好きだという
愛しているという
君はそう言うけれど
何を根拠にそれを信じられるというのだろう
寄る辺ない想いなど
信じろという方が無理だろう
けれど―――
―――解明したい謎はあったりする訳で…
百夜通い【第四十三夜】
「…何してんの? 名探偵…」
「気にせず続けろ」
「………」
いつもの様に珈琲を淹れようと台所へとお邪魔して。
いつも通り、探偵お気に入りの豆をミルで引こうとして、はたと後ろから注がれている視線に気付いて振り向けば、じーっと陰になる壁の部分から覗きこんで居る人が一名。
何でまた改めて観察なんかされているのか…。
気にせず続けろと言われては仕方ない。
小さく溜息を吐いて、けれど怪盗は言われた通りに作業を再開した。
引いた粉をフィルターに入れ、軽くフィルターを揺すって粉面を平らにする。
ポットからサーバーに一旦全てのお湯を注ぎ、また戻す。
この過程を加える事によって、温度が丁度良い温度になるのだ。
粉全体にお湯が行き渡る程度の量を注ぎ、蒸らす。
そうしてまたお湯を注ぎ、抽出量と濃さを調節していく。
そんなに難しい事はしていない。
名探偵だって、いつもこの位の手間はかけて淹れているだろう。
いや、こんな基本中の基本よりももっと手間暇かけていらっしゃるだろう。
「………」
「名探偵?」
気付けば、壁の後ろに居た筈の探偵が隣で酷く難しい顔をして考え込んでいた。
声をかけても反応がない所を見ると、よっぽど何か考え込んでいるらしい。
ことんと首を傾げ、それでも、適量に達した所でドリッパーを上げる事は忘れない。
最後まで落としきってしまえば、雑味やエグミが加わってしまう。
「はい、どーぞv」
「………」
淹れたての珈琲を温めたマグに注ぎ、その手に渡してやれば、探偵は両手で素直にそれを受け取った。
その視線はジッと水面に注がれていたが、意を決した様にぐいっとそれを飲んだ探偵が目を見開く。
「……美味い」
「それなら良かったv」
「………」
「……あの、名探偵?」
「………」
何がいけなかったのか。
美味しいと言われた筈の珈琲を睨み付け、再度考え込んでしまった探偵にどうしたものかと怪盗は冷や汗をかく。
美味しいには美味しいが…何かが足りなかった、とかだろうか。
珈琲を好んで飲む習慣が無い怪盗には与り知らぬところだが、名探偵は大の珈琲党だ。
美味しいけれども、お気には召さなかったのだろうか…。
不安になって改めて探偵の顔を覗き込めば、漸く思考の淵から帰って来たのか、探偵と本日漸くちゃんと視線が合った。
「名探偵。何か気に入らなかった?」
「いや。美味い」
「なら良いんだけど…。どうして考え込んでたの?」
「…いや、俺もお前と大して変わらない手順で淹れてる筈なのに…何が違うんだろうと思って観察してたんだが…」
「…?」
「…何が違うのか全然分かんねぇし……」
何処か不満げに呟かれた言葉が負けず嫌いの彼らしくて笑ってしまう。
全く、いつだって“謎”という物に関しては真面目な人だ。
「名探偵」
「ん?」
「答え、知りたい?」
「………」
教えて貰う事には抵抗があるらしい。
流石は探偵。
その精神はあっぱれではあるが…。
「知りたくないなら良いけど」
「……お前しか分かんねぇのかよ…」
「うん。俺しか分からないだろうね」
「………」
不満なのだろう。
唇を尖らせて不貞腐れても唯々可愛いだけだというのに…。
余りにも可愛らしいその姿に怪盗はクスッと笑って、その耳元に囁いてやった。
「俺が美味しい珈琲を淹れられる秘密はね………名探偵への“愛情”が籠ってるからだよ」