好きだという
愛しているという
君はそう言うけれど
何を根拠にそれを信じられるというのだろう
寄る辺ない想いなど
信じろという方が無理だろう
けれど―――
―――結局は全てアイツ次第なんだ…
百夜通い【第四十四夜】
―――カチ…カチ
―――カチ…カチ……
規則的に聞こえる時計の針の音。
普段は気にならない筈のそれが、今夜は酷く耳につく。
幾度も視線をそちらへ上げ、そうして何分も進んでいない事に自分自身がイラつく。
堪らない。
こんなのは…。
通う、とアイツは言った。
百夜通うのだと。
けれどそれはいつでもアイツの意志で止める事が出来る。
今日でも、明日でも。
いつでもアイツが飽きてしまったなら…。
くだらない事を考えていると自分でも思う。
これでは通って欲しいと思っているみたいで、それこそ馬鹿みたいだ。
もういっそ眠ってしまおう。
そう思って探偵が本に栞を挟もうとした瞬間、
「こんばんは。名探偵」
今夜もその白い影が窓から強烈な存在として、突如部屋へと出現した。
「………」
「ん?」
何だか妙にイラついてしまう。
こんな風に待っていたからだろうか。
ムッとして見えたのか、心配そうに首を傾げる姿にすらイラつく。
「…名探偵。ご機嫌斜め?」
「……別に」
「いや、完全にご機嫌斜めじゃん;」
ガックリと肩を落としながらこちらにまた一歩、一歩と近付いて、怪盗は探偵が半身を起こし本を読んでいたベッドの端へと腰を下ろした。
その慣れた動作すらムカツク。
まるで、此処が奴のテリトリーだと言われている様で頭にくる。
「勝手に座んな」
「…本当に今日は随分ご機嫌斜めなんだね。何かあった?」
「別に何も無いって言ってんだろ」
ぷいっとそっぽを向けば、呆れた様に小さな溜息が怪盗の口から零れた。
それにまたイラついて、探偵は怪盗を睨み付けた。
「何だよ」
「コレは随分骨が折れそうだと思ってね」
「…嫌なら帰れ」
「嫌なら来ないよ」
「………」
まるで子供に言い聞かせるみたいに優しい声色で言われて、探偵は唇を噛みしめる。
こんなのじゃまるで駄々っ子の様だ。
別に待っていた訳じゃない。
別に遅いなんて思っていた訳じゃない。
絶対に、絶対に―――コイツを待ったりなんかしていない。
「何がご不満?」
いつの間にか、怪盗は探偵との距離を詰めていた。
しぱっと瞬けば、するりと髪に手を入れられ、顔を近付けられていた。
「キ、キッド…!」
「俺が此処に来たのが不満? それとも……遅かったのが、不満?」
「っ……」
まるで何もかも見透かされる様な言葉に恥ずかしくなって顔を背けようとしても、それもキッドの手に阻まれてしまう。
手に力を入れられて、無理矢理視線を再び合わせさせられる。
「ねえ、名探偵。どっち?」
甘い甘い声で尋ねられる。
思わず本音を言いそうになって………漸く目が覚めた。
「決まってんだろ! お前が此処に来たのが不満なんだよ!」
「おや、つれない。ここは雰囲気に合わせて嘘でも『お前が来るのが遅くて寂しかった』って言っておく所だよ、名探偵?」
「誰が言うか。そんなこと」
今度こそキッドの手を振り払い、ぷいっとそっぽを向いた探偵に怪盗は小さく笑った。
「そうだね。でも、それでこそ名探偵だ」
「……何だよ、それ」
既に立ち上がっていた怪盗を、むうっと探偵が睨み付ければ、怪盗は僅かに目尻を下げた。
「そういう素直じゃない所もね、……凄く可愛いって事だよ」