好きだという
 愛しているという

 彼はそう言うけれど
 何を根拠にそれを信じられるというのだろう

 寄る辺ない想いなど
 信じろという方が無理だろう


 けれど―――




 ―――これはそういう事だと思っていいのかしら?
















 百夜通い【第三十六夜】















「…オレンジジュース……?」
「ああ。残ったから飲むかと思って」
「…残った? コレが??」


 お裾分けだと言ってレトロな瓶に入った恐らく天然果汁百パーセントのジュース――しかもオーガニックブームに乗っかった瓶からして明らかに高価そうな物――を持って訪ねてきた探偵に首を傾げながら、とりあえず自宅に招き入れた哀は更に疑問を増やす探偵の言葉に更に首を捻った。


「ああ。残り物で悪い」
「……一体何に使った残りなの?」


 哀が知る限り、探偵は大の珈琲党だ。
 胃に悪いからとミルクを入れる事を勧めてもブラックを貫き通すし、更には飲み過ぎはよくないと言った所で日に何杯も飲む様な人間だ。
 そんな彼がそれこそ余る程にオレンジジュースなんてモノを購入する理由なんて分からずに素直にそう尋ねれば、困った様に探偵の瞳が宙を彷徨う。


「あー…いや、あの……。そ、そう…健康の為に飲もうと思って…」
「貴方が? 健康を気にする…? ……明日は雨かしら……」
「おい、灰原」


 余りの物言いに探偵がそう咎める様に名を呼んでもどこ吹く風。
 哀は探偵の反応から見てとりあえず外れてはいないだろう正答を探偵にぶつけてみた。


「まあ、言い訳としてはいまいちね。大方、怪盗さんの為に用意したんでしょう?」
「っ……!」
「ばれない、なんて思ってる貴方がお目出度いわ。怪盗さんのソレが移ったのかしら」
「灰原…!!」


 わたわた、おたおた。
 正にそんな表現がぴったりな反応を返して何とか誤魔化そうとする探偵に哀はにしゃりと笑った。


「貴方、大分彼に毒されてるみたいね」
「…べ、別に毒されてなんて……」
「素直に家に招き入れているだけでも事なのに、更にはこんなモノまで態々用意するなんて…」


 意味深に言葉を切った哀の言葉の続きを促す様に探偵が哀を見詰めても、返ってくるのはただ笑みばかり。


「まあ、良いわ。私も楽しいし」
「灰原…」
「あら、貴方がいけないのよ? 自らからかわれる様なネタを仕込んでくるんだから」
「ネタって…;」


 余りの言われ様にガックリと肩を落とした探偵をしり目に、哀は楽しそうに手の中のオレンジジュースの瓶を見詰めた。


「こんなモノを用意するぐらいには怪盗さんの事気に入ってるんでしょう?」
「…別に。ただアイツが珈琲飲めないようなお子様だから…」
「あら。珈琲が飲めないから別のモノを出してあげようと思うなんて…貴方にしては随分と優しいのね」
「………」


 哀が知る限りあの少年探偵団の彼らを除いて、探偵がそんな気遣いをするのは見た事がない。
 基本的に勧めるのも珈琲。
 飲めないと言われた所で『それは本当に美味しい珈琲を飲んでいないからだ』なんて有りがちな台詞を吐いて、あれやこれやと色々な種類を勧める事も日常茶飯事。
 そんな探偵が態々“ジュース”なんて物体を用意してやるなんて…。


「いいじゃない。そんな貴方も悪くないわ」


 酷く楽しそうに呟いた哀に対し、探偵はもう二度とアイツ絡みのお裾分けは止めようと心の奥で誓っていた。






























「…名探偵?」
「ん?」
「あのさ…何でこんなにいっぱいグラスあるの??」
「全部飲んで帰れ」
「えっ…;」


 総計五個。
 恐らく瓶一本分を全てグラスに注いだのだろう。
 明らかに一人に対して出すには多すぎる量のそれに、怪盗が首を傾げるのを探偵はただただ静かに見守っていた。


「(もう絶対隣には持って行かねえ…)」


 探偵がこっそりとそう誓っていたのも怪盗には全く届かずに、怪盗がただただオレンジジュースを飲まされる夜は続いた。

































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