好きだという
愛しているという
幾らそう言ったとしても
何の根拠も無しにそれを信じられる筈がない
寄る辺ない想いなど
信じろという方が無理だろう
だって―――
―――相手はあのにぶにぶの名探偵殿だ
百夜通い【第四十九夜】
「…お前も毎晩毎晩暇人だな」
「ちょっ…! 逢って開口一番それ!? つーか、俺も暇じゃないんだからね!!」
ベランダの扉を開いて愛しの名探偵殿の姿を目に映した瞬間、恋い焦がれて堪らない相手からの容赦ない一言に怪盗は逢って開口一番そう叫んだ。
幾らなんだってちょっとそれはあんまりじゃないか。
そんな必死の怪盗の訴えにも探偵は煩わしそうに両手で耳を塞ぐと再び容赦なく言い放った。
「近所迷惑だ。せめて窓を閉めてから叫べ」
「…誰のせいだよ、全く……」
けれど、確かに仰ることはご尤も。
こんな夜更けに閑静な住宅街で叫ぶのはそれはそれはご近所迷惑だろう。
仕方なく怪盗は言われた通りに窓を閉めると、再びベッドの上に居る探偵へと向き直った。
「これで宜しいですか? 名探偵」
「…今更そんな口調に戻されてもなぁ……」
「……ちっ…」
「…お前、今盛大に舌打ちしやがっただろ」
「したくもなるつーの。ったく、…誰が暇人だよ」
はぁ…と深々溜息を吐いて、怪盗は手近のソファーへと腰かけた。
見せつける様にガックリと肩から力を抜いて、やる気無さそうに背凭れに背を預けた怪盗を探偵はちらりと一瞥し、自分もベッドの上でやる気無さそうに一つ伸びをしてみせた。
「暇じゃなかったら何でこんなとこ来てんだよ」
「…名探偵、あのさ……俺の今までの四十八日間なんだと思ってんの?」
「ん? 暇潰し?」
「ふざけんな。真顔でふざけんな、マジで。俺はお前の事口説きに来てるの? 分かる?」
「………大した暇潰しだな」
本気でブチギレそうな怪盗を前にして、探偵は呆れた様にそう言い放つと手近にあったエラリークイーンの『恐怖の研究』を引き寄せぱらぱらとめくり出した。
相変わらずだと思う。
少しは近付いたかと思えば、こうしてのらりくらりと躱される。
天然なのか。
それともそれすら計算尽くなのか。
確実に前者だと思ってはいるが、それでもこの名探偵殿の事だ。
もしかしたら全て何かの目論見があっての事かもしれない。
つい先日も、使えるものは全部使う主義だと言われたばかりだ。
そう思えば思う程に、自分の行動の馬鹿さ加減と、この探偵のつれなさ加減に嫌気が差す。
それでもこうして毎夜毎夜通い続けるのだから馬鹿な男も居るものだ。
「ねえ、名探偵」
「………」
答えなど端から期待していない。
読書に夢中の名探偵殿がこちらの言葉をまともに聞いているとは思えない。
それでも……。
「俺は本気で名探偵の事好きだから毎日通ってんだよ。それだけは覚えといてね」
「………」
返って来る答えは無い。
それでも、僅かにピクリと動いた肩と、平静を装っていてもうっすらと赤く染まった頬に僅かに彼の動揺を見る事が出来る。
これで本日は上出来だろう。
「さて、今日は大人しくお暇するよ。――――我が愛しの名探偵」
最後の台詞にもう一度ピクリと反応した肩と耳まで赤くなった名探偵に満足して、怪盗は大人しく帰路に着くべく窓の取っ手へと手をかけた。