イベントだとか
 記念日だとか

 そういう物には
 全然興味がないと思っていた

 なのに何で…
 こういう時だけこの人は……








 〜今日は何の日?(5月9日編)〜








「……工藤」
「ん?」
「…何で、こんなにいっぱいあるの…?」


 いつもの様に工藤邸にお邪魔して。
 いつもの様に勝手に冷蔵庫を物色して。

 それが日常になっているのだから黒羽としても多少は厚かましいと思いつつも、冷蔵庫の中身を買ってきているのは八割方黒羽の方なのでそう気にも留めていないのだが…。


「好きだろ? お前」
「いや…好きだけれども……」


 当然の様に返って来た答えは確かに事実なのだが、それでもこの量は些か多過ぎる。
 幾ら俺が好きでもこの量を買って来るこの人の経済的概念を根本から叩き直してやりたい。


「じゃあ、いいじゃねえか。好きなだけ食えよ」
「…工藤」
「ん?」
「買ってきた癖にお前は食べる気ゼロなのかよ!」
「当たり前だろ。そんな甘いもん食えるか」


 言いながらホームズ片手にブラックで珈琲を飲む姿からは確かに彼が食べないであろう事は想像に難くない。
 だがしかし…。


「いや、どんだけあると思ってんだよ。お前」
「んー…、適当に突っ込んだからな」
「…突っ込み過ぎだって。入れ過ぎは冷凍庫の冷えが悪くなるから良くないんだぞ?」
「別に良いだろ。とりあえず冷えれば」
「……お前、今の瞬間に全国の主婦を敵に回したぞ」
「…例えが大げさだな、オイ」


 じろっと睨まれた気がしたが、悪いのは工藤だから気にしない。
 黒羽はとりあえず冷凍庫の中にうぞうぞと突っ込まれている中から一個を救出してやった。


「とりあえず一個貰うぞー」
「一個と言わずに好きなだけ食えって言ってんだろ」
「…どんだけ食わす気だよ、お前は」


 自分で食べる気はゼロな癖に俺には好きなだけ食って良いなんて、随分太っ腹だ。
 それにうかうか乗せられれば後が怖いのは分かっているが、好きなモノを目の前に欲が出るのも事実。
 と言う訳で、冷蔵庫からあと二つ程救出する奴らを増やしてやる。

 パコッと蓋を開けて。
 ぺりっと内蓋を剥いで。
 一掬いして口に入れれば、途端に甘い味が広がった。


「んーvv やっぱチョコアイス美味いなーvv」


 何がどうしてこうなったのかは分からないが、とりあえずは美味しく頂いておく事にする。
 仕方ない。
 怪盗をやっていようが何だろうが、中身は普通の高校生。
 好物を前にすればこうなるのも当たり前だ。


「…お前、ホント甘いモノ好きだよな。特にチョコアイス」
「だって美味いじゃんv」
「俺にはその感覚が分かんねえけどな」


 黒羽が美味しそうにチョコアイスをぱくぱくと頬張る横で、呆れた様にそう言って工藤は珈琲を飲む。
 何だかその奇妙な光景が酷く自然な事に黒羽はクスリと笑った。


「何だよ」
「別に。自分で食いもしないのに何で買って来るのかな、って思っただけ」


 少しだけでも食べるなら分かる。
 けれど、全く食べもしない物体を大量に――とりあえず黒羽が見た限りでは二十個以上――仕入れてくる事自体が謎だ。

 工藤のちょっとずれた行動(…)なんて日常茶飯事ではあるが、その謎に黒羽が首を傾げれば工藤は当然の様に言った。


「帰りにコンビニに寄ったら『五月九日はアイスクリームの日』って書いてあったんだよ」
「…は? アイスクリームの日??」
「おめーも知らねえの?」
「聞いたことない」
「そうか」
「っていうか、何で五月九日がアイスクリームの日なの…?」
「いや、そこまでは書いてなかったから知らねえけど」
「工藤…そこは気にならないのかよ…;」
「そう言えば何でだろうな…」


 ふむ…と顎に手を当てて、ちょっとばっかし考えてしまった工藤に黒羽は更に首を傾げる。


「まあ、謂れはいいとして…でも、だからってこんなに大量に買って来る? 自分は食べもしねーのに」
「いや、だってお前好きだから」
「……工藤、さん…?」
「お前が好きだって言って嬉しそうに食べるの想像したら、手に取ってた」
「えっ…!? あ、えっと…それって……///」


 しれっと真顔でそう言われて。
 黒羽は二の句を告げられずに真っ赤になって手で口を覆った。

 きっと工藤は何にも意識なんかしちゃいない。
 黒羽の事だって友達以上になんか絶対に思っちゃいない。

 でも――コレは………。



「(もう、ホント……何でこの人こんなに天然でタラシなんだよ……!!!///)」



 心臓がバクバクと音を立てて落ち着かない。
 頬に上がった熱は全くもって引いてくれない。


「黒羽? どうかしたか?」


 全くもって何にも分かっていない顔で黒羽の顔を覗き込んでくる工藤が恨めしい。
 この天然タラシは一体こうやって何人の人間を堕としてきたのか…。


「何でもねーよ。つーか、工藤。お前も食えよ」
「だから、甘い物はいらねえって言ってんだろ」
「お前な…これだけ買って来たんだからせめて一口ぐらい食べろよな」
「………」


 嫌そうな顔を浮かべ、眉すら寄せて見せた工藤に黒羽は首を竦めた。


「まあ、お前が食う筈無いか…」
「一口ぐらいなら、食う」
「あ、食べるなら新しいの開ける…」
「これでいい」


 言うが早いか、工藤は黒羽の持っていたスプーンの上に乗っていた一口分に狙いを定めた。
 自然な動作でスプーンを黒羽の手ごと持つと、自分の方へと引き寄せ、その一口をぱくりと口に放り込んだ。
 強制的にいわゆるに『あーんv』をやらされた形になる訳だが…。


「甘い…」
「っ……!///」


 余りにも自然の流れ過ぎてなすがままになっていた黒羽の思考回路が、漸くその嫌そうな声できちんと活動を始める。
 そうして活動し始めた途端に、自分の今置かれた状況にオーバーヒートした。


「な、何すんだよ! お前は!!!///」
「何って…お前が食えって言うから食べただけだろ?」
「あのな、何で俺の手ごと持ってくんだよ!! スプーンだけ持って行けばいいだろ!
 つーか、これだけあるんだから新しいの開けるとこから始めろ!!!」
「何だよ。これだけあんだから一口ぐらいけちけちすんなよ」
「俺が問題にしてんのはそこじゃねえ!!!」


 いやもう、なんていうか…逆に言いたい。
 こんだけあるんだから、けちけちせずに一個新しいのを開けて食えと。

 というか、それよりも――― 一口食べるにしてもスプーンだけ持って行け、と!


 全くもって何が問題なのか分かって下さらない迷探偵相手に、黒羽の頬の熱は上がる一方で。
 眩暈すら起こしそうな熱さを冷ます様に慌ててアイスを口に含んだ途端、クスッと工藤の笑い声が聞こえた。


「何だよ」
「そんなに急いで食わなくてもアイスは逃げねーぞ?」
「逃げねーけど溶けんだよ」
「まあ、それもそうか………。って、あっ……」
「ん?」


 黒羽のスプーンを見詰め、何やら思いついたらしい工藤に黒羽が不思議そうに眼を向ければ―――本日最大の爆弾を落とされた。


「そういや、間接キスだな」
「なっ……! なっ………!///」
「ん?」
「お、お前は何でそういう事言うんだよ!! この大馬鹿推理之介!!!」
「何だよ、思いついたから言っただけだろ」
「思いつくな!! もう、二度とそんな事思いつくんじゃねえ!!!」


 『まあ、男同士で間接キスなんてどうでもいいか』なんて呟いて下さる迷探偵に、黒羽は痛む頭を抱えた。
 本当にこの無意識でタラシな上に問題発言ばかりかまして下さるのは、どういう了見か。


「ま、お前相手なら悪くないか」
「っ――――!!!///」



 極め付け、とばかりに落とされた本日二度目の爆弾に口をぱくぱくさせながら、黒羽はこの上がり切った熱がアイスごときでは冷めない事を実感するのだった。
 この超鈍感天然タラシが黒羽の想いに気付く日が来るのか来ないのか。

 それはチョコアイスだけが知っている……かもしれない。











END.


すっかり忘れていたこのシリーズ。
たまたま5月9日はアイスの日だと聞いたので、快新サイト的にはこのネタをやらない訳にはいかないと…。
うっかり新快風味ですが、快新だと言い張ります(爆) 寧ろ新←快ですが。

とりあえず、“工藤”“黒羽”と呼んでる二人が書きたかっただけ。





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