玉。
 差し出されるままに新一は素直にそれを受け取った。


「綺麗だよな…」


 親指と人差し指でそれを摘み、光に翳す。
 するとビー玉の内部に入った無数の罅に光が反射してそれは美しく輝いた。


「さっき見せて貰ったやつよりも罅が多い…」
「うん、さっきのは…確か8分ぐらいだったからね」
「確か…?」
「うん、あれは俺が作ったんじゃなくて親父が昔俺に作ってくれたんだよ」


 どこか遠い目をしながら昔を懐かしむかのように快斗は大切な思い出を語り始める。


「俺がまだ小さかった頃に作ってくれたんだ。お守りだって言ってね」
「お守り?」
「そう、これ内部に罅が沢山入ってるでしょ?だから落とすとすぐ割れちゃうの」
「それは…そうだろうな」


 その言葉と快斗の言った『お守り』のとの関連が解らず新一は首を捻る。


「だからね…これを落とすような事がないように、って事でお守りなんだよ」
「落とすような事がないように…か」


 それは、これを持っていても落とすような事がないように。

 つまりは落とすような事件に巻き込まれないように。


「母さんがね…昔親父に作ってあげたんだってさ」


『貴方がいつも無事に帰ってこられるように』って言って。


「…それでお守りか…」
「うん。ただあの頃は親父がマジシャンで危険な事とか結構あったからそれのお守りなのかと思ってたんだけど…」

 今になってやっと解ったんだよ…このお守りに篭められた本当の意味が…。

「そうか…親父さん解ってたのかもしんねぇな…。」

 お前が二代目のKIDになるって事…。

「かもね」


 くす、と小さな笑みと共に呟かれる言葉。
 それは言葉すら少なかったが、篭められている意味は新一には測り知れない。

 彼がその意味を知った時、どんな気持ちでそのビー玉を見つめていたのか。
 そして今…それをどんな気持ちで見つめているのか。


「だからね、それは新一にあげる♪」
「え…?」
「お守りだよ。新一だって事件事件で危険なことばっかりやってるんだから」

 だから、持ってて?

「…ありがとう」


 どれだけの思いが篭められた物なのか。
 そして快斗がどれだけそれを大切にしているか解ったから、新一は素直にそれを受け取った。

 なら今度は…。


「快斗…お前明日暇?」
「え? 何で?」
「買い物…付き合えよ」
「うん♪」


 突然の新一からのお誘いに満面の笑みで快斗は頷く。

 次の日、買い物に出かけた新一が購入した物。
 それは透明なビー玉。

 そして買い物から帰って来てから20分後、快斗の大切なビー玉が一つ増えた。


 それは新一から快斗へと贈られた、この世に唯一つだけのお守り…。










END.