好きだという
愛しているという
君はそう言うけれど
何を根拠にそれを信じられるというのだろう
寄る辺ない想いなど
信じろという方が無理だろう
だから―――
―――さっさと諦めてしまえばいい
百夜通い【第四夜】
「お疲れ様、名探偵」
「………何でお前が此処に居んだよ」
警視庁内の自販機横の椅子に腰を下ろし缶珈琲のプルタブを開けようとしていた所で、隣に腰を下ろしてきた男を探偵は睨み付ける。
男の気配は知った気配ではあったが、今日は格好が違った。
当然、いつもの様な白い衣装ではない。
くたびれたスーツを着てはいるが、その顔は探偵の見知ったものではない。
恐らく課が違うのだろう。
何処の誰への変装だか分からないが、その中年の男の気配は間違いなく探偵の知るものだった。
「だって言ったでしょ。俺、百夜通うって」
「………」
「なのに名探偵ってば事件の調査でこっちに泊まるって言うからさ…」
「お前…此処にまで盗聴器つけてんのかよ…」
はぁ…と探偵は溜息を吐いて、視線を明後日の方へと向けた。
「警視庁が簡単に盗聴器なんて付けられてどうすんだかな…」
「おや、簡単じゃないよ。俺じゃなきゃ多分無理♪」
「探偵相手にそんな事自慢すんな」
呆れた様にそう言って、探偵は缶珈琲を開けると口を付けた。
口内に広がる安い苦みに何処かホッとする。
―――ひょいっ
「おい!」
「もーらい♪」
油断していた所で、スッと横から伸びてきた手にその缶珈琲を奪われた。
「返せよ」
「いーじゃん。一口ちょーだい」
にっこり笑ってそう言って。
男は珈琲を一口飲み………盛大に眉を顰めた。
「にがっ…」
「当たり前だろ。ブラック無糖だ」
「最悪。ったく、こんなもん人間の飲みもんじゃねーよ。もういい。返す」
はい、と言って返された珈琲に探偵が再び口を付ければ、横でにしゃりと男が笑った。
「名探偵」
「何だよ」
「間接キス、だねv」
「ぶっ……!!」
言われた瞬間探偵は盛大に珈琲を噴き出した。
「あーあ。もう、何やってんだか」
「あのな、お前が余計な事言うからだろ!!!」
呆れた様に言われて、男から差し出されたハンカチを探偵は思いっきり叩き落とした。
そうして自分のポケットからハンカチを取り出して、探偵は口元を拭う。
「おや、事実だろ?」
「事実か事実かないかの問題じゃねえ!」
「んじゃ、何が問題な訳?」
「お前のその言い方だ!!!」
男同士で『間接キス』なんていう発想自体どうかしている。
それに、相手の中身は兎も角、隣に座っているこの男の外見は中年の男性だ。
余計にどうかしている。
「全く、探偵さんが事実から目を背けてどうするのかね」
「…事実の捉え方がおかしいんだよ」
「はいはい。そんなに睨まないでよ。あっ……」
小さく口を開いたまま男が見ている視線の先を見れば、高木刑事がこちらに走って来ている姿が見えた。
「どうやら何か出たみたいだね」
「ああ」
「んじゃ、俺はお暇するよ。また明日ね。名探偵」
「…もう来んな」
「いーや」
片手をポケットに突っこんで、もう片方の手でひらひらと手を振って去っていく男を視線だけで見送って、新一は盛大に溜息を吐いた。
「警視庁が怪盗に自由に出入りされてどうすんだかなぁ……」