好きだという
 愛しているという

 幾らそう言われても
 根拠もないその言葉を信じられる筈がない

 寄る辺ない想いなど
 信じろという方が無理だろう


 だけど―――





 ―――ちょっとぐらいは…良いと思ったんだ…
















 百夜通い【?〜第五十二夜】















 ―――ジリリリリリ…



「んっ……」



 けたたましい音に意識を無理矢理浮上させられる。

 身体が怠い。重い。
 瞼を上げたくないと身体が逆らおうとするが、それでも脳はきちんと今が起きなければいけない時間だと理解する。
 無理矢理に重たい瞼を上げ、近くにあった目覚まし時計を止める。


 現時刻:午前七時


 しぱしぱと瞬きをしてけたたましい音を立てている目覚まし時計を止めた後、手近にあったスマートフォンを引き寄せた。
 日付と曜日を確認し、天井を仰ぐ。


 …また、やってしまったらしい。


 ほぼほぼ丸一日程度寝てしまったのだろう。
 時々やってしまう何とも勿体無い休日の過ごし方をまたしてしまった事に溜息を吐きながら身体を起こして、探偵ははたと気付いた。


 ……そう言えば、自分は一体いつ目覚まし時計をかけただろうか。


 一瞬自問自答して、それでも覚えがない事に気付き目覚まし時計を見詰めた次の瞬間―――探偵はガックリと肩を落とした。
 視界に入ったのは目覚まし時計の横に置かれた真っ赤な一輪の薔薇。
 それが誰を示すかなんてもう考えるまでもない。


「………やっちまった………」


 あんな事を言った後で。
 きっと怪盗は色々思う所あって、更には怪我をおして来ただろうに……あろう事か自分は寝てしまっていた、と……。

 そう考えるとどうにもこうにも情けない…。


「…アイツ、どんな顔して帰ったんだろうな……」


 何だかとっても申し訳ない事をしてしまった気がする。
 しかも、こうして目覚まし時計までセットして貰ってはもう何て言うか…立つ瀬がない。

 とりあえず今日一日は今夜来るだろう怪盗に一体どんな顔をして会えば良いか対策を練る日に当てようと考えて、探偵は制服のシャツに袖を通した。




















 怪我はまだ痛む。
 それでも先日の探偵に言われた様に自分でもそれをいつまでも甘受しているのもくだらないと思い、解熱鎮痛剤も使った。
 少しは楽にはなったが、まだまだ怪我人だ。
 それでも、怪我をおしてお邪魔した彼の部屋で怪盗はそれはそれは見事に固まった。


「……何、コレ……」
「昨日の詫びだ」
「えっと……;」


 テーブルの上に並んだ、チョコアイス…から始まって、チョコレートケーキ、チョコレートクッキー、チョコレートムース、定番の板チョコ、某有名店のそれこそ一粒が考えたくない程の金額がするお高いチョコレートまで。
 ありとあらゆるチョコレート菓子の並んだテーブルに流石の怪盗も顔を引き攣らせた。


「何だよ。チョコレート嫌いじゃねえだろ?」
「いや、好きだけど……何でこの状態?」
「だから、昨日の詫びだって言ってるだろ。折角来たのに寝てて悪かったよ」
「いや、寝てたの昨日が初めてじゃねえし。つーか、お前は寝られるならもっと寝た方が良い……って、今はその話じゃなくて…!」


 思わず話を逸らしたくなるのをぐっと堪えて、怪盗はとりあえず目の前の現実にきちんと向き合う事にした。


「何でまたこんなに買い込んだんだよ」
「チョコレートアイス好きなのは知ってるけど、他に何好きか知らねえし…」
「あー…えっと、あの名探て……」
「…お前が言う様に、俺はお前の事大して知らねえし」
「………」


 何だろうもう。
 この可愛い生き物。

 恥ずかしさ半分。
 照れ隠し半分。

 ほんのちょっぴりの嫌味に隠してはいるが、全くもって隠しきれない可愛さに思わず抱き付きたくなって…何とかそれを押し留めると、怪盗はニッコリと笑った。


「じゃあ、俺の事考えて…俺の為に用意してくれたんだ?♪」
「…べ、別に…お前の為って言うか……俺が昨日寝てた詫びなだけで……」
「まあ、お詫びでも何でも、とりあえずコレは俺の為に用意してくれた訳だろ?」
「うっ……いや、別に…」
「別に、じゃねえの。全く、素直じゃねえな名探偵は」
「悪かったな…」
「………」


 頬を赤く染め、ぷいっとそっぽを向いて不貞腐れる名探偵のあるまじき失態を怪盗はぽかんと口を開けて呆然と見詰めた。
 その余りに間抜けな様子に何かを察したのか、探偵がじろりとその姿を睨み付ける。


「何だよ…」
「ねえ、名探偵…。気付いてないの…?」
「何が?」
「………いや、気付いてないなら良い」
「…何だよ! はっきり言えよな!」


 はっきりしない怪盗の態度にムッとして怒鳴る探偵の姿も可愛らしいと頭の隅で思いながら、コレは言ってやって良い物なんだろうかと思案する。
 完全に…名探偵のプライドを崩壊させる事になるだろうが…。


「なあ、名探偵…」
「だから何だよ」
「言っても良いけど……後悔するよ?」
「…言えよ。気持ち悪いだろ、そういうの」
「………お前が言えって言ったんだからな。後で俺の事責めるなよ?」
「…何だよ」


 怪盗は天井を見上げ、肩を落とした。
 絶対こうは言ったって後で責められるのは避けられないだろう…。
 それなら良い方で、すぐさま蹴り出されるのも確実に起こり得る未来だろう。

 とりあえず視線をテーブルへと移して、溶けかけているアイスを慌てて口に頬張った。
 せめて蹴り出される前に一口ぐらいは食べておかねば…。


「…んーv 美味いvv 流石名探偵。ここのチョコアイス本当に絶品vv」
「おいコラ。話を逸らすな」
「いやいや、逸らしたくて逸らしてるんじゃないって。でも、アイス溶けちゃうし…」
「…さっさと言わねえと、このチョコ達鍋で溶かして頭からぶっかけるぞ?」
「…ちょっ…物騒な事言わないでよ! 等身大キッドチョコとか出来ちゃうじゃん!」
「…お前、何だかんだで楽しそうだな; ホントにやってやろうか…」


 等身大キッドチョコ。
 流石にそれになるのは避けたいので、仕方なく…というか泣く泣く手元のアイスをテーブルへと戻し、怪盗は改めて探偵へと視線を戻した。


「あのね、名探偵…」
「ん?」
「俺は『素直じゃねえな、名探偵』って言ったんだけど?」
「ああ。言ったな」
「それにお前何て返した?」
「ん? それなら『悪かったな』って………ぁっ……!」


 どうやら漸く怪盗が何を言いたいか察したのだろう。
 言いかけて声を上げた探偵の顔がみるみる真っ赤になっていく。

 何かを堪える様に口を手で塞ぎ、真っ赤な顔で怪盗から視線を逸らす。
 耳まで真っ赤になりながら、必死に怪盗の視線から逃げようとする探偵を怪盗は後ろからはしっと掴んだ。


「てめっ…! 何す…」
「いーじゃんv 今夜の名探偵、素直ですげー可愛いしvv」
「可愛くない!! 絶対に可愛くない!!///」
「だって全部俺の為に用意してくれたんでしょ? で、素直にそれを言えなかった訳でしょ?」
「っ……違う!! アレは言葉のあや…つーか…タイミングで偶々返事しただけつーか……///」


 さっきの返しはそれを認めた様なモノだ。
 常の探偵なら絶対そんなミスはしない。
 それ故に気付いた時のダメージも大きかった筈だ。

 本音故の被弾度も高い。


「嬉しいよ。名探偵が俺の事、今日ずっと考えてくれてたんだと思うと…」
「だ、誰がそんな事言ったよ!」
「この量見れば分かるよ。だって今日一日でコレ揃えてくれたんでしょ?
 買ってきたにしろ、宅配で頼んだにしろ、時間と労力割かなきゃこの量は用意出来ないだろ?」
「………」


 図星、らしい。
 物理的にこの量を用意する事など、普段の探偵には造作もないだろう。
 その辺りはお坊ちゃんの伝手でも財力でも何だって使える。

 けれどそれがこの一日だけ、というのがミソだ。
 しかも学校のある平日に。

 幾らお金に余裕のあるお坊ちゃんと言えども、この量を頼むにしても電話なり、ネットなり、労力を割いた訳で。
 ちなみにさっき見た包み紙の某店舗はネット販売及び宅配はしていない。
 幾らコネのある探偵殿と言えども…恐らくは自ら足を運んで買ってきてくれたのだろう。
 それだけで――――死にそうな程舞い上がったって罰は当たらないだろう。


「すげー嬉しい。名探偵が俺の事そんなに考えてくれてたなんて…」


 ぎゅうぎゅうと抱き締めて、耳元でそう囁けば抱き締めている身体の温度が上がった気がする。
 耳から項にかけて真っ赤に染まったその肌が余りにも綺麗で、怪盗は思わず項にチュッと口付けた。


「なっ…!/// お、お前何するっ…!///」
「いーじゃん。今夜は素直になりなよ、名探偵。俺、今夜は堪能するって決めたから」
「は…?」
「可愛い可愛い名探偵と、名探偵が手ずから買ってきてくれたチョコレートv」


 ニッコリと怪盗が微笑めばその気配が伝わったのだろう。
 ぴたりと動かなくなった探偵に満足して、怪盗はその身体を抱き締めながら一晩中それはそれは甘いチョコレート達を堪能した。

































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