好きだという
 愛しているという

 君はそう言うけれど
 何を根拠にそれを信じられるというのだろう

 寄る辺ない想いなど
 信じろという方が無理だろう


 だから―――





 ―――さっさと諦めてしまえばいい
















 百夜通い【第八夜】















「来たのか」
「うん」


 何の音も立てずに気配すら感じさせずに入って来た怪盗も、けれど窓が開いたその瞬間に流れ込んできた夜の空気だけは消せなかった。
 室内に入り込んで来た僅かな夜の気配に探偵が闇の中目を凝らせば、月明かりにその白はぼんやりと浮かび上がった。


「ごめんね」
「何で謝るんだよ」
「今日は一人で居たかっただろうと思ってさ」
「………」


 知っている、コイツは。
 知っていて、だからこそ気配すら消してひっそりと訪れた。
 闇の静寂を壊さぬ様に、ただ静かに、自身の存在すら消す様にして。


「帰るよ」
「…もう帰るのかよ」
「とりあえず、顔だけは出したからね」
「……別に、俺は帰れなんて言ってない」
「でも、今は誰とも一緒に居たくないだろ?」


 確かにそうだ。
 怪盗の言う通りだった。

 事件の関係者に何かを言われる事は少なくない。
 『死神』だの『鬼』だの『悪魔』だの、―――『存在しなければ良かった』だの。

 そんな事でいちいち心を痛める様では探偵なんてモノやって居られない。
 慣れてはいけない事なのかもしれないが、それでも慣れざるを得ない。
 でなければ―――壊れてしまうだろうから。


「別に。いつもと変わんねえよ」
「うん。だから帰るよ」
「……何が“だから”だか分かんねえよ」


 八つ当たりだろうと探偵自身分かっていた。
 声が酷く冷たい物になる。
 それでも怪盗は薄らと笑った。


「いつも通り、なんだろ?」
「ああ」
「だから帰るんだよ。じゃないと、きっと…いつもとは違う名探偵にしてしまいそうだからさ」
「…意味分かんねえよ」


 挑む様に探偵が怪盗を睨み付ければ、その冷たい視線の先で怪盗が肩を竦めた。


「弱みに付け込むのは性に合わない」
「……お前、…」
「だから帰るよ。俺は、そんな風に名探偵の事口説きたくないから」


 再度口元に笑みを掃いて、怪盗は今度は音を立てて窓をガチャッと開いた。


「じゃあな。――――優しい名探偵さん」


 去り際に言われた一言に、探偵は唇を噛んだ。


「……俺は、優しくなんかねえよ……。お前のがよっぽど―――」


 最後の言葉はひっそりと部屋の闇の中に掻き消えた。

































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