好きだという
 愛しているという

 幾らそう告げても
 何の根拠も無しにそれを信じられはしないだろう

 寄る辺ない想いなど
 信じろという方が無理だろう


 けれど―――




 ―――それでも俺は君の為に言い続けよう
















 百夜通い【第四十一夜】















 軟化していると思う。
 彼の“私”に対する態度は日々、軟化してきていると思う。

 けれど、それは『愛情』からでは無くあくまでも“友情”であるとか“信頼”であるとかそういう類の傾向だと怪盗自身思っていた。

 それにも拘わらず、探偵はあろう事か閉じた瞼の上にキスなんてしてくれた訳である。
 『憧憬』を連想させるその仕草に怪盗の理性にはそれはそれは盛大に罅が入った。

 『憧れ』と『恋愛感情』は酷似した物だとよく言われる。
 だとすれば、『愛情』を避けた探偵が『憧憬』に逃げたのだとしても、それはつまりこの四十夜が決して無駄にはなっていないと怪盗に思わせるには充分過ぎる程充分な要素だった。


「…名探偵」
「ん?」
「俺の事好き?」
「……は?」


 自分の為に用意されたオレンジジュースに口を付けながら、怪盗は横で『シャーロックホームズ《ガス燈に浮かぶその生涯》』を読み耽っていた探偵へ突然そんな風に切り出した。
 当然突然ふられた方の探偵が何の脈絡もないその言葉に小首を傾げ、瞳をしぱっと瞬かせても当然だと怪盗は薄く笑った。


「ごめん。突然だったね」
「…もう慣れた」
「え?」
「お前が突然変な事言いだすのはもう慣れた」


 呆れ半分、残りの半分は今更だとでも言う様にそう言い捨てて本を視線へと戻した探偵の横顔を怪盗はそのままジッと見詰めた。

 白く透き通る様な肌。
 少し伏せられた長い睫。
 絶妙なカーブを描く顎。
 そして、彼の最大の魅力であろう…蒼い瞳。

 一つ一つ辿る様に見つめ、血管すらうっすらと浮き上がって見えそうな白い首筋に視線を落とした頃、居心地悪そうに探偵は視線を怪盗へと戻した。


「あんま見んな。気が散る」
「ごめん。名探偵があんまり綺麗だから」
「……お前、今までどんだけその手口で女落としてんだよ」
「おや、ヤキモチ?」
「バーロ。誰が妬くか」


 呆れてんだ、と付け足して探偵の視線はまた本へと落ちる。
 その繰り返し。

 探偵にとって一番の大好物は『謎』である。

 事件。
 暗号。
 推理小説。

 大体この順番で考えれば良いだろう。

 『怪盗キッド』としてはそこそこ良い位置に付けているとは言え、それはあくまでも現場での事。
 この場では謎を身に纏う怪盗ではなく、安い口説き文句で想い人を落とそうとしている唯の男でしかない。
 その唯の男に成り下がった怪盗にはずっとこちらを向かせているだけの魅力は無いのだろう。
 それでも―――。


「ねえ、名探偵。…お邪魔なら帰るけど?」
「別に誰も邪魔とは言ってない」


 傍に居る事を許されている。
 積極的に干渉こそしないが、かと言って邪険にもされていない。

 絶妙なこの距離は怪盗にはもどかしくもあり、けれど同時に酷く心地良くもあった。


「……それから、別に嫌いじゃない」
「…ん?」
「………」


 続けられた続かない言葉に怪盗が首を捻っても、言った張本人はもう既に本の中の血生臭い事件に夢中。
 当然の様に返事が無い事に苦笑しながら、怪盗は今までの会話を頭の中で追いかけ―――漸く辿り着いた。




「……嫌いじゃない、ね」




 意地っ張りな名探偵の最大限の告白にすら聞こえるその言葉にひっそりと笑って、怪盗はまた無駄ではない四十一日目の夜をただ静かに探偵の隣で過ごした。

































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