気持ちが傾いているのには気付いていた

 それに戸惑っているのも解っていた


 だから浮かべるのは…

 愛しさを持つ笑みではなく

 何時もの様な不敵な笑み










――The collapsed mask――











 月の見える夜。

 想うのは彼のこと。


 月の見えない夜。

 想うのは彼のこと。


 あの月下の魔術師は月の守護がない夜は何に護られているのだろう?








 初夏の香り漂う6月。
 暑さに弱い自分にとって昼の日差しは限りなく暑く、けれどその癖深夜の風は寒さを覚える程に酷く涼しい。

 そんな暗く涼しい夜空の下待ち侘びるのは今一番自分の心の中を占めている人間。


「こんばんは」


 夜の気配を纏いながら舞い降りたのは待ち焦がれていた白い影。
 罪の証の筈のその純白の衣装は一転の曇りも無く、白く輝いている様にすら見える。


「遅かったじゃねえか」


 言いたい事は、話したい事は幾らでもある。
 けれど何時も時間は足りないから。
 だから一分でも、一秒でも早く逢いたいと思うのに。


「私にも色々と予定というものがあるものですから」


 かわされる。
 何時もサラリと。

 まるで自分になど関心はないという様に。



『怪盗に興味はない』



 そう言い放った嘗ての自分の様に。


 昔は本当にそう思っていた。
 唯の窃盗犯に『怪盗』なんて格好の良い呼び名がつけられて。
 所詮は他人の物を奪っている唯の犯罪者なのに。
 しかもそれをまた元の持ち主に返す、なんて馬鹿みたいな事をしているのに。

 それにも拘らず世間ではまるで芸能人の様に騒がれていて。
 調子に乗っているんだろうと思っていた。
 きっと自分の能力に自分自身で酔っているのだろうと、そう思っていた。


 けれど、実際に逢ってみて、自分のその考えがいかに浅はかだったかを知る事になった。


 真っ白な純白の衣装。
 闇夜に翻るマント。
 鮮やかな身のこなし。
 何もかも見透かした様な不敵な笑み。

 そして…モノクルの奥に隠された一点の曇りも無い瞳。



 見詰められた瞬間心が震えた。
 今になってこそその感情の名前が解るけれど、あの時はその訳の解らない感情を抱えたまま彼を見詰めているのが精一杯で。
 けれど、それだけでは勝てないからあんな台詞を並べ立てたのに――。


 ――返ってきた言葉は確実に自分の内を貫いていった。





『探偵はその跡を見てなんくせつける…ただの批評家に過ぎねーんだぜ?』





 悔しかった。
 あの瞬間は、あの言葉は本当に悔しかった。

 だからかもしれない。
 アレだけ必死になって追いかけたのは。



 それからはもう、唯々必死だった。
 彼の予告状が出る度にチェックして、世界中に散らばるビックジュエルの情報を集めて。
 何度も何度も彼と対峙をして……。



『名探偵』



 やっとそう呼んで貰う事が出来た。
 ずっとずっと彼を追い続けていた某探偵を差し置いて。

 その言葉にどれだけ歓喜したかこの目の前の怪盗は知らないだろう。
 それが自分の中でどれだけ大切な意味を持つのかも…。








「それで…」


 どこからともなく取り出された一枚の紙。
 それは怪盗が予告状を出す時常に使用する独特の紙で。

 けれど今彼が持っているそれは彼自身が出した物ではなく――。


「こんな手の込んだ事をなさってまで私を呼び出した理由は一体何なのですか?」


 ――探偵から怪盗へ出された招待状。
 しかも入手するのに相当苦労する筈のそれを態々使っての呼び出し。


 もちろん怪盗が警戒しない筈もないし、深読みしない筈もない。


 しかし、探偵から怪盗へと返されたのは何時もの不適な笑み。


「用件か?そこに書いてあるそのままだが?」
「そのまま、ですか…」


 不適に笑う探偵に怪盗もまた同じ笑みを返す。
 意外なところで判明した自分達の顔の相似も相まって、それは鏡でも見ているかの様な異様な感覚をお互いに植えつける。






 
空に舞う白い鳥

  その白い翼を収める事の出来る夜

  初めての出逢いの地にて

  白い鳥へ贈り物を捧ぐ






 一見すれば何て事のない招待状。
 けれど探偵から怪盗への贈り物など、普通では有り得る事はない。


「それならば、名探偵は一体私に何を下さる気です?」


 クスッと笑う笑みはポーカーフェイス上の笑み。
 それは何回会っても崩れる事のない極上の仮面マスク



 デモソレモキョウデオシマイ



「お前はもう既に解っている。違うか?」

 俺のやりたいモノなんかとっくに解ってるんだろ?

「違う、と言えば嘘になりますね」

 それはもう。酷く解り易いモノですから。



 互いに解りきっているのに、壁一枚隔てた様なそんな感覚。
 それは怪盗が探偵の戸惑いを、探偵は怪盗の偽りを全て知っているから。


 ――だからこそのこれまでの関係。


「……だろうな」
「ええ」


 二人の間に暫しの沈黙が落ちる。
 聞こえるのは吹き荒ぶ風の音と、夜道を走る車の音だけ。

 その沈黙を破ったのは相変わらず仮面を付けたままの怪盗。


「けれど貴方は私にとって永遠の『名探偵』ですから」


 それは表面上は相手を認めている様で、けれど肝心な部分は拒絶した言葉。


「『名探偵』か…」


 最初はそれが嬉しかった。
 自分自身が彼に認めてもらえた様で。

 けれど何時からかそれでは足りないと叫ぶ自分自身に出会う事になる。


 それは……怪盗への自分の気持ちを確信した時から。


「貴方は私にとっての『名探偵』。それ以上でも、それ以下でもありませんよ」


 向けられるのは何時もの笑み。
 自分の気持ちを全て理解した上で向けられるそれに新一は内心で苛立つ。





 日々『犯罪者』である人間を監獄へと送り続けている自分。
 それでも『犯罪者』である彼を想う自分が居る。

 それは相反する感情であり、本来は相容れないモノ。

 彼が『怪盗』でなければ、かれが『KID』でなければ。
 何度考えたか解らない『もしも』。

 けれど…その『もしも』が本当だったなら、自分達は出会う事すらなかったかもしれない。
 道で擦れ違っても気付かない程の、本当の『赤の他人』だったのかもしれない。
 それを思うとその『もしも』も自分の中で欲しいモノでは有り得ない。

 『犯罪者』だから、と拒絶する理論は完璧。
 逆にその『犯罪者』を受け入れる想いを、感情を納得させる方が難しい。


 でも…そんな納得できない自分こそ本当の自分。
 それはきっと怪盗にも分かっている事。




 彼には自分の想いなどとうにばれている。
 それでも彼のスタンスは変わらない。

 イコール…お前は俺に興味などない?


 頭の中に浮かんだ考えに新一は一人心の中で首を振る。


 自分の気持ちを知った上でここに居る彼。
 だとすれば、この想いは彼にとっては必ずしも迷惑なものではない筈。

 だって…迷惑だとすれば彼はこの場にすら来てくれなかっただろうから。


 それは新一の勝手な思い込みだったのかもしれない。
 けれど、それでも自分にとってプラスに考えてしまうのは人間の常。






「本当にそれ以上ではないと?」


 だから口をついて出たのはそんな挑戦的な台詞。


「本当にお前は俺を『名探偵』以上として見ていないというのか?」


 新一の『蒼』が怪盗の『藍』へと向けられる。
 それは嘘偽りを許さない真っ直ぐな眼差し。


「………」


 それに対する怪盗からの言葉はない。
 けれどその『藍』が戸惑いを含んで揺れるのを探偵の『蒼』が見逃す筈がない。


「なあ…お前にとって俺は本当に『名探偵』なだけなのか?」


 その言葉を切欠に探偵によって二人の間の壁が破られる。
 探偵から怪盗へと伸ばされる手。
 その手は怪盗の頬へとそっと触れる。


「お前に『探偵』でない俺は必要ない?」

 俺が『探偵』でなくなったら、お前は俺が死んでも見向きもしない?

「そんな事っ…!」


 新一の言葉に思わず叫びかけた怪盗。
 その瞬間崩れたのは今まで保ち続けていた仮面。


 それは新一が待ち望んだ瞬間。


「そんな事?」
「………そんな事…ない…」


 ぼそっと呟かれた怪盗の本音に新一は小さく笑みを浮かべる。
 それは新一が一番聞きたかった言葉。


「俺が『探偵』でなくなっても俺はお前にとって必要な存在か?」
「もちろん!」
「じゃあ…俺が居なくなったらお前はどうする?」
「もちろん日本中…いや、世界中でも探すに決まってる!」
「ふーん…」
「あっ…!」

 人の悪い笑みを浮かべた新一に怪盗はしまったといった表情を浮かべた。
 それは相手が嵌まる事を確信して張られた罠。

「普段の喋り方はそんななんだな」
「こ…これは…」

 違う、と言おうとしたところで後の祭り。
 勿論『名探偵』相手にそんな偽りが通じる筈もなく…。

「これは?」

 にっこりと満面の笑みまでついて返してくれる。
 流石は女優の息子。
 その辺はしっかり心得ていらっしゃる。

「……普段はこういう喋り方です」
「成る程な」

 結局降参するしかなかった怪盗を新一は満足げに見詰める。
 その笑みに含まれるのはまるで悪戯が成功した子供の様な色。


「なあ…キッド…」


 囁く様に彼の名を呼び、新一は怪盗の頬へ伸ばしていた手をそっと顎のラインにかけて滑らせる。


「俺の事…欲しくねえ?」
「なっ…」


 目を丸くして驚いている怪盗に新一は妖艶に笑ってみせる。


「俺はお前の事欲しいんだけど?」
「っ…!」


 微笑みかける笑顔は正に可憐な花の様で。
 その綺麗な綺麗な笑みの裏に含まれる艶やかさに怪盗は思わず息を呑む。


「後悔はさせねえぜ?」


 それが最後の合図。
 それ以上新一は言葉を紡ぐ事が出来なかった。





 だって…言葉を紡ぐ為に開きかけた唇は怪盗のそれに塞がれてしまったのだから…。















 ―――なあ…俺はお前が思ってた程お綺麗な人間じゃないんだぜ?
















END.

と言う訳(?)で一周年記念のブツです。
時間がかかったわりに、はっきり言って…無理矢理終わらせた感漂いまくりな物体ですみません(平伏)
もう本当にお詫びのしようもありません…はいι
それでもこうして無事一周年を迎えられたのは、更新が滞りまくっても温かいお言葉をかけて下さる皆様のお陰です。
これからも滞りがちになるとは思いますが、見捨てないでやって下さい…ι

一周年記念でコチラはフリーとなっております。
ちなみに、これの元である04/04/01の詩とセットでのお持ち帰りも可ですので、そちらをご希望の場合はBBSかメールにて御知らせ下さい。
小説だけお持ち帰りの場合も、ご報告頂けると管理人が勝手にディスプレイ前でほくそ笑みます(爆)





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