月齢15.0…満月。
 この日、東都の街は喧騒に満ちていた…




                  『殺し屋に愛されし探偵』





「毎回すまないな、工藤君」
「いえ…僕の方こそ、現場に入れて頂いて…」
「気にしないでくれ。工藤君なら問題ないさ」
「ありがとうございます」

 午後9時40分。東都博物館、4階。
 3日前に予告状を届けた白い怪盗が犯行を起こすまで…あと20分。

「──何処か、修正する処はあるだろうか?」

 隣りに立っていた中森警部が、時間も迫ったと言う事で最終確認の為に見取り図を広げる。
 前までは『警視総監の息子』という肩書きを全面に出してきていたとある探偵(…)の印象のせいか、極端に「探偵」と名乗る人物に対する接し方がキツかった中森。
 しかし新一と会った事で、それまで持っていた「探偵」に対する印象が一変した。

 暗号解読は元より、その頭の回転の速さ。そして的確で冷静な状況判断。

 その全てが、親の威光だけを着飾り「探偵」と名乗るヤツとは違う。
 『自称探偵』とはレベルが違う…本物の探偵。


 まして彼は警察の動きを邪魔する事無く…確実にキッドを追い詰める──


 ──だからこそ。中森は極力彼の助言を請うことにしている。
 それは今までの考えを翻し、「工藤 新一」という探偵だけは信頼得れる、別格として扱っているという事…


「…特に問題はないと思いますが…そうですね。キッドは多分、空から来るでしょうから…」
「何故、空からだと…?」
「天候と風向きです。今日はハングライダーに適した状態ですから」
「ほう…」

 アドバイスを聞きつつ感心の頷きを返す中森に、新一は苦笑を浮かべてから続きを説明する。
 すぐさま配置を調整する為の指示が飛ぶ。

 そして…

「では、僕は周囲を少し見てきますね」
「ああ。くれぐれも気をつけてくれよ」
「お気遣い、ありがとうございます」

 …こうして、新一が現場を離れるのも恒例となっていた。

 新一は難解な予告状の解読と、警備へのアドバイスを助言する事はあるが、決して犯行時間に現場にいる事はない。
 数度、中森は新一に留まるように言ったのだが…

「刑事ではない、一般人である自分がいる訳にはいかないですから。僕は外でキッドの動きを見張りますよ」

と、答え一度たりとも頷く事はしなかった。

 勿論、新一にとってそれは都合の良い口実(笑)。
 本来の目的はキッドが降り立つであろう、中継地点に向かう為。

 しかし…それがまた、中森の「探偵・工藤 新一」に対する好感度を上げる事になっているのだが…




 午後10時15分。
 美術館近隣にあるビルの屋上…


「──そうですか…解りました」


 犯行時刻直後から鳴り響いた携帯電話。

 厳重な警備を難なく抜け…目当ての宝石を手に入れたキッド。
 逃走経路などの確認に中森がかけてきた電話に、新一は周囲の警戒と上空の捜索。まだ美術館内に残っている可能性を示唆し、電話を切った。

 用の済んだ電話をポケットに入れ、そのまま肩までしかないフェンスに寄りかかる。
 ガシャン…と音が鳴るのと同時に感じた存在感。
 彼にしか出せないその清涼な気配に、新一はくすり…と笑みを零す。

「今日も、オレの負けかよ」
「なかなか素晴らしい警備でしたよ、名探偵」

 新一の目の前に降り立つ魔法使い。
 口ほどに悔しがっていない新一に、彼もまた笑みを浮かべる。

 …その微笑みは──酷く優しい。

「で? 確認は済んだのか?」
「ええ…また、ご返却をお願い出来ますか?」
「…ハズレか」

 相変わらずの仕草で出された宝石を受け取る。

「それにしても…最近は中森警部も温和になりましたね」
「……温和っていうのか? アレ」

 キッドの言葉に、新一は少々訝しげな表情で問い返す。
 すると…

「だいぶ視野が広がったし? 新一のおかげでしょ♪」

と、キッドは本来の口調に戻し、楽しげに答える。
 それに新一が態度を変えることは無く、

「中森警部は優秀な刑事だ。ただ、今までは白馬の存在ばかりに気を取られて、自分から狭めていただけだ」
「で・も! 先入観を崩して態度まで変えさせちゃうンだから、やぁっぱ新一だよね♪」
「…白馬に対しては、相変わらずみたいだぞ?」
「アイツは仕方ないって。反感買うような言動してる方が悪い」
「………まあ、そうだけどな」

 お互い向かい合ったまま、その距離は変える事無く会話を続ける。
 何気ない、他愛もない話。
 しかし…徐々に2人の表情が変化していく…

「──それで? 何かあった?」

 話を切り出したのはキッド。

「いや…今のところは何もねぇよ…、そっちは?」
「こっちも全くの平穏。問題無し」

 答えた新一が逆に問えば、キッドも軽く首を振り同じような答えを返す。
 それを聞いた新一は軽く頷き利き手を口元へと持っていく…

「……て事は…」
「間違い無く…今から、かな」
「だよなぁ;」

 後を受け継ぐように呟かれた言葉に、新一が深い溜息を付くと、キッドは心配気に目の前にある慧眼の瞳を覗き込む。

「大丈夫? 新一…;」
「…頭でも抱えたい心境だ」
「う〜ん…、解る気がする;」
「なんだってアイツはオレにちょっかいかけてくるンだ? お前だけじゃなくてオレも狙ってるのか?!」
「(…いや、「狙う」の意味がちょぉっと違ってるンだけどね;)」

 突如叫び出した新一に、キッドは苦笑いを浮かべつつ内心で突っ込みを入れた…。


 ──新一の言う「アイツ」とは、裏世界では有名なランクSSS(トリプルエス)を持つスナイパー。
 5本の指に入る凄腕であり…今はキッドを狙う暗殺者。

 …1ヶ月程前のキッドの現場で、いつものように逃走経路を先回りしていた新一。
 そこで、キッドよりも先に「アイツ」と対峙した。
 数秒遅れでやってきたキッドに庇われるようにして立つ新一に、なにやら彼は興味を惹かれたようで…


「…おい」
「ええ…おいでになられたようですね」

 キッドを見つめたまま呟いた新一に、キッドも口調を変え答える。
 辺りに漂う冷たい気配。それはまさに、闇のモノで…

「出てこいよ、Monat」

 背後を振り返ったキッドのマントが風になびき、名前を呼んだ新一の姿を一瞬だけ覆い隠す。

「……不機嫌だな」
「誰かサンのせいでな」

 声と共に姿を現したMonat──月──と呼ばれた男は、新一の表情にくすっと笑みを零す。
 それが益々新一の不機嫌を煽っているのだが…

「ほぉ…誰だろうな」
「…お前以外にいるんなら、是非とも教えてくれ」
「オレは会えて嬉しいぜ?」

 キッドを挟んで行われる会話。
 彼は立ち止まった場所から動く事無く…警戒を露にしているキッド越しに新一を見つめる。

「お前のターゲットはコイツだろ?」
「…新ちゃん、酷い(泣)」

 自分の前に立ったキッドの背中を指差し、新一が言外に押し付けよう(笑)とすると、キッドが思わず素で呟きを漏らす。
 そんなキッドを完全に無視し(笑)、新一は月夜に輝くブロンドの髪の持ち主を睨みつける。

「──だが、あの時お前が言ったんだろう? コイツを殺したければ、お前を殺せと…」
「ああ…オレの目の前では殺させない」
「だが、オレならこのままでもコイツを殺すことが出来るぜ?」
「……だろうな」

 あっさりと彼の言葉を認め、その上で勝気な笑みを浮かべる。

「でも、お前はそれをしない」
「………」
「その気なら、オレが呼ぶ前にでもキッドを仕留めれば良い。それこそ、こうして姿を現す必要なんか何処にもねぇだろ?」

「──名探偵」

 自身有り気に言った新一に、キッドが声をかける。
 それとほぼ同時に聞えてくるサイレンの音…
 キッドの言いたい事を悟り、新一はキッドの肩に片肘を乗せる。

 そして…

「…コイツを生かすのも殺すのも、オレだけだ」

と、はっきりと言い切った。

「ふ…、面白い。益々お前に興味が出た」
「持たなくて良い。時期に警察が来る…さっさと帰れ」

 ニヤリと満足気な笑みを浮かべ、来た時と同様に影に隠れるようにいなくなるスナイパー。
 始終隠そうとしなかった気配が薄れたことを確認し、キッドは軽く息を吐く。

「…いいのか?」

 それは国際的指名手配犯である彼を逃がした事を言っているのは明らかで…

「構わねぇよ。どの道、オレとお前だけでアイツを捕まえるのは無理だろ」
「まあ、そうだけどさ…」
「だったら、お前もとっととここから消えろ」

 遠くで聴こえていたパトカーのサイレン。
 けたたましい音は徐々にこちらへと近づいてくる…。

「はいはい。もー、新一ってば、少しは敬ってよ!」
「頼んではいない」
「それもそうだけど! オレは新一に傷ついて欲しくないンだから!」
「……んなの、オレだってそうだよ」
「え…」

 新一からの思いがけない言葉に一瞬放心したキッド。
 そんなキッドの珍しい表情に、新一は満足そうに、

「……言っただろ?」

と、妖艶に微笑む。
 その問いかけに、キッドも慈愛に満ちた笑みを浮かべ、

「そうですね…私の全ては、貴方のもの…」
「解ってンなら良いんだよ。ほら、好い加減リミットだ。先に帰ってろ」
「それでは…また後程…」
「…一応、気を付けて帰れよ?」

 飛び立つ為の羽根を広げ、キッドが鮮やかに空へと飛び立つ。
 その姿を見送り、先に自宅へ帰り自分を出迎えてくれるだろう彼の姿を思い浮かべつつ、新一はポケットから携帯電話を取り出した。


「…あ、中森警部…工藤です。ええ…宝石は無事です……──」





 ──All of you are allowed. I become your God.
    Since this is your Heaven, if it dies freely, since it will kill.


『──お前の全てをオレが許す。オレがお前の神様になってやる。
ここだけがお前の天国(居場所)だから…勝手に死んだら、殺すからな』







雰囲気が…雰囲気がカッコイイ〜Vv←が第1感想でした(爆)
新ちゃん…スナイパーにすら愛されちゃうのねVv流石だわ♪(何)
そして…最後の台詞にやられました…もうくらくらと…(核爆)
雪花姉素敵な地雷バー(笑)をありがとうございました☆


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